父、『試練の塔』に挑む
ツンドクとの交渉を終えると、その日は『試練の塔』に関する情報収集に時間を費やし、そして翌日の朝。ニックは改めて『試練の塔』の麓までやってきていた。
「ふーむ。やはりこの塔も外観は同じなのか……」
わかってはいたことだが、この『試練の塔』も見た目としては西の塔、東の塔と何ら変わることは無い。これほど巨大でありながら全く同じ建造物が三本も揃って建っていることにニックがなんとも言えない感慨にふけっていると、今回もまたニックに声を掛けてくる人物がいた。
「ほ? 何じゃオヌシ、この塔は初めてか?」
「ん? そうだが、貴殿は?」
振り返ったニックの前にいたのは、如何にも魔術師然としたローブを羽織った老人。ニックに言葉を返されると、その老人がニヤリと笑って言う。
「ワシか? ワシはただのジジイじゃよ。この塔をお作りになったダマーリン様に憧れて魔術師となったが、研鑽を重ねるほどにその遠さを思い知らされ、今はすっかり隠居して毎日この塔を眺めているだけのただのジジイじゃ」
「そうか……それは何とも」
「ほっほっほ、気を遣うでないわい。別に自分の無能を悲観しているとか、そういうわけじゃないからのぅ。単に本物の天才の凄さを思い知り、未だに憧れで胸を焦がしておるというだけじゃ。ああ、凄いのぅ。どうすればこんなものを作れるんじゃろうのぅ」
言葉を濁すニックにすきっ歯を見せて笑うと、老人は少年のようなキラキラした瞳で塔を見上げる。そこには負の感情は一切無く、しわくちゃの顔を楽しげにほころばせながら言葉を続ける。
「この塔をお作りになった大賢者、アンマシャベラヌ・ダマーリン様は寡黙な方での。その少ない言葉には常に真理が満ちており、どんな魔術も杖を一振りするだけで発動させることができたと言われておる。その力は戦闘でこそ真価を発揮し、この町に眠る英知を求めて襲いかかってきた魔物の軍勢をたった一人でなぎ払われたという伝説すら残っておるのじゃ!」
「ほほぅ、それは凄いな」
「そんな戦闘派のダマーリン様じゃからこそ、この『試練の塔』には本物の脅威が待ち受けておる。オヌシもこれを登るなら、気をつけるんじゃぞ」
「ああ、十分に気をつけよう。ありがとう、ご老人」
「なんのなんの。ダマーリン様とて挑戦者は望んでも、犠牲者が出ることを望みはせんじゃろうからのぅ」
礼を言うニックに、老人は背を向けて歩き去って行く。その姿を見送ると、ニックは塔の入り口付近に陣取る武器屋などを横目に通り過ぎ、『試練の塔』の内部へと踏み込んでいった。
「ふむ、とりあえずは普通だな」
『まあ、最初からそれほど奇をてらったことはせんだろう』
塔の内部は、ごく普通の石造りの通路だった。もっとも普通なのはあくまで見た目であり、眼前に広がっているのは明らかな異空間。その証拠に、ニックの背後に現れた人影がスッとニックの体を通り抜けて先へと歩いて行く。
「うぉっ!? ぬぅ、本当に気配すら無いのか」
『我には丸わかりだが、貴様は魔力感知が全くできんからな……』
この『試練の塔』には、幾つかの特別な決まりがある。その一つが「互いの存在に対する塔内部での不干渉」だ。
この塔の内部では、最大六人まで申請できるパーティメンバー以外の他人に対して、一切の影響を与えることができない。その姿こそ幻影のように見ることができるが、剣で切ろうが魔法に巻き込もうがパーティメンバー以外が怪我をすることはないし、そもそも互いの声すら聞こえない。
もっとも、それは死にかけている人物を見つけても助けられない、助けてもらえないということでもあるが、そこは流石に自己責任だ。
『それより、ほれ。敵が来たぞ』
「そのようだな……ふんっ!」
オーゼンに指摘され、通路の前方からふらふらと飛んできた火の玉のような何かにニックが拳を振るう。だが火の玉は何の手応えも生み出さず、ニックの拳はするりとすり抜けてしまった。
「やはり駄目か。『未来の塔』のようにはいかぬようだな」
『それはそうだろう。あんなイカサマが実戦で通じるものか』
そしてこれが『試練の塔』のもう一つの決まり。ここにいる魔物には魔力による攻撃しか通じないというものだ。『未来の塔』では風という物理現象に反応してくれたのに対し、ここではその風に魔力が乗っていなければ攻撃は通らない。
『まあ、だからこそあのような武器を売っていたのだろうがな。全く商魂たくましいことだ』
「ははは、そう言うな。需要と供給という奴ではないか」
オーゼンの漏らすぼやきに、ニックは笑って答える。塔の入り口前の武器屋では魔法が苦手、あるいは使えない者でもこの塔で戦えるよう、特別な武器を売っていた。それは柄の部分に魔石をはめることのできる特別製の剣やら槍やらで、そこに魔力を込めた魔石をはめ込むと魔石に込められた魔力分だけ塔の魔物に攻撃が当たるようになる。
ただし当然魔石は無限に使えるわけではなく、込めた魔力が無くなればこの町の魔術師に魔力を入れ直してもらわなければならない。なので奇跡を求めてやってくる冒険者に「魔石武器」を売り、その魔石に魔力を込めるのはこの町の未熟な魔術師にとってはよい小遣い稼ぎになっていた。
「では、本命を試してみるか……ほっ!」
話している間にも火の玉はずっとニックに炎を飛ばして攻撃し続けていたのだが、その程度の攻撃ではニックの体どころかメーショウの作った鎧に焦げ目をつけることすらできない。
そしてそんな火の玉に対し、ニックは腰から『流星宿りし精魔の剣』を抜き放ち、一閃する。すると火の玉は真っ二つに切れ、すぐに光の粒子となって消滅してしまった。
「よしよし、どうやら『流星宿りし精魔の剣』であれば切れるようだな」
『切ったものの魔力を食らうその剣は、ここの魔物にしてみれば致命的に相性の悪い武器だろうからな。というか、流石に貴様でもその剣がなければこの迷宮は抜けられないのではないか?』
「むぅ。多少無茶をすればいけそうな気もするが……」
『やめよ! 貴様が無茶だと思うようなことをしたら、とんでもないことになる未来しか見えんわ!』
ニックの言葉にオーゼンが猛然と抗議の声をあげる。理不尽が人の形を成したような存在であるニックをして「多少の無茶」と言わしめるようなことを実行させるなど、オーゼンにはとても許容できない。
『大体、塔を外側から登ろうなどという発想がもう駄目なのだ! 何故貴様はそうやって筋肉で横着をしようとするのだ!』
「いやぁ、だって……なあ? その方が絶対に早いであろう?」
当初、ニックは塔の外壁をよじ登る……あるいは直接空を蹴って跳んでいき、塔の頂上で壁か天井を殴り壊して直接最上階に行くという案を考えていた。
だがオーゼンに「町の者が大切にしている遺物を殴り壊したりしたら、貴様の娘はどんな顔をするであろうな?」と脅され、その考えは瞬く間に虚空の彼方へと棄てられることになる。
『貴様はもっと魔導具や古代の遺物に対して敬意を払うべきなのだ! 何故何でもかんでも殴り壊すのだ! せっかく作ったのだから、きちんと正面から攻略するのが礼儀であろうが!』
「わかった! わかったから落ち着けオーゼン!」
興奮するオーゼンに、ニックは赤子をあやすような手つきでポンポンと腰の鞄を叩く。
「ふぅ。まあ急いでいるわけでもないし、ゆっくり攻略していくか……」
そう呟きを漏らすと、ニックは買っておいた地図を魔法の鞄から取り出した。そこには塔の外観からは明らかにかけ離れた広大な空間を埋め尽くす迷路が描かれており、おまけにそんな紙が束になっている。
「……なあ、せめて壁抜きをしては駄目だろうか?」
『き、さ、ま、と、言、う、や、つ、は……っ!』
「言ってみただけ! 言ってみただけだ! うむうむ、では道順に沿って歩こうではないか!」
何故か制作者側の目線に立って怒るオーゼンに、ニックはわざとらしい笑みを浮かべつつダンジョンの中を進んでいくのだった。