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吸血娘、決意する

 それから三日。ニックとヤバスティーナの生活は変わらず続いており、だがヤバスティーナの胸の内にだけはジリジリと焦燥感のようなものが募っていった。溜まりゆく心労は夜に深く眠ることを許さず、その結果体の疲労も抜けなくなって、結局自分で提案した護身術も未だにニックには習っていない。ニックに「教えるのは構わんが、そんな状態では怪我をするだけだ」と言われてしまったからだ。


「はぁ、私何でこんなに駄目なんだろう……」


 そうしてその日の夜も、相変わらず寝付きが悪くてベッドでもぞもぞとしているヤバスティーナはそんな事を呟きながらポフポフと枕を叩く。原因も解決法もわかっているだけに、強調されるのは自分の無力感ばかりだ。


「決めちゃえば……どっちかに決めちゃえば済む話なのに……」


 結局の所、これは立ち位置の問題なのだ。魔族の一員として職務をまっとうするなら、このまま何食わぬ顔でニックをもてなし続け、足止めし続ければいい。今の調子なら武闘大会が終わるまでの足止めには何の問題もなく、そうすればヤバイアンに言われた二週間という期間は余裕で達成できる。


 本来なら、そこに迷う余地などない。なのに何故迷っているのか? それは勿論、ヤバスティーナがニックに特別な思いを抱いているからであり、それを自覚していても決めることができない理由は――


「お父さんとお母さんに、凄く迷惑かけちゃうもんね……」


 ここでニックに真実を告げたりすれば、それはヤバスチャンに、ひいては魔王に対する明確な裏切り行為になってしまう。


 元々戦争とは離れた場所で暮らしており、今も人間に交じって生活しているヤバスティーナにとって、人類に対して思うところは特にない。なのでもしこれが自分一人の問題であったなら、もっと早くにニックのために魔族を裏切ることを決断できただろう。


 だが、ヤバスティーナの両親は別だ。純粋な吸血鬼である母はまだしも、鬼人族(オーガント)の父が人の世界で暮らすのは難しいし、何より娘が裏切り者となれば、どのような責め苦を受けるかわからない。ニックに対する思いと、家族に対する思い。その板挟みにあっているからこそ、ヤバスティーナはこれほどまでに悩んでいるのだ。


「うーん。うーん…………」


 わからない。わからない。どれだけ考えても答えなど出ない。それでも答えは出さねばならず……五日目の朝。食事を終えたヤバスティーナは、ニックにひとつの質問を切り出した。


「あの、ニックさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」


「ん? 何だ?」


「あの……ニックさんって、娘さんがいるんですよね?」


「ああ、いるぞ。今年で一九歳だから、おそらくお主より少し年下くらいであろうか?」


「そうですね。それなら……じゃあ質問なんですけど、その娘さんがとても悪い事をして、ニックさんに迷惑がかかったりしたら、どう思いますか?」


 恐る恐る伺うようなヤバスティーナの問いかけに、ニックは若干の戸惑いを覚えつつも眉根を寄せて答える。


「むぅ? 親に責任が波及するほどの悪事を娘が働いたならば、そりゃあ叱りつけるだろうが……そう言う単純な話ではないのだろう?」


「はい。えっと……悪い事ではあるんですけど、悪い事をする理由があったというか……」


「であれば、それこそその理由次第ではないか?」


「理由は…………」


 なかなか煮え切らないヤバスティーナの質問に、ニックは丁寧に答えていく。そんなニックの優しさに、ヤバスティーナはギュッと両手を握りしめ覚悟を決める。


「助けたい、人がいるんです。その人は大好きだけど手の届かない人で、自分を自分にしてくれた人で……大切な恩人なんです。その人に恩を返したい、でもそれをすると、自分の両親に大きな迷惑がかかってしまう……だから……」


「なんだ、そういうことか。それならば少なくとも儂の答えは簡単だ」


「それは……?」


 ずっと俯いていた顔をほんの少し上げ、まっすぐに目を見てくるヤバスティーナにニックはニヤリと笑って答える。


「決まっておろう! 『好きにしろ』だ!」


「ええっ!? でも、両親にはとんでもない迷惑がかかるんですよ!?」


「ハッハッハ! それが何だというのだ。自分の子供が自分の信じる道を進みたいと思うのならば、応援することはあっても足を引っ張ることなどあり得んではないか。それで降りかかる火の粉など、鼻で笑って吹き飛ばしてやるわ!」


「……………………」


「ああ、と言っても勿論これは儂であればの話だぞ? その人物のご両親がどう考えるかはわからんし、具体的にどれほどの迷惑を被るのかもわからんからな。あくまで儂であれば、娘の選択で世界が敵に回ろうと全部まとめて殴り飛ばしてやるというだけのことだ。


 すまんな、これでは参考にならんかも知れんが……」


「いえ、十分です」


 ニックの豪快な笑みが、ヤバスティーナの頭に巣くっていた霧を綺麗さっぱりと打ち消していく。その向こうに見えてきたのは、ヤバスティーナの両親だ。


『いいですかヤバスティーナ。これと決めたことがあるなら、躊躇わず一気にやってしまいなさい。周囲の対処など後からどうとでもなるのです。現に私も貴方のお父様との結婚には散々文句を言われましたが、貴方がお腹にいるとわかってからはあっという間に話が進みました。


 いいですか? 既成事実です。難しいことはヤッたあとで考えるのです。貴方がそれを望むなら、この母がどんな外堀も埋めてみせましょう』


『ウガ、ヤバスティーナ。オレ、ムズカシイコトハワカラナイ。デモ、コレダケハイエル。キメタラ、マゲルナ。イチドマゲルト、ナオスノタイヘン。ダカラマゲナイ。ソレガイチバンダイジ。


 ダイジョウブ、タイテイノコトハ、ナグレバナントカナル』


 誰もが目を引く美女である母と、粗野で無骨な父。どう見ても釣り合わなそうな二人が互いの腰に手を回し、寄り添ってヤバスティーナの方を見ている。


(そうだ。お父さんもお母さんも、私なんか想像もできないくらい大変な道を歩いてきたんだ。でも二人とも、いつも幸せそうだった……それはきっと、自分がやりたいと思ったことをちゃんとやり遂げたからなんだ)


 あるいはそれを、逃げと呼ぶ者もいるかも知れない。都合のいい妄想だと一笑に付す者もいれば、無責任だと罵る者もいるだろう。


 だがヤバスティーナは、いつも自分を愛し導いてくれた両親を、この時信じてみたいと思った。自分の両親は自分がしでかすことくらい簡単にはねのけられると。そしてきっと、笑顔で自分の事を応援してくれると。


(私、頑張る! 頑張ってみるから……応援してて、お父さん! お母さん!)


『愛してるわヤバスティーナ。だから思いきりやりなさい』

『ウガ、アイシテルゾ、ムズメヨ。トリアエズナグットケ』


「はい!」


「おぅ!? どうしたのだいきなり?」


 しばし黙り込んだかと思えば突然声を上げたヤバスティーナに驚くニックだったが、顔を上げたヤバスティーナに浮かんでいるさっぱりとした笑顔に自らもまた微笑みをこぼす。


「ふむ、悩みは解消できたのか?」


「はい! おかげで覚悟が決まりました。ニックさん……お話があります」


「聞こう」


 にわかに真剣な表情になったヤバスティーナに、ニックは佇まいを正して向き合う。そんなニックを前にヤバスティーナは二度、三度と大きく深呼吸を繰り返し、遂には意を決してそれを口にする。


「実は私……魔族なんです!」


「ほう、そうなのか」


 そんな決死の告白を、ニックはまるで何でも無いことのように受け流した。

※はみ出しお父さん ヤバスティーナの両親


父 ウガルガ・カタコットン


鬼人族のカタコットン氏族に所属していた大戦士。実は小さいものや可愛いもの、綺麗なものが好きで、森を散歩していたヤバスティーナの母を見初め、お気に入りの花を贈ったのが二人のなれ初め。ヤバスティーナの脳内ではともかく本人は至って温厚な性格で、戦士の職を辞した今は農作業の傍ら小さな花畑を世話しては愛する妻に花を贈る日々を過ごしている。本気を出すと金級冒険者とタイマンできるくらい強い。


母 ヤバスタリア


ギリギリス家の傍流の家に生まれた女性で、家名は持たない。大変に美しい外見の持ち主で夜会では大人気だったが、キザで軽薄な吸血鬼の男達とのやりとりにうんざりして森を散歩していたところでウガルガに出会う。最初はかなり驚いたが、大きく無骨な手で小さな花を差し出してくる素朴さ、純粋さに惹かれ、あっという間に既成事実を作り上げる。当然周囲からは非難と罵倒の嵐を浴びたが、そんなものは何処吹く風と気にもとめず、妊娠をきっかけに周囲を説得。今は愛する夫と共に幸せな日々を満喫している。敵対者には容赦しない冷酷さを持つ反面、ベッドサイドには常に夫からもらった花を花瓶に挿していたりする。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご両親が素晴らしいです ヤバスティーナちゃんはよく決心してくれました 次回も楽しみにしております
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