父、試練を突破する
「よっこい……しょっと。やっと登り終えたか」
『どうやらここから先は広いようだな』
どうにか螺旋階段を登り終えると、その先はニックでも普通に立って歩ける広さの部屋であった。その事にホッと胸を撫で下ろし思いきり体を伸ばすニックの前に、今回もまた幻影のハリーが姿を現す。
『やっぱりこの道を選んだんだね。道に対する探究心と、困難に立ち向かう勇気! 君のようなやる気に満ちあふれた人となら、きっとこの試練を乗り越えられる! さあ、じゃあまずは横の壁を見てくれ!』
「うむん?」
ハリーに言われてニックがそちらを見ると、そこには先端が光る棒が松明代わりに壁に設置されている。
『この部屋を出ると、外の迷宮は真っ暗なんだ。だからその照明棒を手に持って、常に魔力を流し続ける必要がある。これに魔力を注ぎながら他の魔法を使う大変な道のりになるけど、君ならきっとできる! だから頑張って!』
『ほぅ、魔力の並行運用を求められるのか。確かにこれは他とは一線を画す難易度のようだが……』
ハリーの言葉にオーゼンが感心している間に、ニックは言われたとおり壁の棒を手に取る。だが壁から引き抜いた瞬間に棒の先端に宿っていた光は消え去り、部屋がいきなり暗闇に包まれてしまう。
「ぬぅ……」
『……まあ、こうなるだろうな』
暗い部屋でニックが色々とやってみるが、当然棒は光らない。ここに入る条件的に魔力が流せないことを想定していないためか、幻影のハリーは宙に浮いたまま何も言わない。
『なあ貴様よ。流石にここは我に頼ってはどうだ?』
「いや、しかしそれは……」
『貴様の主張は理解したが、これではどうにもならんだろう? 貴様なら闇に包まれた迷宮とて踏破できるのであろうが、おそらくそれに光を宿さねば物語が進まないのではないか?』
「ぐっ、確かに……」
オーゼンの言葉に、ニックは苦しげな顔をする。自分の力が及ばず苦労するのは望むところだが、妥協を嫌うが故に固まったままのハリーを無視して迷宮を突破するのは流石に本末転倒だ。
「はぁぁぁぁ……わかった。ここはお主に頼もう」
『うむ、賢明な判断だ。では我をその木の棒に押し当てるのだ』
それでも何とかならないかと明かりの魔法を唱えたりしてみたニックだったが、結局どうにもならなかったために苦渋の表情で主義を曲げることを決断し、ニックは腰の鞄からオーゼンを取り出して手にした木の棒に押し当てた。
『ふむふむ、これはなかなか……であれば、こんな感じか?』
「おおおぉぉ!? オーゼン、これはちょっと眩しすぎないか!?」
『ぬ、魔力が多すぎるか。ならば……このくらいだな』
見る者の目を潰さんとばかりに輝き始めた木の棒の光が、その言葉に合わせて最初に壁に刺さっていた時と同じ程度にまで収まる。すると待ってましたと言わんばかりに幻影のハリーが言葉を再開した。
『いいみたいだね! それじゃ、この先に進もう。何が待っているかわからないけど……でも、大丈夫! 僕はいつでも君と一緒にいるからね!』
それだけ言うと、ハリーの幻影が消える。それを確認すると、ニックはオーゼンを鞄に戻してから扉に手を掛け、押し開く。その先に続いているのは、如何にもな雰囲気を醸し出す石造りの通路。
「おおぉ……ここは何と言うか、こういうワクワクさせる演出が上手いな」
『気をつけて進むのだぞ。色々と壊さないようにな』
ニンマリと笑うニックに、通常とは逆の心配の言葉をかけるオーゼン。そんな二人の前には、様々な試練が待ち受けていた。
『この蔦はとても丈夫なんだ。でも火には弱いから、火の魔法で燃やしてしまうのが一番だね』
「ほほぅ、丈夫なのか。どれどれ……うおっ!?」
幻影ハリーの言葉を確認するように、ニックが通路を塞いでいた大人の腕ほどの太さのある蔦に手を掛け、軽く力を入れて引っ張る。すると蔦はあっさりともげ、それに連動するように全ての蔦がボロボロとその場に崩れ落ちていった。
『流石! 君の魔法の腕には驚かされっぱなしだよ!』
「お、おぅ……」
褒めるハリーに若干の引きつり笑いで答えてから、ニックは更に進んでいく。
『どうやら通路が水没してしまっているみたいだね。この水を全部消すような大魔法は無理だけど、僕は水中呼吸の魔法が使えるんだ。君にも教えるから、まずはそれで頑張ってみて!』
「水没ときたか。ならばまずはどの程度のものなのか見ておくか」
そう呟いて、ニックは水に潜っていく。水没した通路は割と長く子供であれば三分ほどはかかる距離だったが、直線であったせいでニックは数秒で泳ぎ切ってしまい、出口側で顔を出したニックを幻影ハリーが出迎えてくれる。
『凄いや! もし君が危なそうだったら僕が魔法を使おうと思っていたけど、どうやらその心配はいらなかったみたいだね』
「ぬっ!? あ、これで終わりか!?」
単なる息継ぎ地点くらいに考えていた場所がまさかの終着点だったことに驚くニックだが、引き返してやり直すのもそれはそれで違うと思い結局そのまま進んでいく。
『オエーッ! ここには嫌な臭いが充満しているみたいだ。このまま進んでも大丈夫だとは思うけど……でもどうせなら、風の魔法で全部吹き散らしながら進まないかい?』
「おっふ……これは臭いな」
ハリーの言葉にニックが扉を開けると、その向こうから目に染みるような刺激臭が漂ってくる。長年の経験からそれが体に悪影響を与えるようなものではないことはすぐにわかったが、単純に我慢するのはなかなかに辛そうだ。
「ふーむ。息を止めて駆け抜けるのは簡単だが、風で吹き散らせと言うのであれば……こうか?」
右手に持っていた杖を腰の鞄にスポッと差し込み、ニックの大きな手が思いきり横に振られる。それと同時にブオンと音を立てて突風が巻き起こり、あっという間に通路から刺激臭が消えていった。
『最高だよ! 今のうちにガンガン進んじゃおう!』
「ふふふ、先の二つと違ってちゃんと意図して達成できたぞ!」
『どちらも大差ないと思うが……』
腰の鞄からのオーゼンの言葉を気にせず、ニックはその後も数度腕を振るいながら進む。
『うわー、これはおっきな穴だね。土の魔法で足場を作れば進める、かな?』
「……………………」
次なる試練は、床に空いた大穴。おおよそ二メートルほどの深さがあり子供の体であれば確かに足場が無ければ上れないだろう。
「……………………」
だが、そもそも身長が二メートルを超えているニックであれば、特別に何かをするということもなく上れる。何の感慨も達成感も無く、ニックは普通に穴に降りて、そして上った。
『土魔法も完璧だね! 地味に見えるけど凄く応用の利く魔法だから、これからもドンドン使っていこう!』
「……………………」
『あー、まあ、ほら、あれだ。これは流石に仕方ないであろう?』
「……………………いくか」
『うむ』
終始真顔で試練を終えたニックは更に更に進んでいく。するとその正面に、今までとは明らかに作りの違う頑強な扉が姿を現した。
『どうやらこの先に最後の試練が待ち構えているみたいだね。準備はいいかい?』
「無論だ!」
幻影ハリーの言葉に、ニックはニヤリと笑って答える。その勢いのままにゆっくりと扉を開いていくと、その先には……
「グォォォォォォォォン!!!」
盛大な叫び声でニック達を出迎えたのは、三つ首を持つ巨大な犬の魔物であった。