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連環の魔女、眠る

 それは昔々の話。とある国の貴族の家に、燃えるような赤い髪と瞳を持った一人の女の子が産まれました。ですが、生まれながらに炎に愛され鳴き声をあげる度に周囲を燃やしてしまうような子供を普通に育てることなどできません。女の子は石ばかりで作られた狭い部屋に閉じ込められ、限られた使用人の手によって育てられることになりした。


 それでもその女の子はすくすくと成長し、少しずつ自分の力を制御できるようになります。するとその子が五歳の誕生日、女の子の暮らす石ばかりの部屋に、滅多に訪れない父と一緒に見知らぬ男が訪ねてきました。


「娘よ、この方は私が信頼する人物だ。今日からお前はこの方と共に過ごし、この方の言う通りにするのだ」


「はい、お父様」


 ほとんど人と接することなく育ってきた女の子は、人を疑うことを知りません。「自分の父が信じる相手だから信じる」というただそれだけの考えで、女の子は男の言う通りの生活をし、望むままに自分の力を振るいます。


 ある時はそこに畑を作るのだと言われ、森を焼きました。

 ある時はこれが家畜を襲うのだと言われ、魔物の巣を焼きました。

 ある時はこれが行く手を阻むのだと言われ、村を囲う木の壁を焼きました。

 ある時はこれが我々の邪魔なのだと言われ、大きな家を焼きました。


 父の信じる相手だから信じる。言われたとおりに燃やし尽くす女の子は、しかしある時不思議なものを見つけます。


 自分が焼き尽くした家。その瓦礫の下から聞こえてくる鳴き声。黒く焼け焦げた大きなナニカをどかした下にいたのは、生まれたばかりの赤ん坊でした。


 初めて触れる命。その温かさに女の子は虜になり、男に「これを持って帰りたい」とこれまた初めてのおねだりをしましたが、男は首を横に振ります。三度頼んでも聞き入れられず、最後には怒鳴られた女の子は涙を呑んで赤ん坊を瓦礫の下に戻し、自分の炎でそこを焼きました。


 ですが、それは嘘の炎でした。既に少女と呼べる年齢まで育っていた女の子には、熱くない見せかけだけの炎を作り出すことなど簡単でした。男の目を盗み、女の子は無傷の赤ん坊をそっと自分の家に連れて帰ります。


 もっとも、それはすぐにばれてしまいました。初めての命令違反に男は女の子をこれでもかと叱りつけ、泣いてすがる女の子から赤ん坊を取り上げると、冷たい声でこう言いました。


「私の言うことを聞かなければどうなるのか、しっかりとその目で見るがいい」


 男は女の子の前で、泣いている赤ん坊を殺そうとしました。それがどうしても許せなくて、女の子は男を焼き殺してしまいました。


 無事赤ん坊をその手に取り戻し、しかし女の子は途方に暮れます。そんな女の子の周囲にはあっという間に兵士が集まり、皆が女の子を殺そうとします。


 なので女の子は殺しました。自分を殺そうとする兵士を、その兵士を雇う貴族を、そしてその貴族の親玉である王様を、女の子はみんな殺していきます。


 民を、城を、連なる全てを焼き尽くし灰燼の野に立つ少女を前に、最後に残された王はこう少女に告げました。


「お前は生まれるべきではなかった。連なる全てを不幸にする災厄の子。お前の存在そのものが災厄……お前こそメール家の悪夢だ、『災厄(カラミティ)』チェーン・メールよ」





 髪に施された封印(よろい)が剥げ落ち、現代に目覚める災厄の魔女。チェーンがその手を一振りすれば、連なる炎がニックの全身に巻き付いていく。


「潰れなさい! 『多重に連なる超重の枷(スパム)』!」


「ぬおっ!?」


 瞬間、ニックの体に莫大な重さが加わる。石の床に足首まで埋まるほどの圧倒的な過重を受けて……しかしニックはニヤリと笑う。


「ほほぅ、これはなかなかに凄まじいな」


「なっ!? 何で普通に立っていられるの!?」


 チェーンの驚きは、先ほどまでの比ではない。今放った力は封印の力を流用するだけだった『我が内なる封炎の鎖(インフルエンサー)』とは訳が違う。


「ドラゴンだって押しつぶせるような力なのに、どうして!?」


「そりゃあ儂がドラゴンより強いからであろう?」


「あり得ない!」


 あっさりとそう言うニックに、チェーンは激しく否定の言葉をぶつける。竜を殺せる人間ならば、多くはなくても確実にいる。だが竜より頑丈な肉体を持つ人間などいるはずがない。それは種族という超えられない壁であり、それを覆せるのは「勇者」のような理の外の者だけだ。


「チッ、どんな力で身体強化をしてるのかわからないけど……ならばこれでどう? 『釣り出し奪う誘いの手(フィッシング)』!」


 ニックに巻き付く炎が質を変え、絡みつくようにその体を一周してからチェーンの方へと戻っていく。だが――


「何の力も吸い取れていない!? 何で!? 一体どうやってその体を維持してるのよ!?」


「どうって……そりゃ筋肉であろう? 前も言ったが、鍛えておるからな」


 未だ『多重に連なる超重の枷(スパム)』の影響下だというのに、あの時と変わらぬ気楽な笑顔で力こぶを作ってみせるニックの態度に、チェーンは今度こそ狂いそうなほどに混乱する。


「意味がわからない!? 鍛えてるって何!? 鍛えたらそんなに強くなるなら、誰だってムキムキを目指すわよ!」


「むぅ、そんな理不尽な事を言われても……」


「どっちが理不尽よ!? なら、これを――」


「駄目だチェーン! それだけはいけない!」


 もはや敬語すら忘れたクローニンが必死に叫ぶが、時既に遅し。向きになったチェーンの手からほとばしるのは、あまりにも禍々しい紫の炎。それがニックに絡みつくと、その体に染みこむように消えていき……


「……何だ? 口の中がイガイガするぞ?」


「く、口の中がイガイガ!? それを、『伝わり壊す死毒の虫(ウィルス)』を食らって、口がイガイガするだけ!?」


 炎をひと吸いするだけで全身が爛れて腐る最強にして最凶の魔術に対し、ニックはもごもご口を動かすのみ。それは一応効いたと言えなくもないが、本来の効果からすれば無効化されたも同然だ。


「こんな、こんな! 何で……っ!?」


 己の意地を、生き方を貫くために、自分ではかけ直せない封印を解いた。そこまで本気を出してなお、目の前の筋肉親父に敵と認識させることすらできない。


「ふーむ、あまり素性のよくない力のようだな。となると……うむん? ほぅ、わかった。やってみよう」


 目の前の出来事を現実と受け入れることができず戸惑うチェーンを前に、何やら独り言のようなことを呟いたニックが腰から剣を抜く。切っ先を向けられるだけで怖気が走るようなそれは、明らかにチェーンを殺すことのできる武器。


「させません! 如何にニック様と言えど、お嬢様には指一本――っ」


 チェーンの攻撃に巻き込まれないよう今回も離れて様子を見ていたクローニンだったが、ニックが武器を抜いたのを見て、自分が火傷を負うことも厭わず素早くチェーンの前に回り込む。だがクローニンが腰の細剣を抜くより速く、ニックの拳がクローニンの顎をかすめた。


「悪いが、先に休んでいてくれ」


「クローニン! オッサン……ニック!」


「お主もだ。まずはこれで……」


 明確な敵意と殺意を込めて、チェーンの紅玉(ルビー)の瞳がニックを睨み付ける。だがニックはそれに怯むことなく無造作に剣を振り下ろし、鉄壁のはずのドレスと同時にチェーンの体が浅く切り裂かれた。それと同時にチェーンの体からとんでもない勢いで魔力が剣に吸い取られていく。


「こん、な…………」


 力を失い、チェーンはその場にうつ伏せに倒れ込む。霞む視界の先には、同じように倒れてピクリとも動かないクローニンの姿がある。


「クロー……ニン…………『贈り届ける願いの火(ユーガット)』……」


 残った全ての力を込めて、チェーンは癒やしの炎をクローニンに送った。根こそぎ魔力を使い切ったことで、チェーンの意識は急速に闇に落ちていく。


「……すまぬ」


 そんなチェーンが最後に見たのは、悲しげな顔をした筋肉親父が自分の頭に向かって光り輝く巨大な金槌を振り下ろす光景だった。

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