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父、ご馳走する

「あんた、ふざけんのも大概にしなさいよ!? 何が『不思議だなー?』よ!? ぶっ飛ばすわよ!?」


「待て待て待て。気持ちはわからんでもないが、世の中には『その時不思議なことが起こった』で済ませるしかないこともあるのだぞ?」


 今にも噛みついてきそうな勢いで身を乗り出すチェーンに、ニックは背をのけぞらせつつそう答える。だがそんな答えで納得するチェーンではない。


「そりゃそういうこともあるけど、だからって納得するわけないでしょ! 吐きなさい! アンタ、アタシに何をしたのよ!?」


「ふぅ……そこまで言うなら説明してもいい。が、その場合まずお主が何故あのような状態になっていたのか、それを説明してもらわねばならんぞ? それでもいいのか?」


「っ……い、いいわよ?」


「お嬢様、本当に宜しいのですか?」


 一瞬口ごもったチェーンに、ずっと静かに見守っていた……黙々と食事をしていたとも言う……クローニンが、心配そうにチェーンに声をかける。


「いいわよ。と言うか、あの姿を見られた時点で誤魔化す意味もあんまり無いもの。


 あのね、アタシは昔、すごーく強い魔女だったのよ。でも、アタシはそんな力欲しくなかった。ただ普通に暮らしたかったの。普通に苦労して、普通に歳を取って、そしていつか普通に死んでいく……それがアタシの憧れだった。


 でも、強すぎる力は『使わない』と自制する程度じゃアタシを普通にしてくれなかった。だからアタシは普通になる方法を探して世界中を旅していたんだけど、少し前にアタシと同じくらい強そうな魔女に出会ったの。で、その人がいい具合にアタシの力を封印してくれて、その結果がこの姿ってわけよ」


「なるほど。では元の姿があの大人の姿で、今の姿が封印された方ということか……ん? ならば以前に話していた一七歳というのは?」


「ああ、それ? 完全に嘘ってわけじゃないわよ。封印を受けた時にある程度自分の年齢を選べたんだけど、流石に赤ちゃんからやり直すとか無茶でしょ? 最低限旅ができる程度ってことで一四歳だった頃のアタシにして、それから三年経ったから一七歳ってわけよ」


「ほほーう……いてっ!?」


 チェーンの言葉に、ニックは改めてその体をじっくりと見回す。そこに浮かんだ不思議そうな表情に、チェーンは食べ終わった蟹のハサミをニックに投げつけてから答える。


「うっさいわね!」


「何も言っておらんではないか!?」


「言わなくてもわかるわよ! アタシだって、まさか封印された時で体の成長が止まるとは思わなかったのよ! それを知ってれば最初から二〇歳くらいにしたのに……っ!」


「はっはっは、それは残念だったな……というか、であればその魔女とやらを探して封印をやり直してもらえばいいのではないか?」


 気軽な口調で言ったニックに、チェーンの表情が一気に真剣になる。


「そんな簡単な話じゃないわ。アタシの魔力を封印するものだから、アタシ自身には封印術式は使えない。それにこれをかけてくれた魔女だって、色々と手を尽くしてくれたのよ。


 だからこそわからない。一度外れた封印はそんな簡単にかけ直せるはずがないのに……オッサン、一体どうやってこれを直したの?」


 輝く金髪に戻った自らの髪を撫でながら、チェーンがまっすぐにニックを見つめて問う。魔力を封じるだけでなく、必要なときにはその一部を利用できるようにしたり、封印の力そのものを物理的な武具……具体的には鎖とドレス……として利用できるようにしているなど、この術式は途轍もなく高度な代物だ。


 そんなものをあっさり元に戻すのは、一体どれほどの神がかりであるか? 自らもまた大きな力を振るうが故に、チェーンはそれを確認せずにはいられない。


「どうと言われてもな。儂はただ、そういう壊れた物を直せる使い捨て(・・・・)の魔法道具を持っており、それを使ったというだけのことだ」


「完全に外れた封印を元に戻す魔法道具!? そんなもの見たことも聞いたこともないんだけど?」


「そんなことを儂に言われても困る。儂とて古代遺跡に潜った時に偶然手に入れただけで、そもそもそれがお主に効くかどうかも使ってみるまでわからなかったのだからな」


「わからない!? わからないのにそんな貴重な魔法道具を使い捨てにしたって言うの!? 何で!?」


「何故って……それは勿論、お主が心配だったからに決まっているではないか」


「っ……………………」


 何の飾りもないまっすぐなニックの言葉に、チェーンはその場で絶句する。何故? どうして? そんな思いが頭の中をグルグルと回り、何を言葉にするべきかその考えがまとまらない。


「お嬢様。僭越ながら、ニック様はお嬢様と同じなのではありませんか?」


「アタシと……?」


 上品な手つきでステーキを食べてから言うクローニンの言葉が、チェーンの胸にストンと落ちてくる。


(ああ、そうか。このオッサンは……)


 理屈でも損得でもなく、ただ自分がやりたいからやる。チェーン自身がそうしてあの少年の願いを叶えようとしたり封印を壊してまでニックに立ち向かったように、ニックもまたそういう存在なのだというのがこれ以上無い程に理解できてしまう。


「……本当に馬鹿なのね、オッサン」


「かも知れんな。だが利口を気取ってつまらぬ生き方をするよりもよいとは思わんか?」


「ええ、そうね。本当にそう思うわ…………」


 気づけば、チェーンの大きな紅玉(ルビー)の瞳から涙がこぼれ落ちていた。かつて出会った望外の幸運により手にした、夢のような「普通」の日々。ただ己の生き様を貫くために捨てたはずのその夢が、今もこうして続いているという奇跡。


「ふふ、泣くほど美味かったか? どうやらこれでお主との約束は果たせたようだな」


「約束……? ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。確かにこれなら合格だわ。お金が貯まったらまた来ようかしら」


「いや、それは難しいと思うぞ?」


 別れ際に交わした小さな約束を律儀に達成してくれたことに、チェーンは顔をほころばせる。だがそれに対してニックの方は、表情を微妙に曇らせる。


「あら、なんで? そりゃこれだけの味の料理なら高いんでしょうけど、王都にあるような最高級店ってわけでもないんだし、このくらいなら……」


「あー、いや、違うのだ。実はこの町ではお主を驚かせるほどの店に心当たりがなくてな。流石に他の町まで誘うわけにもいかんから、せめてもの手段として儂が食材を提供したのだ」


「そうなの? じゃ、今日の料理の食材は全部オッサンが用意したってわけ?」


「うむ。だからまあ、同じものを食べるのは難しいと思うのだ。ゴテアラッポのステーキはともかく、流石にこの辺りの町で不死鳥の卵やジュエルシュリンプは手に入らんだろうし、キングカイザーエンペラークラブに至っては儂等以外に入手できる者がどれだけいるか……」


「何そのくどい名前……じゃなくて、不死鳥!? 不死鳥って卵産むの!?」


「ああ、産むぞ? あれは自分の体の周りに体の三倍ほどの炎を纏う魔物でな。生半な矢や魔法では炎の障壁を抜けないうえに炎そのものは散らしてもすぐに復活してしまうため不死鳥などと呼ばれているが、普通に殴れば倒せるし当然卵も産む。美味かったであろう?」


「お、美味しかったけど……え、待って。じゃあこれ、えっと……幾らくらいかかってる、の?」


 ギギギッと音がしそうなほどに鈍い動きでチェーンの首が回り、その視線が円卓の上に食べ散らかした食事の跡に向かう。割と雑にパクパク食べてしまったため、既にそこに料理は残っていない。


「金額か? あー……自分が買う場合の金額はわからんが、素材として売る場合ならば、全部で金貨二〇〇〇枚くらいであろうか? どうだ、これなら十分ビックリしたのではないか?」


「に、にせんまい……」


 ニヤリと笑うニックの言葉に、しかしチェーンは頭の中が真っ白になってしまう。


(にせんまい。金貨二〇〇〇枚の味……いや、美味しかったけど……っ!?)


「ね、ねえクローニン? アンタさっきからずっと黙って食べてたけど、ひょっとしてこのこと知ってたの?」


「はい、お嬢様。細かい金額はともかく、貴重な食材を用意していただいたとニック様から聞いておりましたので」


「なんでアタシに言わないのよ!?」


「何を言っておるのだチェーン? あの貴族の屋敷からここに来るまでの間に、儂がきっちり説明したではないか!」


「へ!? そんなの聞いて……聞いて……?」


 言われてチェーンが首を傾げる。あの時はどうして封印が戻っていたのかを聞くことで頭が一杯で、その他の話は大概聞き流してしまっていた記憶がある。


「……クローニン、そのステーキ――」


「大変美味でございました」


「なんで全部食べるのよ!? アタシに一口残すとか、そういう気遣いはないわけ!?」


「まさか! 使用人である私の食べ残しをお嬢様に召し上がっていただくなど、そんなこととてもとても……げふっ」


「あああああああああ!!! 何なのよもーっ!!!!!!」


 満足げにゲップをするクローニンに、チェーンが頭を抱えてわめきちらす。夢から覚めてもまた夢の中。魔女の夢はまだ終わらない。


「はっはっは。そう騒がずとも、まだデザートがあるぞ?」


「あ、そうなの!? そういうことなら――」


「お嬢様、ここは私が身を挺して毒味をするというのは如何でしょうか?」


「いかがじゃないわよ! あげないわよ!」


「こら、大人しく座らんか!」


「子供扱いしないでって言ったでしょ!? どいつもこいつもー!」


 賑やかなチェーンの日常は、もうしばらく続くようだった。

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