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父、過大評価される

『最高だね! それじゃ今度はその光を維持したまま、部屋の中を探してみよう! そこに隠された秘密の紋章に――』


 ニックの杖に宿った光に反応して、幻影のハリーが話を進めていく。だが久しぶりに感じる激しい胸の高鳴りに支配されたニックの耳には、その全てが右から左へと抜けていってしまう。


「光った……光った? 光ったぞ! おいオーゼン、見たか! 儂の杖の先が光ったぞ!」


『うむ、見えている。魔法が発動することもしっかりと確認できた。よかったではないか』


「うはははは! 魔法! 魔法だ! この儂が魔法を……あっ」


 はしゃぐニックが手にした杖を振り回すと、まるで強風に煽られた蝋燭の火の如くあっさりとその光は消えてしまう。だがニックは焦らない。もう一度しっかりと意識を集中して呪文を唱え……だが、消えた光は戻らない。


「……うん? 光らんぞ?」


『そうだな。魔法も発動しておらん』


「そうか、コツがいるのだな? それとも集中が足りなかったか? ぬぅぅぅぅぅぅぅん……」


 ウンウンと唸りながら、ニックがあらん限りの集中力を杖の先に集めて再度呪文を唱える。が、やはり魔法は発動せず、辺りは暗闇のまま。


「何故だ!? さっきは上手くいったではないか!?」


『ふーむ。人には調子というものがあるであろう? たまたまさっきの一度だけが、貴様の生涯において最高の状態だっただけということではないか?』


「ぐぬっ……」


 オーゼンの言葉に、ニックは苦しげに顔を歪める。体調によって成果に波が出るなど当たり前すぎて反論の余地はなく、そう言われてしまえば納得せざるを得なかったからだ。


「だ、だが、一度は成功したのだ。ならばこれからもたゆまぬ努力を続け魔法の技術を底上げすれば、いつかは……」


『それはそもそもムーナ嬢に言われていたことであろう?』


「ぐはっ!? た、確かにそうであった……」


 ニックに魔法の才能は皆無ではあるが、魔力が全く存在しない特異体質などではない。とにかく恐ろしく向いていないというだけなので、つきっきりで一〇年修行すれば今程度の魔法は使えるだろうと確かに言われていたのだ。


『まあ、今は初めて魔法が発動したことを素直に喜んでおくのだな。それより、この課題はどうやって突破するつもりだ?』


「むぅ……」


 自分の姿だけがはっきりと見える……実は振り返れば入ってきた扉もはっきりと見えているのだが……不思議な暗闇の空間で、ニックは唸り声をあげつつ考える。これだけ中にいても一向に目が慣れる気配がない辺り、これが普通の暗闇ではないことは明白だ。


「すっかり聞き流してしまったが、そう言えば何かを探せと言っていたな?」


『この部屋の何処かに隠された秘密の紋章を探せとのことだったな。どうするのだ?』


「紋章か、そういうことなら……フンッ!」


 ニックが体の前で両手を勢いよく打ち鳴らす。パーンという大きな破裂音が狭い室内に響き渡り、突然それを聞かされたオーゼンはニックに抗議の声をあげた。


『ぐがっ!? 貴様、そういうことをやるなら先に言わんか!』


「おっと、すまぬ。だがこれで大体部屋の構造はわかったぞ」


 ニヤリと笑ったニックは、迷うことなく暗闇の中を歩く。その後も時々手を打ち鳴らしつつ部屋に置かれた小物を手に取って撫で回したりしていると、不意にパッと周囲が明るくなり、もはや見慣れた幻影のハリーが登場した。


『よく見つけたね! 君の無属性魔法は完璧だ! ……どうやらこれで全ての扉に入ったようだね。これまでの結果に満足できたら、中央の部屋にある水晶玉に触ってくれ!』


「ふむ、これでひとまず終わりのようだな。では戻るか」


『うむ』


 星形の模様の刻まれたカップをその場に戻し、ニックは部屋を出て徐に水晶玉に触れた。すると最初と同じようにそれが輝き、幻影のハリーが姿を現す。


『お疲れ様! 君の頑張り、見せてもらったよ! ……それにしても、まさか全属性に適性があるなんて! まさに君は賢者の卵だね! 凄いや!』


『フフフ、褒められているぞ貴様よ?』


「ぐぬぅ」


 皮肉を言うオーゼンに、ニックが渋い顔をする。だがそんなことはお構いなしにハリーの話はどんどん進んでいく。


『さて、それじゃいよいよ僕と一緒にこの塔の試練に挑戦してもらうわけだけど……実はここで君に相談があるんだ』


 と、そこでハリーが意味深な顔を浮かべる。ニックがそちらに意識を戻すと、ハリーが手にした杖を一振りし、その周囲に火や水などの小さな玉を作り出してみせた。


『最初の予定では、君が一番得意な属性で試練に挑むつもりだったんだ。でも君は全部の属性が得意みたいだから……そうなると、もう一つ選択肢が増えるんだ』


 ハリーの杖から属性玉が飛んでいき、各扉の上にあった赤やら青やらの宝石に吸い込まれる。するとその宝石から伸びた光が水晶玉に収束していき、ゴゴゴという音と共に天井が開くと、そこから石造りの螺旋階段が水晶玉の台座を包み込むように降りてきた。


『これは全属性の魔法を極めた魔術師だけが進むことを許される、この塔で一番難しい試練さ。もしここを進むことになれば、きっと凄く大変な冒険をすることになると思うけど……どうする? 何処に進むかは、君が決めてくれ』


 その言葉を残してハリーの幻影がその場から消え、それと同時に各属性の扉に描かれていた模様が光り始めた。


『魔力の感じが変わったな。おそらくはあの扉の先は先ほどまでとは違い、試練とやらの場所に続くようになったのだろう。本当に大がかりな施設だ』


「だなぁ。正直儂が子供の頃にここに来ていたら、興奮で半年くらいは騒ぎ続けていたと思うぞ」


 十分に大人……というかオッサンになったニックにしても、これまでの演出はかなり心躍るものであった。もし無垢な子供時代にこれほどの体験をしていたならば、きっとどれほど才能が無いと言われようとも魔術師を目指していたことだろう。


「ふふふ、後でフレイにもここのことを教えてやらねば。きっとあの子も来たがるぞ」


『そうか? 年頃の娘であれば……あー、いや、しかし貴様の娘であればなぁ。そう言えば貴様の娘は魔法を使えるのか?』


「いや、フレイも魔法の適性はほとんど無いらしい。勇者にしては珍しいと言われたが、そこは儂の血を濃く受け継いでしまったのかもなぁ」


 オーゼンの問いに、ニックは苦笑しながら答える。これまでの勇者は大抵の場合冒険者で言う銀級程度の魔法の腕前は持っていただけに、今代勇者のフレイがほとんど魔法が使えないというのを知った時、ムーナはかなり驚いていた。


「まあ儂としても自分が使えぬ魔法を教えることなどできなかったから、仮に才能があったとしても伸ばしてやれなかったのだろうがな。足りない分は体を鍛えてやったし、今はムーナにロンという優秀な術士も同行しておるのだから、特に心配はしておらんが」


『自分一人で何でもできる必要は無いからな。貴様仕込みの体術があるのならば必要十分であろう。


 さて、長々と違うことを話し込んでしまったが、貴様はどの道を選ぶのだ?』


「そうだな……」


 改めてオーゼンに言われ、ニックは少しだけ考える。


「最後のこれがなければ、無属性の試練を受けるつもりであった。おそらく最も達成が困難であろうが、唯一儂が発動に成功した魔法だしな。だが……」


 無属性の扉を見ていたニックが、ほんの少しの未練を断ち切り顔をあげる。その視線の先にあるのは、最後の最後で出現した螺旋階段だ。


「こんなものを見せられては、ここ以外に選択肢はあるまい?」


『まともに魔法の使えぬ貴様が、全ての魔法を必要とする道を選ぶか。確かに我としても、この流れでここを進まぬ理由などないが』


 笑うニックに、オーゼンも同調する。全ての魔法を使える者のみが選べる、特別な道。その謳い文句に心を躍らせているのは、ニックだけではないのだ。


「では、行くか!」


『うむ!』


 二人で声を掛け合うと、ニックの足が螺旋階段へとかかり……


「せ、狭いな」


『何故貴様はそうなのだ! まったく無駄にでかい体をしおってからに!』


「それは流石に理不尽ではないか!?」


 子供向けに調整された階段を、ニックは必死に身をかがめながらちょこちょこと登っていった。

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[一言] 筋肉魔法や熱い展開で忘れておりましたが 子供向けの施設でしたね 次回も楽しみにしております
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