娘、手に入れる
「遂に……遂に完成したのね……」
魔導船の改造を頼んでから、もうどれほどの月日が流れたか。訪れる度都合よく必要な物が発生し、世界各地を回って集めることは幾度あったか。だが遂にフレイの前には、海の底に至るためのたった一つの手段がその姿を現していた。
「当初の予定では、あくまでも魔導船を参考に海の底に潜れる魔導具を新たに造り出すつもりであった。魔導船が無くなってしまえば、お前達とて困るだろうからな。
だが、我らの英知を結集しても魔導船に匹敵する動力を生み出すことができなかった。それ故に我らは魔導船を直接改造し、海の底に至る為に必要な機能を少しずつ追加していった。その結果がこれだ」
常ならば神殿の奥に鎮座しているチョデッカイも、今日はこの工房とでも言うべき場所に顔を出している。その顔に誇らしげな色が浮かんでいるのは、決してフレイ達の錯覚ではないだろう。
「まず、後年に取り付けられ我らが封印した武装は全て取り外した。そのうえで船体自体を小さく作り直し、同時に船体を海の力から守るために甲板の上にも覆いをつけた。これにより多少乗り降りはしづらくなっただろうが、代わりに高い気密性と堅牢さを兼ね備えた船体となった」
そこに在るのは、まるで椎の実のような細長く丸い船体。全長は半分ほどに切り詰められた反面、甲板部分の空間が全て船体となったことで実質的な体積そのものは大きな変化はない。
「また、海の底では必要であろう空気を生み出す装置も新たに設置した。代わりに食料を保存する場所を削ったが、問題ないのだな?」
「はい。アタシ達は魔法の鞄を持ってますから」
念のためと確認してくるチョデッカイに、フレイは笑顔でそう答える。元の魔導船にはかなり大きな食料庫がついていたが、フレイ達三人で活動するならそんなものは無用の長物だ。念のため一割ほどは残してもらってあるが、よほどのことが無ければそれが必要になることはないだろう。
「後はお前達が必要ないと言った大量の部屋と無数にある排泄物の処理施設を幾つかを残して撤去し空間を作ったが、そこには海の底から船体を浮き上がらせるために『軽い雲』を発生させる魔導具を設置しているので、お前達は入らないようにするのだ。毒では無いがあれは非常に燃えやすいからな」
「気をつけるわぁ」
チョデッカイの説明を、ムーナは軽く聞き流す。既に何度も何度も聞いていることであるというのもあるが、それより何より目の前にある新たな魔導船の中を早く見たくて仕方がないのだ。
「最後に、この魔導船には空を飛ぶ能力も残してある。でなければお前達はこれを海まで運べないだろうからな。だが以前のような高さ、速さではとても飛べない。一度ここから飛び立てば、もうこの魔導船では聖地メサ・タケーナに戻ってくることはできないだろう」
「一方通行ということですか……もしですが、海に潜る機能に何らかの不具合が生じた場合はどうなるのでしょうか?」
「どうにもならない。我ら巨人族は聖地を離れられないし、この魔導船もここには来られないのだからな。無論お前達が何らかの手段でまたこれをここに持ってこられるというのであれば話は別だが」
ロンの言葉に、チョデッカイは大きな体でゆっくりと首を振る。それだけでブオンと巻き起こる風は希望と不安を同時に煽ってくるが、そんな不安など吹き飛ばすようにフレイが明るい声をあげる。
「大丈夫よロン! 巨人族の人達もムーナも何度も何度も調べてくれたんだし、それにまあ……本当にどうしようもなかったら、ひとつだけこれをここに戻せるアテもあるしね」
「そうなのですか!? フレイ殿、それは一体……?」
これほどの大質量を移動させる手段に思い当たることなど何も無く、ロンが勢い込んでフレイに問う。だがフレイの方はさっきまでの笑顔が嘘のような渋顔だ。
「できれば頼りたくない……アタシ達だけの力で成し遂げたいんだけど……ほら、父さんに頼んだら何とかなりそうな気がしない?」
「「あー……」」
フレイの言葉に、ロンとムーナが揃ってそう声を漏らす。
「確かにニック殿に頼めば、これを軽々と担ぎ上げて笑いながらこの断崖絶壁を登りそうですな……」
「っていうか、そもそもニックならこんなものなくても海の底までいけそうだものねぇ」
「そうなのよ。でも、それって違うでしょ? 色んな人の助けを借りるのはいいんだけど、決定的なところを父さんに任せちゃうのは絶対に違う。どうしようも無いときにまで頼らないのは単なる馬鹿だけど、アタシ達にできることがある間は、できるだけアタシ達の力で解決しなくちゃ駄目だから」
「ですな。ニック殿の万能ぶりに頼り切っていたあの頃に戻るようでは、それこそニック殿に顔向けができますまい」
「むぅ……勇者フレイよ。その話からすると、お前の父はこの魔導船を簡単に運べるような存在なのか?」
フレイ達の会話内容に、チョデッカイが眉根を寄せて首を傾げる。
「我らとて協力せねばこの船は持ち上がらぬ。そんなものを一人で持ち上げ、大地からこの聖地へと登ってくる? そのような理不尽な者が存在するなど、我には到底信じられぬのだが……」
「あー、その辺はまあ色々あるんで、適当に聞き流しちゃってください。どうしても会いたいということであれば、ここに連れてくることもできますが……」
「そうだな……興味はあるが、今まさに新たな船出を迎えるお前達にそのような足止めを課すのは本意では無いな。
幸いにして我が次の眠りにつくまでには、まだかなりの時間がある。お前達の旅が一段落したならば、その時にでも連れてきてくれればよい」
「わかりました。ならいつか……そう、アタシが世界を平和にしたら、その時には父さんを連れてここに遊びに来ますね!」
笑顔でそう言い放ったフレイの言葉に、チョデッカイは僅かに驚き、そしてすぐに大きな声で笑い出す。
「ふぁっはっは! そうかそうか。ではその時を楽しみにしておこう!」
「アタシも楽しみにしてます。では、そろそろ……」
「征くか、勇者よ」
表情を引き締めたチョデッカイを前に、フレイもまたその姿勢を正す。彼女の背後は信頼出来る仲間達が寄り添い、その想いを……遙か眼下に広がる世界、そこに生きる全ての人々の想いを背負うかのようにして、勇者フレイは堂々と答える。
「はい。行きます。また一つ、世界の真実に近づくために」
「ならば我らも、勇者の門出に相応しい選別を送ろう。さあ、皆の者!」
「「「オオーッ!!!」」」
「えっ!?」
まるで世界が震えるような勢いで、聖地の至る所から巨人族達の声援があがる。その力強い響きは何よりもフレイの背を押し、勇者は遂に新たなる船へと乗り込んでいく。
『新たな時代を生き、新たな未来をもたらす者、勇者フレイよ! その道行きに大いなる光があらんことを!』
「ありがとうー!」
「ちょっ、叫ばないでよフレイぃ! こっちからは聞こえないわよぉ!」
以前と違って船内は密閉されているため、外から中の音は聞こえても中から外には声が伝わらない。それを忘れて大声で返事をしたフレイに、ムーナが思わず耳を押さえて抗議の声をあげる。
「あれ、そうだっけ? へへへ……でもいいじゃない。あんなに応援されたら、応えたくなるのが人情でしょ?」
「気持ちはわかるけど、我慢しときなさいよぉ! ほら、それより……」
「わかってるわよ。ロン! 準備はいい?」
「こちらはいつでも大丈夫ですぞ!」
事前の取り決めにより、やはりこの船を操舵するのはロンだけだ。以前より速度がでないならとフレイが多少ゴネたりもしたが、民主主義にはかなわない。
「魔導船あらため、魔導潜! 出発進行!」
勇者の号令に合わせて、魔導潜が産声をあげる。その行く先にあるものが希望かはたまた絶望であるかは、今はまだ誰も知る由のないことであった。