新人達、追い詰められる
「よっと」
カシャンという軽快な音を立てて、カマッセの前で小さなゴーレムが倒れ伏す。それはすぐに光の粒子となって消え、後には何も残らない。
「あんなにあっさり倒しちゃうのか……」
「やっぱり銀級ってのは伊達じゃねーんだな」
「ボク、あのトゲトゲの鎧がちょっと格好良く見えてきたよ」
迷宮内を移動中、襲ってきた小ゴーレムを撃退する度にカマッセには背後から賞賛が飛んでくる。それ自体は気持ちのいいものだったが、その実カマッセの内心はあまり穏やかではなかった。
(ヤバいぜ。金目のものが全然回収できねー。どうすっかなこれ……)
古代遺跡は宝の山だ。高度な技術で作られた魔法道具は元より、今カマッセが軽く蹴散らしたゴーレムですらその部品は相応の金になる。だと言うのにこの遺跡には一般的な遺跡のように人がいた痕跡がまるでなく、それに伴って魔法道具なども一切落ちていなかった。
しかも、倒したゴーレムは光になって消えてしまう。未発見の古代遺跡に興奮して跳び込んだカマッセだったが、完全な期待外れにその心はやさぐれていた。
「なあお前等。お前等はここで何か拾ったりしたか?」
「いえ、特には……あ、ひとつだけありました!」
「何!?」
何も見つけられていない自分を慰めるくらいの気持ちで質問をしたカマッセに、ソーマが背嚢から何かを取り出して見せる。
「これは……何だ?」
「さぁ……? 何か台座っぽいところに置いてあったんで、持ってきたんですけど」
ソーマの手にあったのは、大人の拳を二回りほど大きくした程度の丸い玉だった。カマッセは透明なそれを覗き込むが、当然何のためのものかもわからず、どの程度の価値があるのかすら全く予測が出来ない。
「そ、そうか。わかんねーか。ま、まあでも? 古代遺跡から持ってきたって言えば、きっと目が飛び出るくらいの値段が付くぜ? 良かったじゃねーか。ははははは……」
伸びそうになる手をグッと握りしめ、カマッセはやせ我慢の笑い声を上げる。どれだけ羨ましかったとしても、新人の手柄を奪い取るほどカマッセは屑ではない。だがその表情を見たソーマ達は顔を見合わせ頷き合うと、手にした謎の玉をカマッセに向かって差し出す。
「あの、カマッセさん? 良かったらこれもらってくれませんか?」
「は、はぁ!? な、な、な、何言ってやがる! 俺がそんな、金に困ってると思ってるのか!? 俺は期待の銀級冒険者、カマッセさんだぜ!?」
「違います。そういうのじゃなくて……仲間の命を助けてくれて、今もこうして俺達に手を差し伸べてくれているカマッセさんに対するお礼ってことで、どうでしょう? みんなもいいよな?」
確認を取るソーマに、全員が再び肯定の頷きを返す。閉鎖空間で厳しい数日を過ごした彼らにとって、ここから生きて出られるかはカマッセにかかっている。命より大事なお宝など存在しないということをきちんと理解していればこその判断だ。
「そ、そうか!? そうかそうか! そういうことなら、まあ、受け取っといてやるぜ! 何だよお前等いい奴だな。後はこのカマッセさんにどーんと任せとけ! な!」
「はい! ご迷惑をおかけすると思いますけど、宜しくお願いします!」
「ハッハッハ! 余裕だぜ余裕! このカマッセさんがお前等全員、ちゃんと町に返してやるからな!」
そしてそれは間違っておらず、謎の玉を受け取ったカマッセは露骨に機嫌が良くなった。元々可能であれば助けてやろうくらいには思っていたが、今はちょっとくらい危なくてもしっかり守ってやろうという気になっている。
その後はやる気になったカマッセを先頭にただひたすらに迷宮を歩き回る。カマッセの戦闘力があるおかげで邪魔をしてくる小ゴーレムは瞬時に片付けられるため、一行の歩みはなかなかに速い。そうして半日ほどさまよい歩いたところで、遂に彼らの前にひときわ大きな扉が現れた。
「カマッセさん、これって……?」
「ああ、多分出口だろうな」
「やったぜ! 遂に外に――」
「待て待て。焦るな、話を聞け」
興奮する新人達に、カマッセが声をかけつつ壁により掛かって休憩の体勢をとる。それを見てソーマ達も壁にもたれたり床に座り込んだりし始めた。
「いいか? 俺の経験上、こういう所には大抵魔物がいる。いわゆる守護者って奴だな」
「守護者ですか?」
「そうだ。この手の生きてる古代遺跡だとそういうのが通路を守ってて、倒さないと先に進めねぇ。だからまずはここで休息を取って、しっかり準備してから突入だ。何か質問はあるか?」
カマッセの言葉にソーマ達は互いに目配せをするも、誰からも声はあがらない。なのでそのまま休憩を取り……食料はカマッセが保存食を提供した……全員がしっかり回復したことを確認して、改めて扉の前にて集合した。
「飯の間にも説明したが、もう一回確認だ。この手の扉は中に入るとしまって外に出られなくなることもあるが、入ってみなきゃわかんねーから気にしても意味がねぇ。基本的には俺が戦うから、ソーマとベアルは敵の動きをみて大丈夫そうなら一緒に戦え。ただし絶対無理はするな。確実にいけると判断できないなら何もしないこと。いいな?」
「わかりました、カマッセさん。無理して前に出たりはしません」
「役立たずなのは仕方ねーけど、足手まといにはならないぜ!」
きちんと自分の実力を把握している二人の返事に、カマッセは真剣な顔で頷く。
「ホムは背後に待機。俺が怪我をしたら回復魔法を頼む。カリンとシュルクは俺が指示した場合のみ弓と魔法で援護してくれ。勝手に攻撃するのは無しだぞ? 敵愾心がそっちに向かったら守れないかも知れねーからな」
「わかりました」
「私の弓の腕を見せてあげるわ! 言われたらだけど」
「フンッ。そんなヘマはしないさ」
「よーしよし。なら行くぜ?」
最後にもう一度全員の顔を見てから、カマッセが大きな両開きの扉を開ける。果たしてそこには、予想通りに一体のゴーレムが立っていた。
「大分広い部屋だな。これなら思いっきり走り回っても平気そうだが……っと」
全員が中に入ったところで、こちらも予想通り背後の扉が閉まった。だがそれに焦ること無く全員が所定の位置につく。
「覚悟しろよこのデカブツ! このカマッセさんの実力を思い知――うぉぉ!?」
ピクリとも動かないゴーレムに、カマッセが渾身の力を込めて剣を振り下ろす。しかしその刃はゴーレムに届くことなく、その直前で光の壁にぶつかって完全にとめられてしまった。
「なんだこりゃ!? くそっ、このっ!」
何度剣を振り下ろしても、その全てが光の壁で阻まれる。全長五メートルほどの巨大人型ゴーレムに対し、カマッセの剣は装甲に触れることすらできない。
(オイオイオイオイ、どうすんだこりゃ? 鎧の部分はともかく関節を狙えばいけると思ったんだが、剣が当たりもしないのは想定外すぎるぜ!?)
「剣が駄目なら、魔法ならどうだ!」
「あっ、馬鹿、やめろ!」
不意に聞こえた声に、カマッセは思わず振り返る。そこには詠唱に入ったシュルクの姿があり、戦闘に巻き込まないように大きく離れていたが故に止めに入るのが間に合わない。
「僕だってやれるんだ! 紅きもの、熱きもの、貫き 輝き 焼き尽くせ! 『バーニングランス』!」
カマッセがシュルクに触れるより早く、シュルクの魔法が完成する。そうして解き放たれた炎の槍は、狙い違わずゴーレムの顔面に炸裂した。
「通った!」
「マジか!? いや、駄目だ!」
炎は確かにゴーレムに命中した。だがその表面は煤けてすらおらず、とても効果的だったとは思えない。
『対象の攻撃を確認。これより最終試練を開始する』
無機質な声と共に、それまでピクリとも動かなかったゴーレムが動き出す。振り上げられた大剣がシュルクに向かって落ち……その体をカマッセが突き飛ばす。
「ぐぉぉっ、いってぇ!!!」
「うぅ、顔が……なにする……っ!?」
「逃げろ馬鹿……さっさと立って走れ!」
顔から床に倒れ込んだシュルクに叫ぶと、カマッセは大剣に押し潰された右腕に鞄から取り出した回復薬を振りかける。当時の全財産をはたいて買ったとっておきの回復薬は、見事な効果を発揮して瞬時に腕を元の状態に再生してくれるが、それで状況が良くなったわけではない。
(くそっ、どうする!? 剣はそもそも当たらない、魔法は当たるが効果がない。この状況でどうやったら生き残れる!?)
「カマッセさん! 俺達も一緒に――」
「うるせぇ黙れ余計なことすんな! お前等はとにかく走って遠くに離れてろ! おらこっちだデカブツ!」
自分の方に来ようとするソーマ達を怒鳴りつけ、カマッセはめったやたらにゴーレムを剣で斬りつける。その全ては光の壁に阻まれたが、それでもゴーレムの注意はカマッセの方へと向けられた。
「そんな、カマッセさん! 駄目だ!」
「黙れっつったろ! 俺はアリキタリの町で一番期待される男! 銀級冒険者のカマッセさんだぜ? こんな奴楽勝で――」
ニヤリと笑って見せたカマッセだったが、次の瞬間その身に無慈悲な大剣が振り下ろされる。その速さは先ほどの比では無く、カマッセに防御も回避も許さない。
(あ、これ死んだ――)
「カマッセさぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「そんな、トゲのにいちゃんが……」
「僕の、僕のせいだ。僕のせいで……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「落ち着きなさい馬鹿シュルク! ううっ、カマッセさん……」
「返事を、返事をしてくださいカマッセさーん!」
立っていられない程の振動とカマッセを中心とした位置に立ちこめる煙にソーマ達が思い思いの声をあげる。すると――
「お、おぅ? 生きてる、ぜ……?」
『えっ!?』
まさかの返事が返ってきたことに、ソーマ達は目をこらして正面を見据える。やがて煙が晴れると、剣を振り下ろした姿勢で固まるゴーレムと、その剣の下でへたり込んでいるカマッセ。そして……
「ふむ、どうやら間に合ったようだな」
巨大なゴーレムの剣を片手で受け止め、不敵に笑う筋肉親父の姿があった。





