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連環令嬢、意地を見せる

「グヒョヒョー! ビックリした? ビックリした!? ボクチンがこっちに来たのは逃げるためじゃなくて、君みたいな聞き分けの悪い子猫ちゃんを逃がさないために、最強の護衛をここに配しているからなんだよぉ! まあ今日は別の所に避難させてるけどね! グヒョヒョヒョヒョ!」


 緊迫した空気とは場違いなキモイの声が牢獄のような地下に響く。が、チェーンにはそれを気にしている余裕などない。自分の前に立ちはだかるのが今まで倒してきた雑魚とは一線を画す存在だと理解しているからだ。


「まさかここでアンタに会うとはね……」


「その台詞はそっくり返そう。お主こそこんなところで何をしておる?」


「ふふっ、そりゃあ勿論、『厄介者(カラミティ)』だけに厄介事を背負い込みに来たのよ」


 数日前に別れたときと変わらない、何処か人好きのするような顔でニックに問われ、チェーンはおどけるように肩をすくめてみせる。だが、その目は決して笑っていない。ただニックをまっすぐに見つめ、一瞬たりとも視界から外すことはない。


「厄介事か……確かに今のお主の存在は、儂にとって厄介極まりないな。お主の目的はわからんが、ここで一旦引く気はないのか?」


「そんな気があるならそもそもここまで来ないでしょ? オッサンこそ、アタシにビビって尻尾を巻いて逃げてもいいのよ?」


「そういうわけにもいかん。さっきも言ったが、これも仕事なのでな」


「つまり、お互い譲れないってわけね」


「だなぁ」


 まるで力を溜めているかのように、ニックとチェーンは穏やかな会話を続ける。ちなみにニックの背後では「何勝手なことを言ってるんだよぉ!」とか「ボクチンのために子猫ちゃんを手に入れるんだよぉ!」などとキモイが騒いでニックの尻を蹴りまくっているが、それを気にする者は誰もいない。


「なら、ひとつだけ確認させて。さっきからオッサンの尻を蹴りまくってるその馬鹿貴族が何をしてるか……それを知っててオッサンはそいつの護衛をしてるのよね?」


「……ああ、そうだ」


 誤魔化しも言い訳もなく、チェーンの問いをニックが正面から肯定する。万に一つの可能性を叩き潰されてしまったのであれば、チェーンが次に取るべき行動は一つだけだ。


「わかったわ。ならオッサンは……アタシの敵よ!」


 気合い一閃、チェーンは予備動作無しでニックに向かって鎖を撃ち出す。しかし広間の護衛達を圧倒したその早撃ちも、ニックには通じない。


「ふむ。良くも悪くも鉄級程度の技だな」


「なっ……でも、まだ!」


「お嬢様!」


 あっさりと鎖を掴み取られ、チェーンは即座にその(・・)決断を下す。再び髪からは光の破片が剥がれてゆき、下から現れた赤髪が燃える太陽の如く輝き始める。


「『我が内なる封炎の鎖(インフルエンサー)』、最大出力!」


「おやめくださいお嬢様! これ以上は……っ!」


 クローニンが止めるのも聞かず、チェーンは残った力を全力で鎖に込めていく。赤熱する鎖はあっという間に温度をあげ、それを掴むニックの手を焼くが……


「何で離さないの!?」


「むぅ? 何でと言われても、そりゃせっかく掴んだのだしなぁ」


「馬鹿言わないで! 今のアタシの鎖は、触れるだけで鉄を溶かすほど熱いのよ!? 無理して握り続けたりしたら、あっという間に骨まで消し炭に……消し炭に……?」


 近づくことさえ躊躇われるほどの高熱を纏う鎖を、ニックは何故か平然と掴んでいる。その表情には苦痛を耐える様子がこれっぽっちも見受けられず、無意識にニックを心配してしまったチェーンの頭が激しく混乱する。


「なんで!? え、熱いわよねこれ!? クローニン!?」


「はい。大変熱くなっておられます」


 焦るチェーンの言葉に、背後に控えるクローニンが汗を拭きながら答える。チェーンの腕から伸びる鎖は「ちょっと触ってみよう」などと思えるような赤さではなく、少し離れたところからでもその熱さは十分に伝わってくる。実際赤熱する鎖という見た目にビビったキモイは、既にもう一つの出入り口から別の場所へと避難していた。


「じゃあなんであのオッサンは平気なの!?」


「さ、さあ……手の皮が厚い、とかでしょうか……?」


「馬鹿言ってんじゃないわよ!」


 クローニンの苦し紛れの回答に、チェーンはそう叫ぶことしかできない。そしてそんなチェーンに、ニックは軽く同情するように声をかける。


「言っておくが、別に熱くないわけではないぞ? ただこれよりずっと熱い炎に焼かれたこともある儂としては、この程度ではどうということもない……ただそれだけのことだ」


 ニックが思い出すのは、エルフの森にてマグマッチョと戦った時のこと。奴の最後、魂すらも焼き尽くすほどの高温と衝撃に比べれば、チェーンの鎖が発する熱などほんのり温かい程度でしかない。


 もっとも、それはチェーンが弱いわけではなく、比較対象があまりに悪すぎるだけだ。炎の精霊……熱を生み出す根源たる存在と比するならば、それこそ火竜の吐息(ブレス)すら生暖かい程度になってしまうのだから。


「それで、これがお主の切り札か? これで終わりだというのなら……もう勝負は動かぬぞ?」


「まだ……まだよ! まだアタシには上がある!」


「お嬢様……っ!」


 チェーンの金髪から、一気に光が剥がれてく。赤髪化が結び目を超えたことでツインテールがほどけ、長い髪が炎そのものの如く宙に揺らめき始めると、そこから発せられる熱にクローニンはその場から離れることを余儀なくされる。


「お嬢様! いけません! 何故そこまでなさるのです!? どうして……っ!」


 それでもなお、クローニンは必死に叫ぶ。主の想いを叶えるために、主の願いを阻止するために。そんなクローニンの心がわかるからこそ、チェーンは内心で苦笑する。


(何故、か……)


 所詮は行きずりの子供の願い。知り合いと呼ぶのすら烏滸がましいほどの相手からの割に合わない不正規の依頼。


 どうしてそれにここまで入れ込むのか? 犯罪者になる覚悟をして、やっと掴んだ己の夢を捨てる思いで。その理由を問われたならば、チェーンの答えは常に一つ。


「決まってるでしょクローニン! アタシがチェーン・メイル……『厄介者(カラミティ)』チェーンだからよ!」


「おっと」


 チェーンが全力で鎖を引き戻すと、ニックはあっさりとそれを手放した。それを機にチェーンは超高速で鎖を撃ちだし、叩きつけ、なぎ払い、ニックの体を滅多打ちにしていく。


 だが、効かない。効いていない。形だけは頭をガードしているが、きっとそれすら本来は必要ないとわかる。それが所詮は鉄級冒険者でしかないチェーン・メイルの限界だと、他ならぬチェーン自身が誰よりもよくわかってしまう。


「だからってぇ……やめられないのよぉ!!!」


 乱打、乱打、乱打。通じないとわかっていても、チェーンが鎖をとめることはない。突き、切り裂き、巻き付け、削り、あらゆる手段、あらゆる技法、あらゆる確度、あらゆる強さでニックの体に痛撃を与えるべくただひたすらに鎖を振るうが、結局チェーンが残せたのはニックの鎧の端についた、小さな擦り傷だけであった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「……この鎧はとあるドワーフの匠の逸品でな。正直お主の技量でこれを傷つけることができるとは思わなかったが……見事だ、チェーンよ」


「はぁ……はぁ……何……終わった気になってんのよ……」


「いいや、終わりだ。今から儂が攻撃するからな」


 チェーンの目は、まだ死んでいない。だがその心身が消耗しきっていることは明らかであり、これ以上は持たないだろうとニックは己の拳を握る。


「悪いようにはせんから、今は眠れ。これで……終わりだ!」


 チェーンの撃ち出す高速の鎖。それよりずっと速く、重く、鋭く、強いニックの拳が、チェーンに向かって繰り出される。鉄級冒険者では防御も回避も許されないその一撃は違うことなくチェーンの顎へと吸い込まれて行き……


「む!?」


 突如生まれた炎の鎖が、ニックの腕を絡め取りその動きを止める。いくら加減したとはいえ己の拳を止められたことに驚くニックの前には豪炎が立ち上り、そこから姿を現したのは猛る紅を纏う絶世の美女。


「この姿に戻った以上、もう貴方に勝ち目は無いわよ?」


 薄く笑うその美女は、何故かチェーンと同じ声でそう言った。

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