父、招待される
爽やかな春の風に、少しずつ夏の匂いが混じり始めて来た頃。『厄介者』チェーンと別れ魔法都市マジス・ゴイジャンへの旅路を行くニックの耳に、今回もまた「厄介事」を招く声が飛び込んできた。
「キャーッ! 助けて! 誰か!」
『むっ、悲鳴か?』
「行くぞオーゼン!」
一般的な冒険者よりもずっと広い範囲を速い速度で移動し、かつ街道のみならずあまり人の通らないような場所を興味本位で通ったりするだけに、ニックの耳が誰かの助けを呼ぶ声を聞き取ることは割とある。
今回もまたその類いかとニックが悲鳴のした方へと走ると……そこでは袖のない薄手の胴着のようなものに身を包むニックを一回り小さくしたくらいのムキムキの女性が、目の焦点が合っていない謎の男達に囲まれて怯えていた。
「イヤーッ! こないで! やめてー!」
「ヘッヘッヘ、オトナシクシヤガレー」
「カワイコチャン、オソッチャウゼー!」
『これは、襲われてる……のか?』
「見た感じでは、そうではないか? おい、お主達! 何をしておる!」
体格だけを見るならば、どう考えても襲われている女性の方が強そうだ。が、女性があくまでも素手なのに対し、囲んでいる男達は五人とも抜き身の剣を下げている。であればとニックが声を上げて両者の間に立ちはだかれば、すぐに女性が怯えた様子でニックにすり寄ってきた。
「お、お願いします! 助けてください! 道を歩いていたら、突然この人達に襲われて……」
「ヘッヘッヘ、ソウダゼ。オレタチハ……うっ……何だ、頭が……!?」
「カワイコチャン、オソッチャウ……うぅぅ……あれ? ここ何処だ?」
と、そこで男達が一様に頭を押さえてしかめっ面になる。そのままキョロキョロと周囲を見回す様は、どう考えてもまともではない。
「お主達、一体何者だ? ここで何をしていた?」
「アァ? 俺達は泣く子も黙るビョーデマケル盗賊団だ! テメェこそ何者だ!」
「状況はよくわかんねーけど……アレだ! 怪我したくねぇなら有り金置いてさっさと消えやがれ!」
「ふむ、盗賊団か。ならば殴って問題ないな」
挙動不審ではあるものの、自ら盗賊団を名乗り剣を突きつけて金を要求するような相手に手心を加える必要も無い。ニックの拳が炸裂して五人の盗賊があっという間に星になると、ニックは改めて自分の側で怯えている女性に声をかけた。
「もう大丈夫だぞ」
「ありがとうございました! 貴方のおかげで助かりました!」
ニックの言葉に、女性は巨体を丁寧に折り曲げて礼の言葉を述べる。その体はニックから見てもなかなかの鍛え方をしており、ニックは思わず疑問の言葉を投げかけてしまう。
「はは、気にするな。しかしそれだけ鍛えているのであれば、あの程度の輩はどうとでもなったのではないか?」
「それは……ごめんなさい。私確かに体は鍛えてますけど、荒事には全然慣れていなくて……」
「おっと、そうか。これは儂の方が失言だった。許してくれ」
立派な体をしていることと、戦えることは完全に別物だ。現役の木こりとして鍛えた体があっても自分よりずっと年下で細い体の冒険者の方がよほど魔物と戦えたことを身を以て経験しているニックは、己の失言を認め素直に頭を下げた。
「そんな! 頭をあげてください! 私は助けていただいた立場なんですから!」
「そうか? そう言ってもらえるならばありがたい。それで、お主はこんなところで何をしていたのだ? 一人か?」
「あ、はい。この近くに生えている肉草を摘んで帰る途中だったんですが、そこであの人達に襲われて……」
「ふむ、薬草か」
「いえ、肉草です」
「…………肉草? それは何だ? ひょっとして草に肉が生えていたりするのか?」
聞き間違えかと思う程に聞き慣れないその名前に、ニックは思いきり首を傾げる。すると女性は口元を手で押さえ楽しそうに笑った。
「フフ……いえ、違います。肉草というのはお肉と一緒に食べることで、いい筋肉がつきやすくなると言われている草なんです。町では栽培もしているんですけど、どうしても天然物には効果が及ばないので、こうして時々摘みにくるんですよ」
そういって女性が見せてくれたのは、ぱっと見は何の変哲も無い野草。顔を近づけニックがよく見てみるが、当然そこに肉の実がついているなどということはない。
「ほほぅ、そんなものがあるのか。やはり世界は広いな。まだまだ儂の知らぬ事の方が多そうだ」
「宜しかったら食べてみますか? というか、そうです! 助けていただいたわけですから、是非ともお礼をさせてください!」
「礼など別に気にせんでもいいが……食べるというのは、この草をそのまま食べるのか?」
「まさか! 一般的には刻んでお料理に使います。あとはお茶にして飲む人もいますね。私の住んでいる町はすぐ近くなんです。是非ともよっていってください!」
「ふーむ……」
『別にいいのではないか? 世話になった相手に礼をしたいという気持ちもわかるし、食事程度ならそう負担にもなるまい』
「あの、どうでしょうか……?」
「わかった。そういうことなら馳走になるとしよう。儂はニック、旅の鉄級冒険者だ」
「ニックさんですね! 私はヤバスティーナと申します。では、ご案内しますね」
オーゼンの言葉に加え不安そうに見つめる女性の眼差しが後押しとなり、ニックは笑顔で答えて自己紹介する。するとヤバスティーナも笑顔でそれに答え、早速ニックの前を先導して歩き始めた。
「こちらです!」
「うむ」
そのまま五分ほど歩く。未だ町には辿り着かない。
「こちらです!」
「うむん?」
三〇分ほど歩き続ける。未だ町は影も形もない。
「こちらです!」
「なあ、割と歩いたと思うのだが」
「あ、ひょっとしてお疲れになりましたか? だったら休憩します?」
「いや、疲れてはおらんが……」
「ならもうちょっと頑張りましょう! こちらです!」
「お、おぅ……」
そうして二時間歩き続け、辿り着いたのは山の麓。眼前の斜面には割と急な階段があり、それが遙か上まで続いている。
「どうぞ、この上です!」
「これを上るのか……」
「はい! あと少しですから頑張りましょう!」
そんな風に励ますヤバスティーナを前に、ニックは階段を上っていく。だが一〇〇〇段、二〇〇〇段と上がってもまだまだ先は見えてこない。
「結構な距離だな……というか、お主もよく平気だな」
「ふふ、鍛えてますから」
キラリと微妙に長い八重歯を輝かせ、ヤバスティーナが楽しげに笑う。その笑顔にニックもまた楽しくなって階段を上り続け、その段数がそろそろ五桁に届こうかというところで、遂に目的地となる町が二人の前に姿を現した。
「到着です! ここが私の住んでいる町ですよ!」
「ほーっ! これはまた凄いな!」
『……どうやら我は選択を間違えたようだな』
町の入り口に立っていたのは、筋肉ムキムキの半裸の男女の像。逞しい腕が持ち上げた看板には、町の名前が堂々と刻まれている。
「じゃ、お決まりですけど言わせていただきますね……筋肉の聖地『マチョピチュ』へようこそ!」
像と同じポーズをムンッと決めて笑うヤバスティーナに、ニックはノリノリで同じポーズを決め返し、オーゼンは一人自分の発言の迂闊さを後悔し続けていた。