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父、調べ物をする

 その後普通に宿を取り、明けて翌日。その日ニックは東の塔のところへと足を運んでいた。


「ほほぅ、これが『英知の塔』か。改めて見てみると外観は西の塔と同じだな」


 塔の前に立ち、ニックは改めてそんな感想を口にする。三本の塔はちょうど三角形の頂点を描くように立っており、それぞれの距離は数百メートル離れている。


 ならばこそ近づいて観察してみたのだが、表面に付着した汚れなどを除いてしまえば、この塔と昨日見た『未来の塔』の違いがニックにはわからなかった。


『魔法で建てたということであれば、実際同じなのであろうな。一度型を作り上げてしまえば、あとは魔力さえあれば量産は容易なはず……まあこちらは大量の書物を集めているということだから、内部構造は違うのだろうが』


「何だ? 随分とご機嫌だなオーゼン」


 ニックの言葉に答えるオーゼンの声が、心なしか弾んでいる。それを耳にしたニックが笑いながら言うと、オーゼンは上機嫌なまま言葉を続けた。


『当たり前であろう! この時代で初めてのまともな書庫だろうからな。ここならばアトラガルド滅亡に関する資料すらあるかも知れん』


 オーゼンがニックに連れ出されて以後、書物と言える物に触れられるのは冒険者ギルドの資料室くらいだった。書物を作る紙自体は魔法や錬金術の利用で比較的簡単に量産できるが、書き写すにはどうしても人力が必要であり、また知識や教育が諸刃の剣であることを支配階級の者がきちんと理解しているため、必要以上に知識が拡散されることを意図的に防がれているためだ。


「ははは、そこまでは何とも言えんが、まずは入ってみるとするか」


『うむ。さっさと行くのだ!』


 珍しく張り切るオーゼンに微笑みつつニックが塔の中へと踏み込むと、そこは三階までが吹き抜けとなり、壁一面にぎっしりと本の詰められたまさに英知の塊とでも言うべき空間だった。


「これはまた……」


『何と壮観な光景であろうか! 我に肉体があったならば、今頃感動に涙を流しているに違いない……』


 その雄大な景色に思わず見とれてしまったニック達だったが、そんなニック達に歩み寄ってくる人影がある。


「いらっしゃいませ。初めてご利用の方ですか?」


「ん? ああ。昨日この町に着いたばかりでな。いや、しかし凄い光景だな」


「ありがとうございます。初めてということでしたら、是非ともこの塔の成り立ちから説明させていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」


「いいのか? 是非頼む」


 まるで貴族家の執事のようなパリッとした衣服に身を包んだ若者に言われ、ニックは礼を言って姿勢を改める。


「では……この『英知の塔』は、三賢者のお一人であるホーン・バッカ・ヨンダルフ様の手により作られたもので、この塔の蔵書の半分ほどはヨンダルフ様の私物であったと言われております。


 またヨンダルフ様が亡くなった後もこの町で活動する魔術師達が自身の研究成果を書として残したり、あるいは世界を旅する冒険者の方が珍しい本を寄贈してくれたりした結果、この塔はその名にふさわしく世界中の英知が集まっている場所と言っても過言ではありません」


「ほほぅ。賢者殿がいなくなってからもその意思が脈々と受け継がれているということか。実に素晴らしいことだ。


 ちなみに、ここの本は儂にも読ませてもらえるものなのか?」


「はい、一階から三階にある本であれば、受付をしていただければどなたでも自由にお読みいただけます」


「む? ここからでは三階までしか見えないが、もっと上もあるのか?」


 塔の外観では確かにもっとずっと高かったが、ここから見える天井はあくまでも三階だ。ならばこそそう聞いたニックに、その男性は頷いて答える。


「はい。四階から六階までは各種ギルドにてしっかりとした身分保証がなされ、かつ補償金をお支払いいただける方にのみ開放しております。更に上もありますが、そちらは禁書庫となりますので、まず許可はおりません」


「そうなのか。ならまあとりあえずは普通にここの本を読ませてもらうとしよう。受付はどうすれば?」


「ご案内致します。こちらへどうぞ」


 ニックの言葉にニッコリと笑うと、その男性が受付まで先導し、そのまま簡単な手続きを済ませてくれる。それを終えたニックは適当に本棚の隅までいくと、こっそりと鞄の中にいる相棒に声をかけた。


「で、オーゼン。何か気になる本はあるか?」


『さしあたっては歴史関連であろうか? 魔法関連の本にも興味はそそられるが、そちらは後だな』


「わかった。ではその辺からにしよう」


 オーゼンの言葉に従い、ニックは広い書庫から歴史関連の書籍が収められた場所を探しだし、数冊本を手に取ると近くの椅子に座ってページをめくる。そのままオーゼンと共に読み進めていくが、特に目新しい情報は見つからない。


「何と言うか、当たり障りのない内容だな。軽くとはいえエルフの国や獣人領域の歴史に触れる本まであるのはなかなか凄いが、どれも現地に行きさえすればわかることばかりのようだ」


『一般開放しているだけあって、広く浅くというところなのか? もう少し踏み込んだものが読みたいが……』


「ふーむ。もっと広範囲を探してみるか」


 借りてきた本を元の場所に戻しつつ、ニックは更に本を探していく。だがやはり誰でも読める本、誰でも得られる知識というのはそれ相応であり、一般的な町人ならばともかく世界中を旅してきたニックからするとこれといった内容の本は見つからなかった。


「駄目だな。考古学の方まで候補を伸ばしても、精々数百年程度遡るのが限界のようだ」


『以前に出会った考古学者達はもっと昔に滅んだ王国の話をしていたのだから、せめてそのくらいは遡れるかと思ったが……これは当てが外れたな』


 唸るニックに、オーゼンもまた軽く不満げな声を漏らす。だが深く狭い知識を扱う専門書が希少品なのは当然なので、ここに無いからといって気落ちするのはあまりに性急すぎる。


『やはり上が見たい。貴様よ、何とか交渉できるか?』


「そうだな。まずは上に行く条件を聞いてみるか」


 そう言うとニックは全ての本を片付けてから、最初に自分に声を掛けてくれた男性のところへと戻っていく。


「おや、どうかなさいましたか?」


「うむ。実は三階より上の書庫に行きたいのだが、どうすれば許可をもらえるのだろうか?」


「見たところ冒険者の方だとお見受けしますが、ギルドカードはお持ちですか?」


「ああ、持っているぞ。ほれ」


 男性の言葉にニックがギルドカードを提示すると、その男性がキュッと眉を寄せて困り顔になる。


「申し訳ありません。冒険者の方ですと銀級以上が条件となりまして……」


「ぬぅ、そうなのか。ならば他に……いや待て。であれば貴族であればどうなのだ?」


 他に何か信頼を得られるような方法がないかと頭を捻るニックだったが、ふとそこで普段は気にしていないそれ(・・)を思い出し、男性に問う。


「貴族、ですか? 貴族様からの紹介状ですと――」


「いや、そうではない。儂自身が貴族であった場合だ」


「それは……大変失礼ながら、どちらの国の貴族様かによっても違いますので、一概には」


 ニックの言葉に、男性の態度がさりげなく変わる。それまで親切だった相手との間に少しだけ壁ができたようで、ニックは苦笑しながらも魔法の鞄(ストレージバッグ)から一つの指輪を取り出した。


「では、これをわかる者に見せてくれるか? 儂はニック・ジュバン。何処の国にも属さず、特に爵位なども無いのだが……まあ一応貴族だ」


「? わかりました。少々お待ちください」


 その不可解な説明に、男性はやや訝しみながらも大事に指輪を受け取って何処かへと消えていった。そうしてニックが待つ間に、オーゼンが語りかけてくる。


『いいのか?』


「構わんさ。娘のおまけにもらった爵位を振りかざすつもりはないが、使えるときに使わないのも勿体ないしな。それに何より、お主のためだ」


『……感謝する、ニックよ』


 ごく短い、だが心のこもったオーゼンの言葉に、ニックは微笑みながらそっと鞄を撫でる。そんなことをしていると、先ほど何処かに消えていった男性が一層体に緊張を漲らせて戻ってきた。


「お待たせ致しました。まずはこちらをお返し致します」


 恭しく差し出された指輪をニックが受け取ると、その男性は更に言葉を続ける。


「つきましては、この塔を管理している方が是非ともジュバン卿にお会いしたいとのことでして……」


「ふむん? いいぞ。お会いしよう」


「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」


 あからさまに胸を撫で下ろした男性に連れられ、ニックは関係者用の通路から塔の階段を登っていった。

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[一言] 友のために使えるものは使うお父さんは格好良いです ヨンダルフ!最高です! 次回も楽しみにしております
[良い点] 本は財貨にも勝るとも劣らない貴重品だからね セキュリティは重要ですね 特に荒くれな冒険者とか注意や [気になる点] ホーン・バッカ・ヨンダルフ… 引きこもりっぽい名前だけど賢者ダルフとか …
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