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父、保証する

『心というのは何とままならぬものであるのか。確かにこの状態であれば貴様が我を見失うことはないし、我の望みであった催しの観覧にも最適である。これがもっとも理にかなった回答であると理解できるのに、我が魂はさめざめと涙を流すのだ』


「随分と大げさな物言いだな。一応聞くが、本当に嫌だというのなら考えるぞ? 今回は絶対に出なければならないというわけでもないからな」


『……いや、まあ、そこまでではないから、気にするな』


 苦笑して言うニックに、オーゼンは少しだけばつが悪そうな声で返す。ニックとの付き合いも一年を超え、その人となりを知り確かな信頼関係を築いてきたオーゼンとしては、不本意ながらもニックの股間に取り付くのは大分慣れてしまっており、実際の所はもうそんなに嫌というわけではない。


 もっともニックにしてもオーゼンが本気で嫌がっているわけではないことくらいは察せられるので、要はじゃれ合いのようにいつもの会話を繰り返しているだけなのだが。


「? どうしたんですかニックさん?」


「ああ、いや、何でも無い。で? 後はここで出番まで待機するだけか?」


「そうですね。後は……」


「ほぅ! どうやら逃げなかったようだな!」


 部屋の片隅で小さく独り言を言うニックを不思議に思って声をかけるヤバスティーナに、ニックは適当にとぼけつつ話題を変える。だがそれにヤバスティーナが答えるより早く、控え室の奥から見覚えのある濃い顔の男が現れた。


「ゴリオシさん……」


「体の方も少しは仕上げてきたみたいだな。だがその程度で俺に勝てると本当に思っているのか?」


 ヤバスティーナの全身を見つめてから、ゴリオシが嘲るように鼻で笑う。それを傲慢と切って捨てられないのは、目の前にいるゴリオシの全身にはその態度に見合うだけの筋肉が満載されていたからだ。


「も、勿論です! 私だってこの二週間、すっごぐ頑張ったんですから!」


「たった二週間だけを、な。まあもうすぐそれもはっきりする。この俺の素晴らしい筋肉を目の当たりにして、泣いて教えを請うお前の姿が目に浮かぶようだ! ガッハッハッハッハ!」


 既に勝負は決していると言わんばかりの高笑いをしてから、ゴリオシの視線がヤバスティーナからニックへと移動する。さっきまでとはまるで違う真剣な眼差しがニックの全身を見回していき……


「…………惜しいな」


「ほぅ?」


 ニックの鋼のような筋肉を前に、ゴリオシはただ一言そう呟く。それ以上は何も言わず去って行くゴリオシの背を見送ると、ヤバスティーナが心配そうな声をニックにかけた。


「あの、ニックさん……?」


「ああ、彼奴が何を言いたかったかはわかっているから大丈夫だ。お主を鍛える傍ら、儂の方も独自に鍛錬をしておったしな」


「えっ、そうだったんですか!? 私全然気づきませんでした」


「そりゃあ秘密の特訓だからな! まあ楽しみにしておくといい。儂の出番も……そしてお主自身の勝負もな」


「えっ!?」


 驚くヤバスティーナにニヤリと笑うと、ニックの手がヤバスティーナの肩をポンと叩く。


「あのゴリオシという男、言動に問題はあろうが身につけた筋肉は本物だ。お主も今日まで頑張ってきたが、勝つのはなかなかに難しいだろう」


「うっ、やっぱりそうですよね……」


「うむ。だがそれに関しては儂に考えがある。故にお主が今日やるべきことは、この催しを全力で楽しむことだ!」


「楽しむ? ですか?」


 てっきり「死ぬ気で頑張れ」的なことを言われると思っていたヤバスティーナは、その発言に拍子抜けする。そうして目を丸くするヤバスティーナに、ニックは楽しげに笑いながら話を続けた。


「ははは、そうだ! この二週間、儂の特訓を受けているお主は実に楽しそうだった。体を動かす楽しさを感じられたなら、その成果を認められることもきっと楽しくなるだろう。


 それにまあ、駄目だったからと言ってどうなるというわけでもないのだ。ならば気楽に楽しむのが一番の正解なのではないか?」


「……そうか。そうですよね」


 笑顔で言うニックに、ヤバスティーナの体からスッとこわばりが抜けていく。そうなればいつの間にか丸まってしまっていた背筋も特訓の通りにピンと伸び、視線が少しだけ高く、呼吸が少しだけ楽になる。


 ヤバスティーナは今までずっと、このコンテストでいい成績を残してゴリオシに勝たなければならないと思っていた。だからこそ筋肉だけ(・・)は素晴らしいゴリオシの姿を目の当たりにして、気づかず焦り萎縮してしまっていたのだ。


「勝ち負けなど気にする必要はない。お主はただ今日まで頑張って身につけた成果を皆に自慢してくればいいのだ! 自分はこんなに美しくなったのだとな」


「美しく!? あ、あの……ニック、さん?」


「ん? 何だ?」


 軽く首を傾げるニックの顔に、ヤバスティーナは咄嗟の顔を背け……だがチラチラと視線だけを送りながら、意を決してそれを問う。


「わ、私って、その……綺麗、です、か?」


「……ふっ、ハッハッハ!」


「な、何で笑うんですか!?」


 突然笑い出したニックに、ヤバスティーナは涙目になりながらニックの胸をポカポカと叩く。普通の人間相手であれば割と致命傷な威力だが、ニックの分厚い筋肉はその全てを優しく受け止めてくれる。


「いや、すまん。意外なことを言われたのでな」


「意外ですか? そりゃ確かに私は綺麗じゃないですけど……」


「違う違う、逆だ! 儂との鍛錬を終えた後のお主は、実にいい笑顔だった。好き嫌いには好みもあるだろうが、あの笑顔を美しいと思わぬ者などおるまい。だから安心して胸を張れ! お主が美しいことは、この儂が保証してやろう!」


「――――――――っ!?」


 胸に、太陽が落ちてきたようだった。その熱は咄嗟に俯いた顔のみならず全身を燃やしていき、まるで腕立てを一万回した時のようにヤバスティーナの大胸筋がピクピクと震え火照りだす。


「まあ、こんな中年の男にそんな保証をされたからといってどうと言うこともないのだろうが――」


「そんなことありません!」


「お、おぅ、そうか?」


「はい! そんな事絶対にないです!」


 強く断言するヤバスティーナに、ニックの方が少し驚く。だがそんなことが一切気にならないくらいヤバスティーナの気持ちは盛り上がっている。もはやゴリオシなど眼中に無く、筋肉という筋肉が喜びに打ち震えている。


(綺麗! 綺麗って言われた! 私の事、綺麗って! こんなでっかくて筋肉質な、とても女とは思えないような体の私が、綺麗だって言われた!)


「ふふ、ふふふ……」


「や、ヤバスティーナ? どうしたのだ?」


「いえ、何でもありません。今なら空も飛べそうな、そんな気がするだけです」


「おお、それは凄い気合いだな! よし、ならばその勢いで会場中の歓声をかっさらってやるといい」


「はい!」


「それでは、ただ今より『ナイスマッチョコンテスト』を始めます! 出場者の方はこちらに来て準備をしてください!」


 輝く笑顔でヤバスティーナが返事をするのとほぼ同時に、舞台の方から係の者が呼びかける声が聞こえる。その指示に従い全員が舞台袖のところに集まると、そこから見える先にいるのは幾人もの審査員と思われる人物達に、数えるのも面倒なほどに超満員な観客席。


「皆様、大変お待たせ致しました! それではこれより第二八回、ナイスマッチョコンテストを開始致します!」


 高らかに司会の男がそう宣言すれば、会場中から巻き起こった割れんばかりの拍手と歓声がニック達を包み込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なれって怖いですね ヤバスティーナちゃんの乙女心が暴走してますね 次回も楽しみにしております
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