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父、服を買う

 翌日の朝。なかなか寝付けなかったにもかかわらずヤバスティーナの目は早朝から冴え渡り、昨日の謝罪も込めて張り切って作った朝食をニックと二人で楽しく平らげた後。食後のお茶を楽しんでいるニックが徐にヤバスティーナに話を切り出してきた。


「ふぅ、今朝も実に美味い飯だったな……ところでヤバスティーナ殿」


「あ、前も思ったんですけど、私の事は呼び捨てで構わないですよ? 敬称をつけて呼ばれるなんて、何だか落ち着かないですし」


「むぅ、そうか? ならばヤバスティーナよ。今日はこれから何か予定はあるか?」


「予定ですか? 特に無いですけど……」


 少しだけ考えてそう答えたヤバスティーナに、ニックは嬉しそうな声をあげる。


「そうか! ならばちょっと付き合って欲しいところがあるのだが、いいだろうか?」


「つ、付き合う!? そんな、私とニックさんじゃ年の差が……」


「ん? 確かに歳は離れているだろうが、それがどうかしたのか?」


「あ、いえ。何でもないです。ちゃんとわかってますから……それで、どちらにお付き合いすればいいんでしょうか?」


 妄想から瞬時に現実に戻ったヤバスティーナが問うと、ニックがニヤリと笑ってみせる。


「実は先日お主も言っていた『ナイスマッチョコンテスト』とやらに、儂も出場してみようと思うのだが……」


「あ、出場されるんですね! ふふ、ニックさんならきっといいところまで行けると思いますよ! 当日は私、お弁当を持って応援にいきますね!」


「おお、それは嬉しいな。ありがとう……で、だ。昨日お主と別れた後にその受付をしてきたのだが、そこで参加するには特別な服? が必要だと言われてな」


「ああ、競技服ですね。なら私は服屋さんに案内すれば?」


「うむ。頼めるか?」


「勿論! 任せてください!」


 ニックの頼みを二つ返事で引き受けると、早速食事の後片付けをしてからニックとヤバスティーナは今日も二人で町へと繰り出していく。今回は観光目的ではないので、雑談しながら歩けばあっという間に目的地へと辿り着いてしまった。


「ここが私が普段お世話になっているお店です。こんにちはー! おばちゃーん、いるー?」


 そう言ってヤバスティーナが入っていくのは、小さいながらもしっかりとした店舗を構える服屋。背をかがめて扉をくぐるヤバスティーナに続いてニックも店内へと入れば、そこには色とりどりの布地が並び、他には見本と思われる服が何着か飾られている。


「いらっしゃい……って、あらティーナちゃん! どうしたの? この前作った服、もう破けちゃった?」


「ちょっ!? 違うの! そうじゃなくて、今日はお客さんを連れてきたの!」


「邪魔するぞ。儂は――」


 ヤバスティーナの背後からニックがヌッと姿を現すと、店主と思わしき五〇歳前後と思われるご婦人が口に手を当て目を丸くして声をあげる。


「あらやだ、こりゃまたデッカイ人だね! ティーナちゃんのお父さん……いや、お兄さんかい?」


「いや、儂は――」


「えっ、ならひょっとして恋人さんかい!? ちょっと年上だけど、でも確かにこのくらいなら……はっ!? まさか、今日は結婚式の衣装の話かい!? そういうことならおばちゃんが腕によりをかけて――」


「ちーがーうーのー! お願いだから私の話を聞いてぇ!」


 早口にまくし立てる店主の言葉を、ヤバスティーナが抱きついて止める。一六〇センチほどしかない基人族の女性に二メートル近いヤバスティーナが縋り付くという一見すると不思議な光景ではあるが、体格はともかく貫禄ではヤバスティーナは店主の足下にも及ばないようだ。


「なんだい、ただの旅人さんかい。ティーナちゃんもいい年なんだから、もうそろそろ結婚だって考えても……」


「私の事はいいの! それよりほら!」


「あーはいはい。えーっと、ニックさん? 競技用の服を上下一揃いでいいのかい?」


「お、おぅ。宜しく頼む」


「はいよ。じゃ、大きさを測るからちょっとこっちに来て……あー、あと当たり前だけど、その鎧とかは全部脱いどくれよ?」


「わかった」


「あ、じゃあ私はお店の外に出てますね! ニックさんは、ごゆっくりどうぞ!」


 置物のように店内に立っていただけでトントン拍子に話が進んでしまい、店主の勢いにやや圧倒されながらもニックは鎧を外して服も脱ぐ。最終的に下着一枚になったところで店主から体の大きさを測られ、その後すぐに店主は店の奥から緑色のぐにょぐにょした服らしきものを持ってきた。


「何だこれは? 随分と変わった手触りだが……?」


「ははは。これはラバーフロッグって魔物の皮でね。よく伸びるから体にピッタリ張り付いて、筋肉の形がはっきり見えるようになってるのさ。


 昔、この町の筋肉自慢が男ばっかりだった頃はみんな下着一枚で競技をやってたみたいだけど、最近は随分と女の参加者も増えてきたからね。不公平にならないようにってこれを着るようになったんだよ。


 さ、まずは着てみな? よーく伸びるからアンタの体でも十分着られるはずだよ」


「わかった……ん? これは下着もか?」


「そりゃ一揃いなんだから当たり前だろ! ほら、そっちに更衣室があるから、さっさと着替えた着替えた!」


 店主に背を押されて更衣室に詰め込まれると、ニックは徐に下着を脱いでから今受け取った服を着ていく。するとそれは言われたとおり素晴らしい伸縮性を発揮し、ニックの鍛え上げた肉体をピッチリと包み込んでくれた。


「こんな感じなのだが、どうだ?」


「ああ、いいじゃないか!」


 上半身は袖のないシャツで、下半身は太ももの付け根辺りからキュッと切れ込んだ三角形の下着。筋肉の躍動を余すことなく伝えるその出で立ちに、店主の女性は賞賛の声をあげる。


「しても、アンタなかなか肝が据わってるね。初めてこれを着ると、男女問わず大抵は恥ずかしがるんだけどねぇ」


「そうなのか?」


『貴様は我を装着するのに慣れすぎなのだ、この痴れ者が!』


「ぐっ!?」


 机に置いた鞄の中からの不意打ちのようなオーゼンのツッコミに、ニックは思わず声を詰まらせる。言われてみれば人として大事なものを少しだけ無くしてしまった気がしなくもないが、ニックはそれを深く考えることはしない。


 大人であり親であり、尻丸出しで暴れ回った経験のあるニックは、追求しない方がいいことがあるということを痛いほど理解しているのだ。


「じゃ、さっそくお披露目してやりな。おーい、ティーナ! 終わったから入っておいで!」


「あ、はーい! うわ、ニックさん、凄く似合ってますよ!」


 店主に呼ばれて店に入ってきたヤバスティーナが、開口一番ニックを褒める。実際服越しとはいえ実戦で鍛え上げたニックの肉体美はかなりのものであり、マチョピチュに住まう者でその価値を理解しない者など一人もいない。


「ふふふ、どうだ? これならばいけそうか?」


「はい! 毎年何人か新人さんはやってきますけど、ニックさんみたいに凄い人は見たことないです!」


「今年の『ナイスマッチョコンテスト』は荒れるかも知れないねぇ。ああ楽しみだ」


「お? なんだ、ご婦人も筋肉に興味がおありなのか?」


「そりゃあそうだよ! あたしの場合は旦那が体を鍛えるのが好きな人でね。それに付き合ってたらあたしもいつの間にか……って、何言わせるんだい全く!


 ほら、それじゃそいつでいいね? なら金払ってさっさと帰りな!」


 ニックの背中をバシバシと叩きながら、照れ隠しのように乱暴な口調で店主が言う。それを聞いたヤバスティーナが再び店を出ると、ニックは服を着替えながら店主に声をかけた。


「時に店主殿。ちょいと相談があるのだがいいだろうか?」


「ん? なんだい? 値引きならしないよ? そいつはこの町の領主様のご厚意で、ほぼ原価で提供してる奴だからね」


「いや、そうではない。実はな――」


 そうして切り出したニックの秘密の提案に、店主の女性は満面の笑みで店の奥へと消えていった。

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