王国騎士、対峙する
「ぐぁぁ!?」
「きゃあ!」
コモーノ王国王城、謁見の間。いつもならば静謐なその空間に、血なまぐさい匂いと共に人の悲鳴が響き渡る。勇敢な騎士の屍を踏み越えて近づいてくるのは、奇妙な鎧に身を包んだ襲撃者達だ。
「手こずらせやがって……」
「思ったよりも騎士の練度が高かったな。これは普通に戦争したら帝国は負けたんじゃないか?」
「かもな。だがそれも過去の話だ。今の帝国の前には、こんな奴ら何でもない」
未だ戦場だというのに気楽な口調で会話を交わす帝国兵達。そんな彼らに対峙するのは、残り二人となった騎士とその背後に控える王族達だ。
「ふふふ、まさか王国最強の騎士であるリダッツ殿と肩を並べて戦う日が来ようとは……人生わからないものですな」
「確かに。姫様付の護衛であるガドー殿と轡を並べる日が来るとは、自分も思いませんでした」
余裕綽々の帝国兵に対し、全身に無数の傷を刻まれながら剣を構えるのはコモーノ王国最強にして勇者の導き手となるはずだった騎士スグニ・リダッツと、キレーナ王女の護衛騎士筆頭であるガドー・ゴエイヌス。二人とも息も絶え絶えながら、その戦意は些かも衰えてはいない。
「にしても、帝国の侵攻速度がこれほどとは……」
目の前の敵を見据えながら、リダッツがそう呟く。表向きの帝国軍は、コモーノ王国からはまだ大分遠い。だというのに目の前には帝国の兵がおり、その者達は敵の襲来を告げる早馬とほとんど変わらない速度で攻め寄せてくる。そんなものに対応できるはずもなく、コモーノ城はほとんど何の準備もできないまま敵の侵攻を受けてしまった。
「それを言うなら、この者達の強さもですな。あの奇妙な鎧にその秘密がありそうですが、数えられる程の手勢でここまで城を攻められるとは。実際に刃を交えてみてもなお信じられぬくらいです」
「フンッ、当然だ。我が帝国の技術の粋を集めたこの魔導鎧が、貴様等のような旧世代の英雄に劣るはずがない」
そんな二人の会話に、帝国兵の一人が割って入ってくる。
「ほぅ、つまりお前達の力はその鎧のおかげで、実力は大したことは無いと?」
「そうだ」
それを好機と挑発めいた事を言うガドーに、しかし帝国兵はあっさりとその言葉を認めてみせた。てっきり怒りと屈辱にまみれるかと思っていたその顔は、むしろ誇らしげに笑みすら浮かべている。
「実際この魔導鎧を脱いでお前と対峙すれば、俺はきっとお前に勝てないだろう。だが現実はどうだ? お前は俺の……俺達の前に敗北を重ね、今こうして追い詰められている。
これだ! これこそが我らが帝国の英知! ただの一兵卒すら英雄に変えるこの魔導鎧の力で、ザッコス帝国は今度こそこの世界を統一して見せるのだ!」
「世界を統一とは、また大きく出たものだな」
陶酔するような帝国兵の言葉に、リダッツは苦い顔で言う。実際この魔導鎧の力は凄まじく、戦力比が一〇倍あっても勝てる気がしない。少なくとも戦争という一面においてならばザッコス帝国は今現在世界最強と言えるだろう。
「隊長、城内の制圧終わりました」
と、そこに新たに謁見の間に入ってきた帝国兵が足早にやってくる。ピシッと敬礼する帝国兵に、声をかけられた男は軽く顔を向けて答えた。
「大臣はどうした? 宰相様からマックローニの一族は確保せよと命令が下っていたが」
「ハラガの方はさしたる抵抗もなく捕縛できております。娘の方は最初はギャーギャーと騒がしかったですが、こちらが城を制圧したとわかると途端に従順になりました」
「そうか。機を見るに敏と言うべきか、それとも単に世渡りが上手いだけか……抵抗しないというのなら問題ない。そのまま確保しておけ」
「ハッ!」
そう答えると、やってきた帝国兵が来た道を戻っていく。それを黙って見送ることしかできないリダッツとガドーは忌々しげな表情を浮かべるが、それとは別にその背後に守られていた人物……ジョバンノ王が、何処か諦めたような口調で隊長と呼ばれた男に話しかけた。
「ハラガが捕らえられたか……なあ帝国の者よ。ハラガが無事ということなら、余達はどうなるのだ?」
「陛下!? いけません、敵の――」
「これはジョバンノ陛下。ご安心下さい、陛下と王妃様の身は安全に確保するように宰相様から仰せつかっております」
突然口を開いたジョバンノをガドーがとめようとしたが、すぐに隊長の男がそう口にする。それを聞いてジョバンノ王は軽い安堵の表情を浮かべたが、それにこそリダッツもガドーも強い危機感を覚えずにはいられない。
「騙されてはなりません陛下! 城に攻め入ってきた敵の言葉など信じられるわけないではありませんか!」
「これは異な事を。我らの勝利が確実なこの状況で嘘を言う理由が何処にあると? 宰相様のお言葉によれば、我らがザッコス帝国に恭順の意を示すのであれば、お二方にはそのまま王と王妃としてこの国を統治していただくことになっていると伺っております」
「おお、真か!? そういうことならば、これ以上血が流れる前に降伏を……」
「陛下!」
「待ってください陛下。私と陛下は……ということは、子供達はどうなるのですか?」
喜び勇んで降伏しようとするジョバンノはそのままに、ブナンナ王妃がそう帝国兵に問いかける。その視線が向かう先は自分の足に縋り付くベンリー王子と、そのすぐ側に専属の侍女と共に立つキレーナ王女の二人だ。
「ああ、王子と王女のお二人には、残念ながらここで死んでいただくことになっております」
「「「なっ!?」」」
そのあまりに直接的な物言いに、その場にいたコモーノの関係者は全員が驚きの声をあげる。
「おお、何とむごい! 何故そのようなことを……」
「そうです! キレーナもベンリーもまだ幼い子供なのですよ? なのに何故!?」
「申し訳ありませんが、それが宰相様から受けた命令ですので」
「こ、交渉はできんのか?」
「それも申し訳ありません。自分はこの部隊の隊長ではありますが、政治的な裁量権は与えられておりません。交渉に関しては後ほど宰相様にお会いした時にお願い致します」
「何を馬鹿な!? 今殺されてしまう子供達の処遇を、後にどう交渉しろと言うのですか!?」
「なんと、何ということだ……」
取り付く島のない帝国兵の物言いに、ジョバンノ王はガックリと肩を落としブナンナ王妃はギュッと足下のベンリー王子を抱きしめる。
「意外だな。てっきり姫様は修道院に、ベンリー殿下は蟄居させるとでも言って誤魔化してくるかと思ったが」
「フンッ。偉大なる我らがザッコス帝国が、どうしてそのような詭弁を使う必要がある? 勝者が敗者の生殺与奪を握るのは世の常。ならば隠すよりも正直に伝えることこそが誠意というものではないか?」
「幼い殿下達を殺すことを誠意と呼ぶか……下衆が」
リダッツが吐き捨てるようにそう言うと、隣のガドーにチラリと視線を向ける。王族全員の命が保証されるのであればこの場で自分の首を差し出す程度の覚悟はあったが、おためごかしの誤魔化しすらないのでは、もはやここを死地と認め戦う以外の選択肢はない。
「……………………」
そんなリダッツの決意に、ガドーも無言で答えて小さく頷く。目の前の帝国兵はおおよそ三〇人。その全てが謎の鎧に身を包んだ強者であり、何百何千もの城の兵士や騎士達を倒してやってきた強者。
(勝ち目などない。だが……っ!)
その背に立つのは、ずっと守り続けてきた大切な存在。キレーナ王女を守る為であれば、己の命などいつでも、幾らでも投げ捨てられる。
「今この場を、我が死に場所と見つけたり!」
「王国最強の騎士の力、その目にしかと焼き付けよ!」
ガチャリと剣を構え直したガドーとリダッツが、今まさに最後の一戦に足を踏み出そうとしたその時。
「待って下さい!」
その場で声をあげたのは、少し前にキレーナ王女の専属侍女となった妙に色気のある女性……ハニトラであった。