連環令嬢、本気を出す
「ほらほら、どうしたの? その程度の動きじゃアタシの早撃ちには勝てないわよ?」
「クソッ! 何だこの攻撃速度は!?」
「ざっけんな! オイ、誰か何とかしろ!」
広間に響き渡るのは、ギンギンという鈍い音。今までと違い予備動作無しで発射されるチェーンの鎖の乱射が周囲を囲む男達の体に絶え間なく衝撃を与え続けていく。
「チッ、誰かわざと食らって掴むとかやれよ!」
「テメェがやればいいだろボケ!」
なぎ払う、叩きつけるなどの線の攻撃と違い、高速で撃ち出され瞬時に引き戻される点の攻撃はとても剣で防げるものではない。男達にできることは頭や股間をガードして致命傷を避けることくらいだ。
「後ろだ! 後ろから襲え!」
「やってるよ! でも、このジジイ意外とツエーんだよ!」
「ほっほ! お嬢様には指一本触れさせませんぞ!」
そしてそんなチェーンの背後では、クローニンが細剣を振るっている。ただしこちらはチェーンほど余裕があるわけではなく、既に呼吸も軽く乱れ始めている。
「ふぅ、ふぅ、やはり歳は……っ!?」
「もらったぁ!」
ほんの僅かな乱れから、クローニンが足を滑らせる。その隙をついて男の剣がクローニンの頭目がけて振り下ろされるが――
「ぐがっ!?」
「あげないわよ! クローニンはアタシのものなんだから!」
その顎をチェーンの鎖が撃ち抜く。だがそれは正面を制圧していた鎖の数が一瞬とはいえ半分になるということ。
「今だ! いけっ!」
「食らえ『厄介者』!」
「死にさらせ!」
散々鎖で突かれ、全身を痣だらけにした男達がここぞとばかりに一斉にチェーンに斬りかかる。それはもはや片手分の鎖の刺突では止められず、やむなくチェーンはなぎ払うように鎖を振った。
「ぐおお、いってぇ!」
「だが、取ったぜ『厄介者』!」
チェーンの力では、なぎ払いで男三人を吹き飛ばすほどの威力は出せない。その分頭を狙うことで牽制そのものには成功したが、突きよりも格段に威力も速度も落ちる鎖を遂に男の一人がその手に掴み取ることに成功する。
「さあこっちに……熱っ!?」
鎖を引っ張りチェーンを引き倒そうとした男だったが、突然鎖が猛烈に熱くなり、思わずその手を離してしまう。
「テメェ、何しやがった!?」
「アンタ、馬鹿なの? 鎖を捕まれたときの対策をしてないわけないじゃない!」
そう言いながらチェーンが腕を振るうと、伸びた鎖がチェーンの方へと戻っていく。ただし今度は袖口に収納することなく、垂れ下がったままの鎖は陽炎が浮かぶほどに赤熱している。
「お嬢様!? それは!」
「大丈夫よ! ちょっとだけだから!」
立ち直ったクローニンに、チェーンは笑顔でそう答える。そのまま男達に対峙すると、周囲を牽制するように鎖を振り回し始めた。
「さあ、今度は熱いわよ? 受け止められるものなら受け止めてみなさい!」
言って、チェーンの鎖が周囲をなぎ払う。ブオンと空気を切る音に、男達は一斉にその場から背後に飛んだ。
「うおっ、危ねぇ!」
「ふざけんな、あんなの防げるかよ!?」
「ほらほらほらほら! 逃げてるだけじゃ勝てないわよ?」
再び攻守が逆転し、チェーンの攻撃を男達はただかわすのみ。だが広間とは言え所詮は室内、これだけの人がいれば動ける場所は限られるし、足下に倒れている仲間の存在が更に回避を阻害してくる。
「ぐぁぁ!? あづいいいいい!!!」
「ギャァァー!」
運悪く鎖に撃たれた者は、ジュワッと音を立ててその部分に火傷を負うことになる。触れているのは一瞬だけなので致命傷になったりはしないが、文字通り焼け付く痛みは刻まれた者から戦意を奪い、それにより更に無事な者達の移動できる場所が狭まっていく。
「ぐぉぉ……死ねぇ!」
「アンタがね!」
そうして追い詰められていけば、鎖の熱を無理矢理に耐えきってチェーンに攻撃をしてくる者も現れる。苦痛に顔を歪ませながらも渾身の力で剣を振り下ろそうとするも、その胸に鎖を撃ち込まれ後方へと弾き飛ばされてしまう。
「何だよ!? 熱くて引き戻せないんじゃねーのかよ!?」
「誰がそんな事言ったのよ? ならそっちも味わわせてあげるわ!」
赤熱する鎖を引き戻してからの早撃ち。衝撃に加えて炎熱ダメージまで付与された鎖の乱射に、男達は完全にパニック状態に陥ってしまった。そしてそうなってしまえばもう勝負の趨勢は動かない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分の振り回す鎖の熱にあてられ、チェーンが肩で息をする。だがこの部屋で立っているものは、残すところあと一人のみ。
「お疲れ様でございました。お嬢様」
その最後の一人であるクローニンが、心配そうな顔でチェーンの側へと歩み寄ってきた。当然ながらクローニンにも鎖の熱は伝わるため、隙を見て部屋の端に避難していたのだ。
「はぁぁぁぁ……どう? 何とかなったでしょ?」
「はい。ですがこれ以上は……」
「わかってるわよ。これでおしまい」
そう言うとチェーンは垂れ下がりっぱなしだった鎖を袖の中へと完全に引き戻す。それと同時にフラリと足下が揺れたが、クローニンが咄嗟にチェーンの小さな体を支えた。
「お嬢様! これほどまでに……」
「なによ、まだ半分よ?」
チェーンの金髪、その毛先から半分ほどが燃えるような赤毛に変わっている。既に光の破片がこぼれ落ちる現象は収まっているが、色の方は元に戻らない。
「どうぞご自愛ください。ああ、私にもっと力があれば……」
「それを言うならアタシだって同じでしょ? 通常の力でコイツ等を圧倒できるくらい強ければ、こっちを使う必要なんてなかったんだし」
「とにかくもうお休みください! 今すぐにでも宿に引き返して――」
「馬鹿言わないで! ここまで来て引くわけないでしょ!」
「お嬢様!」
いつも控えめなクローニンに睨むように見つめられ、チェーンもまた無言でその目を見つめ返す。
「わかってるでしょ? アタシは変わらない……いいえ、曲がらないわ」
「……ええ、わかっております。誰よりも私が、お嬢様の事を理解しております」
力なく項垂れるクローニンに、チェーンの胸がチクリと痛む。だがそれで妥協してしまっては、それはもう自分ではない。自分を信じてついてきてくれる者のためにその者を悲しませる選択を取るという矛盾を、チェーンは胸の痛みと一緒に飲み込んだ。
「さ、行きましょ。そんなに心配しなくても、ここでこれだけ倒したんだから護衛はもういないわよ。最初にキモイを守った奴も、何か普通に倒れてるし」
「おや、そういえば……これは何とも、言葉にしづらいですが」
チェーンの視線の先には、チェーンの鎖を受け止めてキモイを守った男が白目をむいて気絶している。てっきり腕利きの専属護衛かと思っていたらいつの間にか倒していたという事実に、チェーンのみならずクローニンも拍子抜けしたような気分を味わっていた。
「とにかく行きましょ。確かあっちの方に……」
うめき声の響く広間を軽く探索すれば、すぐにキモイが消えた地下への階段を見つけることができた。階段を降りて扉を開ければ、左右に鉄格子が並ぶどう見ても牢獄のような場所の奥に、明かりを手にしたキモイの姿がある。
「こんなところに押し込むなんて、本当に奴隷扱いなのね……さあ、もう逃げ場はないわよ」
「グヒョー!? 待って、待って子猫ちゃん! ここは穏便に! 穏便に話し合ってみないかな?」
「今更遅いわよ! 大人しく眠りなさい!」
チェーンが腕を突き出すと、袖口から鎖が射出される。それは狙い違わずキモイの額に飛んでいき……
「ふんっ!」
「なっ!?」
鉄格子の一つが吹き飛び、チェーンの鎖を弾き飛ばす。またも攻撃を防がれたチェーンが呆気にとられるなか、そこに姿を現したのは――
「悪いな。仕事上、それを通すわけにはいかんのだ」
「嘘、でしょ……?」
身長二メートルを超える、見知った顔の筋肉親父であった。