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父、滞在先を決める

「ま、町を! 洗い物を済ませたら、約束通り町を案内しますね!」


 生まれて初めて感じる甘酸っぱい空気に耐えきれず、ヤバスティーナが胸の前でパチンと手を叩いてそう切り出す。そうして動揺を抱えたまま立ち上がると、それに追従するようにニックもまた腰を上げた。


「おお、そうか! ならば儂も洗い物を手伝おう。なに、こう見えても家事はそれなりに――」


「そ、そんな!? 駄目! 絶対に駄目です!」


「お、おぅ!? そうか?」


「そうです! ニックさんは恩人なんですから、そこでゆっくり座って待っていてください!」


「わかったわかった。ではもうしばらくのんびりさせてもらうとしよう」


 まさかの全力拒否に戸惑うニックを大きな身振りで押しとどめ、ヤバスティーナは一人調理場へと入っていく。その顔は未だに真っ赤であり、溢れる気持ちが押しとどめられず呟きになってこぼれ落ちる。


「と、殿方と二人で調理場に並んで立つなんて、夫婦! そ、そんなの仲のいい夫婦みたいじゃないですか!? って、恋人ですらないのに夫婦って!? あああ、私何言ってるんだろう……」


 やたら早口な独り言に合わせて、ヤバスティーナの手もいつもの三倍ほどの速さで動く。そうしてあっという間に洗い物を済ませると、軽く身だしなみを整えてから大急ぎでニックのところへと戻っていった。


「お待たせしました! で、では行きましょうか!」


「うむ。宜しく頼むぞヤバスティーナ殿」


 二人連れだって家を出ると、日常の風景に少しずつ冷静さを取り戻してきたヤバスティーナが次々と町の施設を説明してく。


「あそこの角のパン屋さんは、ステーキサンドが絶品なんです! あっちの道具屋さんには特別なオイルを売っていて、激しい訓練の後で火照った筋肉に優しくすり込むと凄く気持ちがいいんです。あと向こうの宿屋さんは……あっ!?」


「ぬ? どうかしたのか?」


 楽しげに説明していたヤバスティーナが突然声をあげると、次の瞬間にはこの世の終わりのような暗い表情で俯いてしまう。


「ごめんなさい。すっかり忘れてました。実はこの時期、宿が凄く取りづらいんです……」


「そうなのか? この時期ということは、何か理由が?」


「実は近々、この町では毎年恒例の『ナイスマッチョコンテスト』があるんです。如何に美しい筋肉を身につけたかを競う大会で、そのために集まってきた人達で宿がすぐに埋まってしまうんです」


「そんな大会があるのか……というか、そうか。では町の入り口で鍛錬をしていた者達は……」


「はい、それの出場者の方々ですね。あ、ニックさんも出場されます?」


「むぅ、興味が無くもないが、宿が取れんのではなぁ」


 ヤバスティーナの言葉に、ニックはその場で考え込む。大会に参加するかはともかく、今までに見たことのない様相の町だけに、もう少しゆっくり見て回りたいという気持ちは強い。


(まあ、いざとなれば町から少し離れた所で野営でもすればいいか?)


「あ、あの! ニックさん!」


「ん? 何だ?」


 そんなニックに、不意にヤバスティーナが呼びかける。緊張で足がガクガクと震えているが、それでも勇気を振り絞ってキッとニックの目を見つめる。


「もし、もしよかったら、その……私の家に泊まりませんか?」


「お主の家にか!? いや、しかし妙齢の女性の家に儂のような男が泊まるのは……」


「に、ニックさんは私の恩人ですから! 絶対そんな、変な事しないって信じてますし! それに……」


「それに?」


「その……夢、だったんです。私のご飯を美味しそうに食べてくれる人と一緒に暮らすのが……えっと、駄目、ですか?」


「むーん……」


 ヤバスティーナの提案に、ニックはしばし考え込む。自分が泊まることでヤバスティーナが被るであろう不利益が幾つも浮かぶが……


「……ふっ。わかった。ではしばらくの間厄介になることにしよう」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「はっはっは、礼を言うのは儂の方であろうに」


「それでもです! あ、じゃあ私、今夜の食事の材料とかを買ってきますね! ニックさんはもう少しゆっくり町を見て回っていてください! では、失礼します!」


 苦笑しながらのニックの言葉に、ヤバスティーナが跳び上がらんばかりに喜んでその場を駆け出していく。その背を優しい視線で見送れば、腰の鞄から相棒が声をかけてくる。


『いいのか? というか、珍しいな。貴様であれば間違いなく野営を選ぶかと思ったが』


「儂もそうしようと思ったのだが……あんな顔で見られてはな」


 自分を見つめるヤバスティーナの顔が、ニックには仕事で家を出る時に幼いフレイが見せた顔と被って見えた。「行かないで」という言葉を必死に我慢するような表情を見せられては、むしろ受け入れない方が辛い。


「まあどうにかなるであろう。問題が起きたならば儂の方で対処すればいいしな」


『ふむ、貴様がいいというのであれば我は何も言わんがな。しかし、美しい筋肉の大会……?』


「なんだ、お主も気になるのか?」


『まあ、うむ。正直ちょっと気にはなるな。言われてみれば芸術作品として男の筋肉、肉体美を描くものは一般的であった。であればここで見方を変えてみるのもよいかと思ったのだ』


「おお、そうか! ならば一緒に観戦……いや、そういうことならいっそ儂も出場してみるか?」


『いや、それは流石にハードルが上がりすぎではないか? 我としてはもうちょっとこう、緩やかな感じに……』


「よーし、早速手続きに行かねば! 場所は……町の入り口まで戻って、あそこで鍛えていた者に聞けばわかるだろう」


『おい、貴様よ? 我の言葉を聞いているのか? だからそれは急に距離を詰めすぎだと――』


「目指すは優勝! 儂の……いや、儂等の筋肉を皆に見せつけてやろうぞ!」


『貴様の耳は飾りか!? 我の話を聞けと言っているではないか!』


 微妙に噛み合わない会話をしつつ、ニックが一目散に町の入り口へと駆けていく。そんな筋肉親父の姿を、遙か高空から見下ろす二つの人影があった。


「どうやら第二段階まで成功したようでヤバス。流石私の計画でヤバスね」


「そうでアールな。正直こんなに上手く行くとは思っていなかったのでアール」


 魔王軍四天王。四人しかいないその存在のうち二人が、マチョピチュの町を見下ろしてそんな言葉を掛け合う。かつて会議にてヤバスチャンが提唱した「人間による筋肉親父の無力化」作戦。それこそがかつては何の使い道も思いつかなかった筋肉の聖地マチョピチュであった。


「なるほど。軍で押しとどめたり人質で脅したりするのではなく、本人が留まりたいと思う場所を提供する……これは目から鱗でアールな」


「ヤバスヤバス。竜を捕らえるのに壁で囲ったり卵を攫ったりなど非効率にも程があるでヤバス。そんなことをしなくてもヤバいくらいに美味しい餌を置いておけば、竜の方から勝手にそこで食っちゃ寝してくれるというわけでヤバス。


 勿論強制的に留められるわけではないでヤバスし、定期的に餌を追加しなければヤバいことになるので資金や人材などは必要でヤバスが……」


「そっちは気にしなくていいのでアール。人材はどうしようもないでアールが、費用の方はワガホネが幾らでも提供するのでアール」


「それは助かるでヤバス。そういうことなら今後も筋肉親父が喜びそうな催しをヤバいくらいに開催しまくれるでヤバス」


「期待しているでアール」


 そう言うとボルボーンの姿がフッとその場から消え去り、同時にヤバスチャンを浮かべていた魔法の力も消え去る。急速に落下し始めるヤバスチャンだったが、すぐにその身をコウモリへと変じて自力で空を飛び始めた。


「まったく、相変わらず唐突でヤバス……にしても、ヤバスティーナは素晴らしい働きをしてくれているでヤバス。任務を終えて戻ってきたら、ヤバい位に労ってやらねばならないでヤバス」


 一族の者からは混じり物(ハーフ)と呼ばれ、あまりいい扱いをされてこなかったヤバスティーナの事を思い、ヤバスチャンはふとそんなことを呟く。


「頑張るのだぞ、ヤバスティーナ……でヤバス」


 最後にクルリと空中で円を描くと、ヤバスチャンもまた魔王城へと向けて帰還していくのだった。

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