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父、魔犬を討ち取る

『アーチ・マギベロス!? こんな凶悪な魔物がどうしてこんなところに!?』


 お座りの姿勢でこちらを見ている三つ首の犬を前に、幻影ハリーが大げさに声を張り上げる。だがそれを聞いているニックの方は特に慌てた様子はない。


「ほほぅ。なかなかに強そうな見た目だな。だがその割には威圧感というか、そういうものが随分と弱い気がするのだが……」


『あくまでも子供向けだからな。見た目の凶悪さは驚かせるのに丁度いいが、発する気配が強すぎると怯えて動けなくなってしまうのを考慮しているのだろう』


「なるほど、わかりやすいな!」


 オーゼンの指摘に、ニックがなるほどと大きく頷く。そんな暢気な二人とは裏腹に、幻影ハリーの緊迫した台詞は止まらない。


『アーチ・マギベロスは僕達みたいな見習い魔術師が一人でどうにかできる魔物じゃない……でも幸いなことに、僕達は一人じゃない。二人一緒ならきっと勝てるよ! 僕を信じて力を貸してくれるかい?』


「勿論だ! こんな魔物、容易く片付けてくれるわ!」


 話しかけてきたハリーに、ニックは力強くそう答える。するとハリーは嬉しそうに笑うと、構えた杖をアーチ・マギベロスの方へと突き出した。


『君ならそう言ってくれると信じていたよ! なら、最初は僕からやらせてもらうね。縛るもの 留めるもの 巻き付き、組み付き、絡みつけ! 「捕縛(バインド)」!』


「アォォォォォォォン!?」


 ハリーの杖から光が迸ると、魔物の体に青く輝く鎖が巻き付き、その全身を締め上げていく。縛られたアーチ・マギベロスは不快そうに体を揺するが、お座りの姿勢のまま動くことはできない。


『よし! これでアイツはもう動けない! でも僕はこの魔法の維持で精一杯だ。攻撃は君に任せる……っ!?』


「「「アォォォォォォォン!」」」


 ハリーの言葉が終わる前に、アーチ・マギベロスの三つの頭が同時に遠吠えをあげる。するとその口の前に赤と緑と黄色の光の球が生まれた。


『アーチ・マギベロスの体はとても防御力が高いんだ。僕達の魔法じゃ直撃させてもダメージは与えられない。でも手はある。アイツ自身の魔法を利用するんだ!


 マギベロスの口の前に、光る球があるだろう? あそこに同属性の魔法を打ち込んで魔法を暴発させれば、きっとダメージが通るはずだ! 赤は火、青は水、緑は風、黄色は土の属性の魔法をそれぞれ撃ち込んでみて!』


「ぬぅ!? いや、魔法と言われてもな」


 ハリーの言葉に、ニックが困り顔になる。近づいて殴っていいなら一発で終わらせる自信があるが、魔法を撃ち込めと言われてもニックに魔法は使えない。


『とりあえずそれぞれの試練を突破したときの方法を試してみればいいのではないか?』


「それもそうだな。ならばまずは……ほっ!」


 オーゼンの言葉に、まずニックは正拳突きで生み出した風を緑の光球に向かって放つ。すると風がぶつかったところで緑の光球がボフンと爆発した。


「アォォォォォォォン……」


「おお、効いているようだ。ならば次は……」


 痛そうな悲鳴をあげて、マギベロスの頭が一つ項垂れる。どうやらこれでいいらしいと次いでニックは側面の壁を砕きその破片を黄色の光球に投げつけると、こちらも同じように爆発しマギベロスの頭が更に一つ項垂れた。


『ふむ。二つは潰せたか。だが……』


「うーむ。火と水はどうするべきであろうか?」


 残ったマギベロスの口の前には、赤い光球が浮かんでいる。ニックが試しに石礫を投げてみたが、赤い光球どころかその後ろにあるマギベロスの頭すらすり抜けて飛んでいってしまった。


「ふむ。弾かれるなら強めに投げればいけるかと思ったが、すり抜けるのではどうにもならんな」


『あれもまた塔の作り出した幻影に近いものだろうから、規定の魔力以外は受け付けん仕様なのではないか?』


「そうなると……おお?」


 ニックとオーゼンがそんな話し合いをしていると、少しずつ大きくなってきていたマギベロスの浮かべる光球がひときわ大きく輝き、ニックの方へ向かって猛烈な速度で打ち出されてくる。


 といっても、無論ニックに捉えられない速さではない。反射的に拳を繰り出して打ち落とそうとしたが、それよりも前にニックの眼前に光の壁が現れ、それに当たった赤い光球は派手な音を立ててその場で炸裂した。


『くぅぅ……大丈夫かい? 今のは何とか防げたけど、僕が攻撃を防げるのはおそらくあと三回くらいだ。それまでにどうにかしてマギベロスの頭を潰してくれ!』


 苦しそうな声でハリーがそう言うと、攻撃を終えたマギベロスは項垂れていた頭が復活し、またも三つの光球を浮かべている。今度は赤、青、緑の三色だ。


『なるほど。当然と言えば当然だが、実際に痛手を負う事が無い代わりに防げる回数が決まっているということか。あと三回……合計四回というのは、途中の試練を自力で突破した回数か? 助力を求められそうな感じであったし、全てをこの幻影に任せていたならば今の一撃で終わりだったのであろうな』


「いや、冷静に分析するのはいいが、これはどうすればいいのだ!?」


 したり顔ならぬしたり声で語るオーゼンに、ニックが少しだけ焦った声で問う。普通に食らう分には痛くも痒くもなさそうな攻撃だが、回数制限となればそうもいかない。おまけに今の流れからして、攻撃前に三つの頭を潰しきらなければ倒せないのだろうという予想も立つ。


『どうと言われてもな。我自身には魔法を放つ手段はないのだから、貴様が魔法道具なり何なりを使って自力でどうにかするしかあるまい? もしくは敗北を素直に受け入れるというのもありだろうな。別にあれに負けたからといって何かあるわけでもなかろう』


「馬鹿を言うな! ここまできて敗北で終われるわけないであろうが!」


 叫びながら、ニックが拳を繰り出す。だがそれで潰せるのは緑の光球のみで、結局潰せなかった赤と青の光球はニックに向かって射出され、手前に現れた光の壁で防がれる。


『ぐぅぅ……ごめん、あと一回が限界だ! 頑張ってくれ!』


「ぬっ!? あの光球一つで一回分なのか!?」


『さて、どうするのだ貴様よ?』


「無論、どうにかしてみせる!」


 勝負の行方よりもニックがどう対処するのかを楽しんでいるようなオーゼンに対し、ニックは大声で啖呵を切ってみせる。そのまま必死に頭を悩ませていると、三度マギベロスの口の前に三つの光球が生まれた。その色は最初と同じ、赤、黄、緑の三色。


「よし!」


 ここぞとばかりに、ニックは素早く緑と黄色の光球を潰す。だが残った赤の光球には為す術が無く、その光は徐々に強く大きくなっていく。


「ぬぅ、火、火か。何か燃えるもの。燃えるものがあれば……っ!」


 水ならばまだ水滴を飛ばすこともできたが、火となるとそうもいかない。必死に思考を巡らせるニックだったが、ふとその手に持った杖に目が行った。


「これならば……ええい、ままよ!」


 ニックは光る棒を脇の下に挟み込んで固定すると、両手で勢いよく杖を擦り上げる。それは密度の高いしっかりした木で作られており、仮にたき火に突っ込んだとしても容易に燃えるようなものではなかったが……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 鬼気迫る表情で、ニックがひたすら杖を擦る。吼える気合いは迷宮を揺らし、赤熱した杖がどんどんすり減って細くなっていく中……遂に限界を迎えたそれにボッと真っ赤な火が灯る。


「ついた! これでぇぇぇぇぇぇ!!!」


 火の付いた杖を、ニックは勢いよくマギベロスの赤い光球に投げつけた。普通ならばその勢いで火が消えそうなものだが、極限まで加熱していた杖は最初の発火をきっかけに今や全体が燃え上がっており、正しく魔法で生み出した炎の矢のように弾ける寸前だった光球を撃ち抜く。


「アォォォォォォォン……」


 部屋に響くマギベロスの泣き声。三つの首が項垂れたその瞬間に、隣で杖を構えてウンウン唸るだけだった幻影のハリーが叫び声をあげる。


『今だ! ヤツが怯んでいる隙に、君の最強の魔法を叩き込むんだ!』


「ここでか!? 最強というのなら今のが一番強かった気がするが……あー、ならばこれで!」


 なんとなくここでとどめを手間取るとまたマギベロスが復活しそうな気がして、ニックはやむなく正拳突きの風圧をマギベロスに叩き込む。するとそれに合わせるように幻影ハリーも高らかに呪文を詠唱する。


『閃くもの 眩きもの 轟き、貫き、敵を撃ち抜け! 「雷撃(ライトニング・ボルト)」!』


「キュゥゥゥゥゥゥゥン…………」


 幻影ハリーの構えた杖からは、激しい雷が一条迸る。ニックの風とハリーの雷を受けたアーチ・マギベロスは、切なげな声をあげながらその場で光の粒子へと変わっていった。


『やった! やったよ! 僕達の完全勝利だ!』


「うむ!」


 隣ではしゃぐ幻影ハリーと共に、ニックもまた確かな達成感を胸に抱いて満足げに笑うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここを造った方もこうまで強引に突破されるとは思わなかったでしょうね 次回も楽しみにしております
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