父、様子を見る
「ふぅ、まあこんなところか」
コモーノ城の敷地内にある、兵士訓練所。その広場にて一息つくニックの前には、武器を奪われ両手両足を拘束された一〇〇人の帝国兵が転がされていた。
「申し訳ありませんニック殿。お手を煩わせてしまい……」
「リダッツ殿か。はは、このくらいどうということはないが、本当にこれでよかったのか?」
「はい。情けない話ではありますが、大量に死傷者の出た今のコモーノの兵力では万一彼らが暴れた場合に取り押さえることができません。一応地下牢などはありますが、あの魔力刃の前では鉄の牢獄など意味を成さないでしょうし……」
「かといって壊すわけにもいかぬ、か。難儀なところだな」
帝国兵の力の源と思われる鎧は、何をどうやっても脱がすことができなかった。ニックの力ならば破壊することはできるが、当然そうなるとこの鎧の力を研究することができなくなってしまう。
また帝国側との交渉に際しても鎧が無事かどうかは大きな影響が出ると考えられるため、少なくともニックがここに滞在してくれている間は鎧を無駄に壊すという選択肢はコモーノには無かった。
「あー、いた! って、うわ、本当に全部倒してる……」
「流石ニックさん。相変わらず半端ないっすね」
と、そこに懐かしい男女の声が聞こえてくる。ニックが振り返ると、そこには互いに傷だらけの体を支え合う騎士の姿があった。
「おお、シルダン殿にマモリア殿か! 大丈夫なのか!?」
「はい。ニックさんのおかげで、何とか逃げ切ることができました」
「いやー、大変でしたよ。普通に戦ったら全然勝てないんで、あっちこっちに逃げ回ってて……ニックさんが謁見の間に集めてくれなかったら、正直危なかったです」
「そうか。間に合ってくれたのならばよかった。本当ならもっと早くに駆けつけられればよかったのだが……」
「はは、それは流石に言い過ぎですよ。ここは僕達の国ですからね。僕達がふがいなかったってだけで、ニックさんのせいじゃないですって」
「ですね。死んでいった仲間達には残念ですが、それは私達が背負うべきものです。ニックさんのせいじゃありませんよ」
軽く肩を落とすニックに、シルダンとマモリアが二人揃ってそう口にする。ヤバスティーナの告白によりまず間違いなく自分が監視されていると判断したニックは、それらしい気配を確実に振り切るまで『王の鍵束』の使用を控え、転移先もサイッショではなくその三つ手前の町にしていた。
これは自分というよりも同じ鍵を持つ勇者パーティの今後の安全を配慮した結果なので一切後悔はしていないが、それでもその差の間で増えた犠牲にニックは心を痛めていたし、それを理解するからこそ話題を変えるべくシルダンが言葉を発する。
「さ、そんなことよりコイツ等ですけど……尋問ってここでやるんですか?」
「ああ、そうだ。他に選択肢が無いからな」
その問いに、リダッツが苦笑しながら言う。本来ならば一人ずつ別室に呼び出して尋問するのが当たり前なのだが、魔導鎧の力を前に抑止力となれるのはニックしかいない。そしてニックが一人しかいない以上、彼らを別々の場所に分けることすらできないのが現実だ。
「あれ? でも、そしたら夜とかどうするんですか? まさかニックさんがこれからずっと寝ずに番をするとかじゃないですよね?」
「それは流石に大丈夫だ。一人起こして鎧の脱がせ方を聞くからな」
「素直に教えるでしょうか?」
「教えるさ。もし教えなければ、少々非人道的な手段を使わざるを得なくなるのだからな」
マモリアの言葉に、リダッツが暗い笑みを浮かべる。魔導鎧の防御力は相当だが、それでも何処にも隙間一つ無いというわけではない。着用者の命を……人を人の形として留める必要がないのであれば、鎧を脱がせる手段は無いわけではないのだ。
「うっわ、怖っ! 王国最強は伊達じゃないってことですね」
「おいおい、こんなところでその呼び名を出すな! これはもっと誉れ高い二つ名であってだな――」
「うっ…………」
と、そこで割と乱雑に寝かされた帝国兵の一人がうめき声をあげる。それを目覚めの合図と理解したその場の全員が警戒するなか、芋虫のように床に転がされていた帝国兵がゆっくりとその目を開けた。
「ここは……? って、何だこりゃ?」
「随分と早いお目覚めだな。喜べ、お前が一番だぞ?」
「あ? 誰だお前!? クソッ、縛られてるのか!?」
「そういうことだ。無駄な抵抗は――」
「クックック、この程度で俺を拘束したと思ってるのか!? 馬鹿が! フンッ!」
不敵な笑みを浮かべた帝国兵が、そう言って手足に力を込める。が、その体はもぞもぞと動くだけであり、縛り付けた縄が切れる様子はない。
「あれ? 何で!? 魔導鎧ならこんな縄なんて…………あっ」
そこで男は隊長の指示に従い自分の魔力を「反魔剣」のために差し出したことを思い出す。必死に首を下に傾けてみれば、魔導鎧の胸に取り付けられた魔石は既に輝きを失っており、すっかり魔力が無くなっていることを確認してしまった。
「……どうやらその鎧は力を無くしているようだな。さて、ではお前に質問だ。素直に答えるならばきちんと人として扱うことを約束しよう。その鎧はどうやって脱がす?」
「…………魔導鎧の着脱には、隊長が持っている特別な魔石が必要だ。それを使って術式を解除することで脱げるようになる」
「随分と迂遠な方法だが、本当か?」
「本当だ。魔導鎧は帝国の技術の結晶、つまり秘密の塊だ。そんなものがホイホイ簡単に脱ぎ着できるようになってるわけないだろ?」
「……ふむ」
帝国兵の言葉に、リダッツはしばし考え込む。言っていることには筋が通っているように思えるが、然りとてそれを鵜呑みにすることもできない。もしそれで魔導鎧とやらが力を取り戻してしまえば大惨事に繋がる可能性があるからだ。
「…………」
リダッツの視線がチラリとニックの方を向く。それにニックが頷いて返すと、リダッツは更に少し考えてから小さくため息をついて答えた。
「わかった。ならばその特別な魔石とやらを教えてくれ」
「へへっ、いいぜ。つってもこの状態じゃ何処に隊長がいるかわからねぇ。せめて足の縄くらいは外してくれよ」
「いいだろう。おい!」
リダッツの指示で、側にいた兵士が帝国兵の足の縄を切る。そうして立ち上がった帝国兵とリダッツ達のやりとりを、ニックは少し離れた所から見守っていた。
『面倒な。我に調べさせればすぐに答えを出してやるものを』
(我慢せよ。帝国の秘匿技術に儂が詳しいなどとなれば、面倒なことこの上ないではないか)
腰の鞄から不満を漏らすオーゼンに、ニックはこっそりと小声で答える。オーゼンとしてはあの赤い魔力刃の秘密が知りたいところだったが、無事だった多くの兵士や騎士によって厳戒態勢を取られているこの場で鞄からオーゼンを取り出して鎧に押しつけるのは流石に不自然だと自重しているのだ。
(焦らずともいずれ機会はあるだろう。そもそも帝国兵にしてもこの国を襲った者が全てということはないだろうしな)
『それはまあ、そうだな。確かに貴様と共に行動していれば、放っておいても向こうからやってきそうだ』
(むぅ)
オーゼンからの相変わらずの扱いに、ニックは少しだけ不満げな声を出す。そんな時、不意に広場の中央……さっきの帝国兵達が向かった場所から不気味な赤い光が放たれ始めた。
「何だ!? おい貴様、何をした!?」
「えっ!? 何だこれ、俺こんなの知らない……熱っ! 熱い!?」
『あれは……いかん! ニック!』
「応!」
その異常に気づいたニックは、オーゼンの警告と同時にその場を飛びだし、帝国兵の周囲にいた兵士達やリダッツを広場の端まで投げ飛ばす。
「ぐあっ!? な、何が!?」
「ニック殿!?」
『おい、マズいぞ! 今すぐ帝国兵を広場の中央に集めろ!』
そうして周囲にコモーノの関係者がいなくなったことを確認すると、ニックはそのまま赤い光を放ち始めた全ての帝国兵達を広場の中央へと集めていく。その作業の間にも次々と帝国兵は目覚めていき、気づいた全員が苦悶の声をあげる。
「ひぃぃ!? なんだこれ!? なんだこれ!?」
「あつい! アヅイ! 鎧が、鎧がぁ!?」
「どうすればいい!? これはどうなる!?」
『急激な魔力の高まり……まず間違いなく爆発する! だがこの数は……っ』
帝国兵は一〇〇人。単純な爆発の規模はマグマッチョや魔竜王とは比較にならないほど小さいが、爆発する対象が多いせいでニック一人の体ではとても庇いきれない。
「爆発!? ならば……全員、伏せろぉぉぉぉぉぉ!!!」
ニックが大声でそう叫びながら地面に向かって拳を振るう。途轍もない衝撃と共に土砂が噴き上がって帝国兵達の集まる場所が陥没し、代わりに土砂がコモーノの兵士達を守るように降り積もる。
「よし、儂等も待避するぞ」
「し、死にたくなぃぃぃぃ!」
「助けてぇぇぇぇぇ!!!」
「っ……」
帝国兵達のあげる悲鳴にほんの一瞬気を取られるも、ニックはそのまま穴から飛び出す。すると次の瞬間には先ほどよりも更に大きな衝撃がコモーノの大地を揺らし、訓練場の中央から天高く火柱が立ち上った。