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父、『試練の塔』を進む

「キシャァァァァァァァ!!!」


 けたたましい鳴き声をあげるのは、巨大な炎翼を広げる灼熱の鳥。その大きな翼が羽ばたけば吹き付ける豪風はそのまま炎の嵐となり、ひと撫でされればたちどころに岩をマグマに変じさせるほどの紅い津波がニックに襲いかかってくる。


「甘い!」


 だが、ニックはそれを拳を振るって吹き散らす。風を炎に変えることこそが魔法であり、であれば押し寄せる炎はただの自然現象。竜巻すらも撃ち貫くニックの拳が空を切る度迫り来る炎は目に見えて勢いを失い、周囲全てを焼き尽くす暴虐の力もニックの周囲と背後には焦げ目ひとつ残すことはできない。


「ちぇぇぇぇい! とうっ!」


「キシャァァァァァァァ!?」


 常人ならば吸い込むだけで内腑が焼けただれるであろう空気を大きく吸い込み、ニックがダンッと大地を踏み鳴らして跳ぶ。瞬きの間に間合いを詰められた火の鳥はその速さに反応できず、ニックの振るう魔剣が火の鳥の両翼をあっさりと切り飛ばした。


「終わりだ!」


 大空を支配していた火の鳥が、翼を失い大地に落ちていく。だが三度閃いたニックの剣閃が落下中の火の鳥の体を切り裂き、燃える体は大地に触れる直前で溶けるように光の粒子となって消滅していった。


「ふぅ、なかなかの強敵だったな」


『ご苦労であった。こと戦闘となるとやはり貴様の力は圧倒的だな。心配する余地すらない』


「ははは、そいつは光栄なことだ」


 額の汗を拭い、軽口を叩くオーゼンにニックは笑いながら答える。ここは『試練の塔』の八〇階。見渡す限りの草原は今や焼け野原となっており、ニックの前に光り輝く扉が何も無い場所から出現する。


「これでここも終わりか。しかし思ったよりもずっと時間がかかったな」


『やはり書で得た知識と実際に体験するのでは隔たりがあるということだろうな。そもそもここまで上の情報など何処にもなかったわけではあるが』


 最初の一〇階層ほどこそ迷宮のような作りだった『試練の塔』だが、その後は猛吹雪の雪原と氷の城、マグマ煮えたぎる火山の洞穴や何故か踏みしめることのできる雲の上など、ニックをして目を見張るほどの多種多様な世界がひしめいていた。


 そして当然それらには場所にちなんだ魔物がおり、なかでも一〇階層毎に出現する巨大な魔物の強さは相当なもので、今ニックが難なく倒した火の鳥などは金級以上の冒険者でなければとても倒せるとは思えないほどの強敵であった。


「外ではどのくらいの時間が経ったのであろうな? ここは昼夜の概念が無いから全然わからん」


『我の感覚が魔力で狂わされたりしていないのであれば、塔に入ってから五日というところだな。時間的にはそろそろ夜であるし、次の階に行く前にここで野営をすることを勧める』


「む、もうそんな時間か。では一旦休むとするか」


 オーゼンの言葉に従い、ニックは魔法の鞄(ストレージバッグ)から茶色い棒状の物を取り出して囓る。それはこの『試練の塔』にある宝箱に割と高い頻度で入っている保存食だ。


 水はともかく倒した敵が消えてしまうこのダンジョンでは食糧確保の手段がほぼこれしかなく、低階層でこそハズレ扱いのこの保存食は、上に登れば登るほどその価値をあげていく。


 もっとも、ニックのように魔法の鞄(ストレージバッグ)を持っていて大量の食料をため込んでいるのであれば、単にちょっと美味しい保存食というだけになってしまうのだが。


「うむ、美味い。チーズ味もいいが、あれは食うと酒が欲しくなるからなぁ」


『アトラガルドの完全栄養食か。それが出てくるとなると、いよいよこの塔とアトラガルドの関係性が気になるところだ』


「だなぁ。まあそれももうすぐわかるのではないか? 確か一〇〇階で終わりなのだろう?」


『残っている情報ではそうらしいが、それを確認した者はおらんからな。まあ貴様ならばどれほど先が長かろうとどうにでもしてしまうのだろうが』


「無論だ」


 呆れたような口調で言うオーゼンに、ニックはニヤリと笑って答える。ちなみにだが、ニックが来る前の『試練の塔』の最高到達階数は半年もの時間を塔内で過ごしての五八階であり、塔の外で情報が買えるのは精々四〇階くらいまでとなっている。


 故にここで引き返して今まで得た情報を公表したり売りに出したりするだけで相当な金と名誉が手に入るのだが、塔の天辺を目指すニックが単なる通過点のことを気にすることは無い。


 その後、食事を終えたニックは自分の背後に僅かに残っていた草原にごろんと寝そべり、軽い仮眠を三時間ほど取ってから出現していた扉をくぐる。するとまたも景色ががらりと切り替わり、振り向いた背後には扉の代わりに淡い光を放つ転移陣が出現しているのが見える。


『うっかり踏まぬように気をつけるのだぞ?』


「わかっておる! 二度も同じ間違いをするものか!」


 皮肉を言うオーゼンに、ニックは憮然とした表情でポスンと鞄を叩いて答える。この転移陣は塔一階までの一方通行(・・・・)であり、このおかげで『試練の塔』はダンジョンとしては突出した生還率を誇っている反面、うっかり足を踏み入れてしまうと取り返しの付かないことになる。


 そして、ニックは一度だけうっかりこれを踏んでいた。まだ七階と低階層ではあったが、複雑な迷路に目をしばたたかせながら地図とにらめっこしていた時の失敗だっただけに、死んだような目で全ての壁を切り裂こうと魔剣を振り上げるニックをオーゼンが必死になだめたのは二人にとって記憶に新しい。


『あの時は本気で焦ったからな……貴様ほどの力の持ち主が勢いのままにその剣を振るったら、下手をしたら「試練の塔」という空間そのものが崩壊していたのではないか?』


「ぐぅぅ……ま、まああれだ。あの時は儂もちょっとだけ苛ついていたというか……とにかく冷静ではなかったのだ。二度とせんから安心しろ」


『本当に気をつけるのだぞ? 周囲に人影がなくなって久しいが、ひょっとしたら貴様の魔剣であれば本来干渉し得ない他人すら切れるかも知れんからな』


「う、うむ。強く心にとめておこう」


 ニックの振るう魔剣『流星宿りし精魔の剣(インスターグラム)』は、アトラガルド時代を知るオーゼンから見ても極めて強力な武器だ。しかもそれを振るうのがニックとなれば、本気で振るった場合どれほどの威力を発揮するのかは予想がつかない。


 そんなものを明らかに魔力によって構成されている異空間で振るわせたいとは、オーゼンには微塵も思えなかった。


『……まあ、貴様であれば閉じて狂った異空間とて力業で抜け出せるのだろうがな』


「ん? 何か言ったか?」


『いや、何でもない。世の無常を儚んでいただけだ』


「? そうか? まあいい。では行くぞ!」


 オーゼンの言葉を聞き流し、ニックは八一階……天に二つの紅い月が浮かび、無数の墓標が立ち並ぶ世界に足を踏み出す。一歩踏み出すごとに周囲の墓から青白い人影が立ち上ってニックの体にまとわりつこうとするが、ニックの筋肉に触れた瞬間ポヨンとその体が弾かれてしまう。


「ふふふ、その程度では儂の筋肉に入り込むことはできんぞ?」


『何がその程度なのかも、どんな筋肉なのかもこれっぽっちも理解できんというのに、何故我はこの結果を当然と受け入れているのであろうか……』


 本来ならば体の周囲に魔力の膜を張る、あるいは異物が入り込む余地が無いほどに全身に魔力を行き渡らせるなどして防ぐはずのそれが物理的な筋肉に阻まれる理由がオーゼンには何一つ思い浮かばなかったが、然りとて無数に湧き出す程度の相手がニックの体に取り憑く様こそ微塵も思い浮かべることができない。


「わからんかオーゼン? 健全な肉体には健全な精神が宿り、健全な精神は強靱な魂を鍛え上げるのだ! つまり筋肉があれば憑依などされんということだな」


『わからん。本当にわからん……わからんはずなのに納得してしまう自分が、我は少しだけ恐ろしい……』


「ハッハッハ! お主も段々筋肉の何たるかを理解してきたということだ! さあ、まだ二〇階近く上があるのだし、サクサク行くぞ!」


 ブオンとニックが魔剣を振れば、周囲にいた数えるのも面倒なほどの青白い人影が一瞬にして消え去っていく。


「ふむ、今の一振りで星三つ……さっきの火の鳥は五つまでいったが、道中の雑魚ならこんなものか。


 ふふふ、しかしこれなら最上階で待ち受けるものによっては、いよいよまた七つ星の剣が振るえるかも知れんな。物理攻撃が効かんせいでその威力を発揮できないのは残念だが」


『わからん。筋肉とは一体……?』


 上機嫌で剣を振るうニックをそのままに、オーゼンは一人世界の真理と筋肉の関係性について思いを馳せていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 筋肉を信じるのです 筋肉こそが宇宙の真理なのです
[一言] やめるんだオーゼン… あまり筋肉の深淵を覗こうとすると囚われてしまうぞ…
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