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皇帝、相談する

 そうして三人が移動したのは、マルデの私室。大国の皇帝の部屋にしてはかなり簡素なそこに二人を招き入れると、マルデは二人に席を勧め、自分もまたその正面に腰を下ろした。


「では、改めて今後の話をしよう」


「あーっと、その前に……自分で言うのもアレですけど、俺もここにいていいんですかい?」


 話し始めようとしたマルデを遮り、ゲコックがのっぺりとした手をあげて問う。


「ん? 何故だ? 今更怖じ気づいて一兵卒に戻りたいなどと言うわけでもあるまい?」


「そうじゃないですけど、ここで話すのはこの国がどう立ち回るかみたいな話なんでしょう? 部外者の俺が聞くのはマズいというか、俺が聞いても意味が無いというか……」


『兄貴ぃ、そこはもっと堂々としましょうぜ? 兄貴のなで肩には俺達の未来がかかってるんですから!』


「うるせぇぞギン! ちょっと黙れ!」


 腰で触手を震わせるコシギンを、ゲコックの手がペチリと叩く。そんなやりとりに笑みをこぼしたマルデは、諭すようにゲコックに声をかける。


「ふふ、言いたいことはわかったが、聞いておけ。お前は下克上……つまり余のような支配する側に回りたいのだろう? ならば政治的な知識や経験、判断力は絶対に必要になる。剣だけで王になどなったら、後が大変だぞ?」


「そうだぞゲコック。貴様、我が父上のような男にいいように弄ばれる未来が望みなのか?」


「うげっ、そりゃ勘弁だぜ。チッ、ならまあちょっと頑張るか……」


『兄貴なら楽勝ですぜ!』


 渋い顔をしながらも、自分が望んだ未来のためにゲコックは覚悟を決めて顔を引き締める。それを確認して小さく頷くと、マルデは改めて話を続けた。


「では、今度こそ続けるぞ。今回我が帝国が仕掛けた戦だが、我らが全面降伏した場合、相手はどう出ると読む?」


「全面降伏、ですか? 停戦ではなく?」


 マルデの言葉に、ウラカラが訝しげな顔で聞き返す。だがそれが決して言い間違いではないとばかりにマルデはもう一度同じ言葉を繰り返した。


「そうだ。こちらが全面降伏した場合、相手はどう出る?」


「全面降伏となると、多額の賠償金は当然として、国土の割譲や軍の解体、それに魔導鎧の技術の提出……そこまで行くと帝国そのものを無くしてしまい、各国で吸収合併した方が早い? でもそれには……あっ」


 思考を巡らせていたウラカラの頭に、ハッと閃くものがある。そんなウラカラの表情に、マルデはニヤリと笑みを浮かべた。


「そうだ。本来全面降伏するような状況であれば、お前の言うことは正しい。だが帝国は一式改魔導鎧を着用した正規軍をほぼ無傷で保有している。たとえ連合国軍を形成したとしてもまともに戦えば手ひどい反撃を受ける相手に、何処までならば要求できる?


 無論『全面降伏なら全てを無条件で受け入れろ』などと主張する馬鹿もいるのだろうが、その辺は向こうの奴らで調整するだろう。馬鹿の巻き添えで痛い目を見るのは嫌だろうからな。


 それに加え、余とカゲカラの力関係は諸外国の知るところだ。そのカゲカラが突然死に、うろたえた余がどうしていいかわからず全面降伏する……この状況なら帝国を廃するよりも、余をそのまま残すだろう。自らがカゲカラの立ち位置に入り込み、山分けではなく帝国を独占する機会をうかがうためにな」


「なるほど、確かにそうなるとむしろ帝国には手を出さない可能性が高くなりますね。いずれ自分が丸呑みにする餌ならば、分け合うために細かく切り刻むはずがない。表向きは陛下が父上の傀儡であったという事実から同情を煽り、帝国を……ひいては陛下を保護(・・)する方向に動くかと」


「そういうことだ。これならば帝国の弱体化は防げる。代わりに詮索好きの狐共がやってくるだろうが、そちらに対する手土産も準備してあるしな」


「何を引き渡すのですか?」


「決まっている。魔導鎧の技術だ」


 マルデのその言葉に、今度こそウラカラは驚きを露わにする。それはゲコックも同じで、慌てたように声をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってください陛下。カゲカラのオッサンが散々自慢してましたけど、魔導鎧を作るのには馬鹿みたいな金と時間がかかってるんでしょう? それをそんな簡単に余所の奴らにやっちまっていいもんなんですかい?」


「お前の疑問はもっともだ、ゲコック。普通ならば自国で開発した強力な軍事技術など、絶対に漏らさない。


 だが、今回は違う。そもそも余は、如何にして世界に魔導鎧の技術を拡散させるかをずっと考えていたのだ」


「……は?」


 絶対に漏らしてはならない、自分が優位に立つための秘密。まさかそれを世間に広げたいというマルデの言葉に、ゲコックは思わず間抜け面で舌を伸ばしてしまう。


「す、すんません。俺の頭じゃ陛下の言ってることの意味がわからないんですけど……」


「慌てずとも説明してやる。そもそも余は、魔導鎧の技術は世界に拡散すべきだと考えているのだ。あれは一国で独占するのではなく、全ての人類国家が手にすることで戦力の底上げを図ることこそが必要なのだ。そうすれば人類は、勇者に頼ることなく魔族を打ち倒すことができるようになる」


「っ……」


 マルデの言葉に、ゲコックの体がピクリと震える。勿論それを見逃すことなどしないマルデは、朗らかに笑いながら言葉を続ける。


「安心しろ、前にも言ったことがあるが、少なくとも余は魔族全てを滅ぼそうなどとは思っていない。あくまでも敵は魔族『軍』であり、そこに暮らす一般人を皆殺しにするような愚かな行為はせん」


「……その言葉、本当に信じてもいいんですよね?」


 ゲコックの手が、こっそりと腰の剣の柄にかかる。それにウラカラが僅かに反応したが、鋭い気配を向けられたマルデの方はそんなものを一顧だにしない。


「無論だ。確かに基人族、精人族、獣人族共に自らを至上とし他者を貶める価値観を持つ者がいるのは事実だが、そんなものはごく少数だ。下らぬ優越感のために新たな戦の火種を生むような輩は確実に排除する。一〇〇〇年先のことまでは知らんが、少なくとも余が存命の間はそれを約束しよう」


「……わかりました。そこは陛下を信じますぜ」


 ゲコックの手が柄から離れる。そもそもこの部屋に魔族である自分を帯剣したまま招き入れた時点で、ゲコックはマルデを……それを見込んだ自分の目を信じると決めていた。


「うむ、では続けるぞ。魔導鎧の技術の拡散だが、もしカゲカラが強大な軍事力を背景に間接的に帝国の影響力を広げていくのであれば、入ってくるであろう諜報員に少しずつ技術を流すつもりだった。


 だがカゲカラは開戦を選んだ。そうなれば技術を拡散させるには帝国は負けねばならない。勝ってしまえば当然カゲカラは我らより劣る技術を細々と与えるだけで、独自研究など許さなかっただろうからな。故に今回の敗北は余にとっての天啓となった。まあそれがなかったとしても先は見えていたがな」


 言ってマルデは肩をすくめてみせる。二式魔導鎧は確かに圧倒的な強さを誇っていたし、それより劣るとはいえ一式改魔導鎧に身を包む正規軍はこの世界のどんな軍隊よりも強い。


 だが戦争とは勝って終わりではなく、むしろ勝った後の統治こそが本番となる。統治には長い時間と大量の人手がかかり、不当な侵略戦争を起こした帝国を危険視した周辺諸国からの軍隊も相手にせねばならない。


 カゲカラの望む速さでの世界征服は、通り過ぎる全ての国の人間を皆殺しにし、焦土を渡るような作戦でもなければそもそも成し得ないことなのだ。


「まあとにかく、今回の敗戦は十分に余の想定内の出来事だ。故にお前達は何も心配することなく、今後もそれぞれの職務に励んでくれればいい。ウラカラは各国への連絡と展開している帝国軍の召集を急げ。


 ゲコックはその間に残っているカゲカラの手の者の処分を頼む。その後は少なくとも他人の目(・・・・)が消えるまでは今まで通り身を潜めてもらうことになるが……」


「承知致しました。すぐに手配致します」


「ああ、問題ない。『下克上は一日にして成らず』ってな」


『さっすが兄貴! よくわかんねーけどカッコイイぜ!』


「よし、ならば行け!」


 マルデの言葉に、ウラカラとゲコックが席から立ち上がり、一礼して部屋を出て行く。その背を見送り完全に気配が消えたことを確認すると、マルデもまた席を立ちいくつかの仕掛けを動かして代々皇帝の一族にのみ伝えられる緊急避難用の通路に足を踏み入れた。


 と言っても、勿論ここから外に出るわけではない。目的地はその途中、複雑な分岐の果てにある行き止まりに見せかけた場所の更に奥にある隠し部屋。マルデがそこに足を踏み入れれば、何も無かった床に突如として光り輝く魔法陣が出現し、次の瞬間にはマルデの体は煙のようにその場から消え去っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お父さん側のコミカルなお話の裏側ではシリアスな世界が進んでいて対比が面白いです 次回も楽しみにしております
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