連環令嬢、見届ける
「おーい、ショッター? いるー?」
ニックとの楽しい(?)会食を終えた翌日。チェーンは朝から貧民街を訪れていた。明らかに場違いな服装をした二人組の登場に剣呑な視線を向ける者もいたが、実際に手を出してくる輩はいない。そういう短慮な人間はキモイが「良質な労働者が手に入りづらくなる」ということで少し前に駆逐していたからだ。
「お姉ちゃん……?」
「あー、いたわねショッタ。ほら、連れてきたわよ」
「連れてきたって……お、お姉ちゃん!?」
「ショッタ!」
チェーンとは違う、血の繋がった本物の「お姉ちゃん」。クローニンの背後から飛びだしてきたオネールが、同じく走って来たショッタとその場で抱き合う。
「ああ、ショッタ! まさかまた会えるなんて……」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
「ふふーん、どうよ! 約束にはちょっと遅れちゃったけど、ちゃんとお姉ちゃんを連れ帰ってきたわよ?」
「ありがとう! ありがとうチェーンお姉ちゃん! 本当にありがとう!」
「気にしなくていいわよ。ちゃんと報酬はもらってるんだしね」
ドヤ顔で胸を張るチェーンに、ショッタが何度もお礼の言葉を言う。普段疎まれることが多いだけに、素直な感謝の気持ちを向けられ照れて顔を背けるチェーンだったが、その顔がニヤニヤしてしまうのは致し方ない。
ちなみに、昨日の段階でオネールを連れてこられなかったのは、あくまでも彼女がキモイと労働契約を結んだ従業員だったからだ。奴隷のようにキモイの所有物というわけではないため、「雇用主理由により雇用契約の継続が不可能になったことによる解雇」という面倒な手続きを踏まなければならなかったことから、どうしても時間がかかったのだ。
「さてっと。ここから先はアタシには関係ないんだけど、アンタ達これからどうするの?」
「どうって? そりゃボクはお姉ちゃんと一緒に生活を……お姉ちゃん?」
「……………………」
チェーンの言葉にショッタは無邪気にそう答えたが、その意味をきちんと理解しているオネールは一気に表情を沈ませる。
「あのねショッタ。あの時はきちんと説明できなかったけど、ここで二人一緒に暮らすのはやっぱり大変だと思うの。だからお姉ちゃんは――」
「そんなっ!? 嫌だ、嫌だよ! 貧乏だっていいんだ! ボクはお姉ちゃんと一緒にいたいんだよ! ねえチェーンお姉ちゃん! チェーンお姉ちゃんもお姉ちゃんに何か言ってよ!」
「うーん。そうねぇ……」
苦しげな顔をするオネールに、必死に縋り付くショッタ。そんな二人を前に、チェーンもまた困った顔で頭を掻いてから言葉を続ける。
「ならとりあえず、できるかできないかは置いておいて、アンタはどうしたいの? 弟と一緒に暮らしたい? それとも別れて暮らしたい?」
「そんなの、一緒に暮らしたいに決まってます! でも、その方法が……」
「無い? 本当に?」
「……どういうことですか?」
チェーンの言葉に、オネールが伺うような視線を向けてくる。
「どうも何も、言葉の通りよ。確かにアンタの年齢じゃ街角に立つってわけにもいかないだろうから、お金を稼ぐのが難しいのはわかるわよ? だからこそあんな馬鹿貴族と一生奉公の契約なんてしたんだろうし」
「だって! あれを逃したら、もうアタシがお金を稼ぐ方法なんて……」
「無くはないでしょ? 町の外に出て薬草でもとってくればいいじゃない。後はゴブリンでも倒すとか? 冒険者登録できなきゃ討伐証明は換金できないけど、魔石はお金にできるわよね? 棒でも持って一匹だけのはぐれを狙えば、子供でも倒せないことはないわよ?」
「そんな!? 町の外に出て薬草をとるなんて、魔物に襲われたらどうするんですか! ましてや魔物を殺すなんて、こっちが殺されちゃいます! そんな危険なことを私はまだしも弟にまで勧めるなんて、チェーンさんはどうかしています!」
「へぇ……でもアタシ達冒険者は、アンタの言う『どうかしてる』ことを日常にしてるのよ?」
強い口調で責めるオネールに、チェーンはスッとその目を細める。それに一瞬気圧されたオネールだったが、胸に抱く弟の温もりが彼女に引くことを許さない。
「それはチェーンさんが強いからです! そんないい服を着て、護衛の人まで連れて、安全なところから余裕で魔物を倒しているような人に私の気持ちがわかるわけありません!」
「ハッ! そりゃわからないわよ。やりたい生き方があって、それを成し遂げる方法もあって、でも怖いからやらない人の気持ちなんて、アタシにはこれっぽっちも理解できないわ!
視点が違うのよ。最初に高い安全を確保したうえで自分ができることを考えて、そこから自分のしたいことを選ぶなんて選択肢が無くて当然でしょ?
まず自分がどうしたいのかを考えて、そこから自分のできることを選び出す。安全かどうかなんて、アタシにとっては一番最後に選ぶおまけでしかないわ」
「そんなの……狂ってる……」
堂々と持論を語るチェーンに、オネールは怯えた眼差しを向ける。自分には全く理解出来ない者を見る……それは正しく、戦わない者の目。
だが、そんな視線を正面から受けて、チェーンはニヤリと笑って返した。
「そう? そうかもね。でもアタシにはアンタの方がよっぽど狂って見えるわよ? たった一度、弟に銀貨を残すために自分の人生を売り渡すなんて、それこそアタシには絶対できない。
ショッタにはアタシが、アンタにはアタシ……というよりあのオッサンが通りかかったから、今アンタ達はここにいる。それがなきゃアンタはあの貴族に弄ばれて延々と弟を心配しながら何年かで遊び殺されただろうし、ショッタだってたかだか銀貨一枚でそれほど生き延びられやしない。それこそあの時襲われてた相手に蹴り殺されてたかもね。
つまり、今アンタ達がここにいるのは奇跡みたいなもんよ。なら一回死んだ命をどう使うかは……アンタ達が自由にすればいいわ」
そう言い放つと、チェーンは二人に背を向けて歩き出した。背後からはショッタが呼び止める声が聞こえたが、チェーンは足を止めない。
「宜しいのですか、お嬢様?」
「いいのよ。アタシに言えるのはこのくらい。それ以上は単なるお節介でしょ?」
これから先、あの二人がどうするのかはあの二人が決めることだ。あるいはまた離ればなれになって暮らすのかも知れないし、薬草とりや魔物に挑んで明日にも殺されているかも知れない。
だが、チェーンは助けない。助言くらいは与えても、それ以上のことをするつもりはない。
「自分の命、生き方は、自分で決めて自分で背負わなきゃ駄目なのよ。これ以上余計なことを言ったり手を貸したりして、失敗した時に恨まれたりするのはごめんだもの」
自分で決めなかった者は、その成果すら他人に依存してしまう。成功しても自信にならず、失敗すれば相手を恨むようでは成長に繋がらず、未来永劫誰かに依存する生き方しか選べなくなってしまう。
「だからアタシが背負うのは、精々アンタの人生くらいよ、クローニン……いいえ、クロース・メイル」
「もったいないお言葉でございます、お嬢様」
全てを奪い、全てを与えたきっかけの赤子。いつの間にか自分よりずっと年上になってしまったクローニンの姿が、歳の変わらぬチェーンには何処までも眩しい。
「そう言えば、オッサンはこの後何処に行くって言ってたんだっけ?」
「ニック様でしたら、確かマジス・ゴイジャンの方へ向かうと言っておられましたが」
「魔法都市か。先回りして今度はアタシが驚かしてやろうかと思ったけど、あそこは駄目ね。なら、アタシ達は別の方向に向かいましょうか。幸いにして手配犯にはならずにすんだんだし、のんびり行きましょ」
貴族家の別邸への襲撃は、本来ならば重罪だ。最初から犯罪者になることを前提とし、罪の重さが段違いになる殺人を避けたとはいえ、チェーン達が手配犯になることはほぼ確実だった。
だが、ニックが自分に対する報酬と引き換えにチェーン達を庇ったため、表向きは「キモイに無理矢理拉致されそうになって抵抗しただけ」という体でチェーン達は無罪放免となっている。
そのお礼を是非ともしたいと思うチェーンだったが、流石に魔法都市には出向けない。かつて魔女であっただけに、あの辺には色々とあるのだ。
「何処までもお供致します。この命果てるその時まで」
「ええ。最後まで宜しくね、クローニン」
振り返りすらせず発せられたチェーンのその言葉は何よりも優しく、そして何処か寂しげであった。
※はみ出しお父さん 魔女と執事
災厄の魔女 チェーン・メール
おおよそ九〇年ほど前にとある国の片隅で生まれた赤毛の女の子。行く先々で『災厄』を生み出す彼女はある日偉大な魔女に出会い、その結果『厄介者』として今を生きるようになる。封印時の家名がメールからメイルに変わっているのは、全く同じだと流石に不味いが、かといって全く違うのも寂しいという微妙な乙女心から。
魔女の執事 クローニン
家も家族も全てを魔女に奪われ、その後知恵も愛情も全てを与えられて育った人間の子供。一五歳になった時に真実を告げられ、同時にチェーンを殺すことのできる武器『不届の悪魔』を与えられたが、彼の答えは魔女の心臓を貫くことではなく、寂しげに笑う魔女を抱きしめることだった。
それ以後名を「クローニン」と改めチェーンの執事を演じることにした男は、今も母であり恋人であり娘である最愛の女性の傍らで魔剣を振るう日々を送る。某筋肉親父に対抗していいところを見せようと張り切った結果、最近は腰の痛みに悩まされているらしい。