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連環令嬢、拒絶する

 そうして調査を開始してから、三日後の夜。チェーンとクローニンは町外れにある大きな屋敷に侵入を試みていた。


「鍵は……そりゃ閉まってるわよね。クローニン、これ開けられる?」


「少々お待ちください」


 壁を乗り越え敷地内へと入り込んだチェーンは、大きな窓の下に身を寄せて問う。するとクローニンが懐から細い金属の棒を取り出し、程なくしてカチリと小さな音がして窓が開いた。


「お待たせ致しました、お嬢様」


「……クローニン、アンタ凄いわね。冗談のつもりだったんだけど」


「お褒めにあずかり恐縮です」


「まあ、開いたならいいんだけど……」


 意外な特技を見せつけたクローニンに呆れと感心が半々に混じった言葉をかけつつ、チェーンは開いた窓からそっと屋敷の中へと入り込んだ。光が拡散しないように覆いのついた特殊なランタンに明かりを灯し、抜き足差し足で屋敷の中を探索していく。


使用人(・・・)の寝床は地下って話だったけど、何処かしら……」


「この位置からですと、廊下をまっすぐ進んだ先の扉の向こうかと」


「そう。なら慎重に行きましょ」


 情報屋に金を握らせたことで、この屋敷の間取りは把握できている。その結果通常の使用人とは違う特別な使用人……要は金で買い集めた奴隷もどきは地下に詰め込まれているという話だった。「地下なら悲鳴も臭いも外に漏れないからだろう」という追加情報を思い出して露骨に顔をしかめたチェーンだったが、こみ上げる不快感を呼吸音と共に押し殺して、周囲を警戒しながら進んでいく。


 幸いにして、この屋敷はそれほど大きくはない。一般のメイドや警備の者に遭遇することもなく廊下の奥へと辿り着くと、そっと扉を押し開く。


「荷物置き場かしら? ここの主は地下に行く度にこんな所を通ってるの?」


「いえ、こちらは通常の使用人用の裏口のはずです」


「ああ、そういうこと。なら納得ね」


 雑多に積み上げられた荷物を崩さないように注意しながら、チェーンは更に奥の扉を開ける。するとその先は――


「……広間?」


「おかしいですな。この先は地下へと通じる階段のはず……っ!?」


「オラァ!」


 不意に背後から聞こえた声と同時に、チェーン達の背が何者かに蹴り飛ばされる。そのまま二人がゴロゴロと転がれば、暗闇に満たされていた広間に煌々と明かりが灯された。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」


「平気よ。でもこれは……」


「グヒョヒョヒョ! ボクチンの屋敷にようこそ、子猫ちゃーん!」


 広間の中には大量の武装した人員がひしめいており、その奥からケバケバしい服に身を包んだ男が歩み出てくる。欲望に濁った瞳、でっぷりと膨らんだ腹、ギトギトに脂ぎった顔や手というあまりにもわかりやすい特徴を全て兼ね備えた男は、気持ちの悪い笑い方をしながらチェーンに声をかけてくる。


「チッ、掴まされたか……」


「グヒョヒョ! 残念だったね子猫ちゃーん! ボクチンはちっちゃい子がだーいすきだから、それが安く簡単に手に入る貧民街の情報屋にはいっつもたーっぷりお金を払ってるんだよぉ!」


「下衆が……ってことは、アンタがこの屋敷の主で間違いないのね?」


 あまりにも気持ち悪い喋り方に内心ちょっとだけひるみつつ、チェーンが貴族の男を睨み付ける。


「グヒョヒョ! そうだよぉ! ボクチンがこの屋敷の主にして、ペタンスキー男爵家の長男、キモイ・ペタンスキーだよぉ!」


「ホント、ぴったりの名前ね。で? わざわざ出迎えてくれたってことは、アタシの話を聞いてくれるってことかしら?」


「んー? 聞くだけなら聞くよぉ?」


「なら……交渉に応じる気はある? あの子……ショッタの姉、オネールのことを買い戻す意思がこちらにはあるわ。金額は――」


「おーっと、それは駄目だよぉ!」


 キモイに感じる生理的な嫌悪感を必死に押さえ込みながら提案をしたチェーンに、しかしキモイは激しく首を横に振る。


「オネールたんはお金なんかじゃ売れないよぉ! ボクチンとオネールたんは、真実の愛で結ばれてるからねぇ!」


「っ……なら、何なら手放してくれるのかしら?」


「それは勿論、子猫ちゃんだよぉ!」


「なっ、アタシ!?」


 ねっとりとしたキモイの言葉に、チェーンは思わず自らの肩を抱きすくめる。距離は十分に離れているというのに、キモイの荒い息づかいが自分の肌に届くようでとにもかくにも落ち着かない。


「そう! 子猫ちゃんがボクチンのものになってくれるなら、オネールたんを考えてあげてもいいよぉ!」


「ハッ! 冗談! そんなの交渉にもならないわね」


「うーん。残念だなぁ。子猫ちゃんがボクチンのものになってくれるなら、その子供特有のぽっこりお腹に頬ずりしてから、太ももをペロペロ舐めてみたかったのに」


「――っ!? 無理! もう無理! アレは無理よ! 絶対に無理!」


 チェーンとしても、元々金で解決するつもりなどない。ただ交渉と称して直接会うことができれば連れ去るチャンスもあるかも、程度で持ちかけた話題だったが、キモイの与えてくる予想を遙かに超えた嫌悪感に、チェーンは全身がぞわりと総毛立つのを押さえられない。


「作戦変更! ここで仕留めて堂々と連れていくわよ!」


「畏まりました、お嬢様」


 チェーンは両腕をだらりと左右に垂らし、クローニンは腰の細剣を抜いて構える。明らかな戦闘態勢を取った二人に、キモイは残念そうな声をだした。


「やっぱり戦わないと駄目かぁ。じゃ、みんな宜しくー! できれば生きて捕まえてくれると嬉しいけど、死んじゃったら死んじゃったでそういう楽しみ方もあるから、あんまり気にしなくていいよぉ!」


「……ホント最悪ねコイツ。同じ場所で息をするのも嫌になるわ」


「グヒョヒョ! 子猫ちゃんと同じ空気! スーハースーハー!」


「死ねっ!」


 渾身の殺気を込めて、チェーンがキモイの顔面に向かって鎖を撃ち出す。だがそれはキモイの側に立つ男の剣によって防がれてしまった。


「おいおいお嬢ちゃん、これだけ人がいていきなりそれは通らんだろ? ほら、坊ちゃん。危ないから下がっててください」


「グヒョヒョ! 任せたよ」


 それだけ言うと、キモイは人混みの奥へと消えていった。後に残るチェーンとクローニンの周囲には、それこそ三桁に届こうかという護衛の群れ。


「んじゃ、はじめっか。まあこんだけいりゃ余裕だろ」


「だな。悪いな『厄介者(カラミティ)』。散々周りに迷惑かけたお詫びってことで、最後に俺達の小遣いになってくれや」


 そんな軽口を叩きながら、護衛の男達が次々と武器を抜いていく。実力はともかく圧倒的に不利な人数差の前に、チェーンは冷静に状況を見つめていく。


(油断してる奴も多い。今なら四、五人は倒せるだろうけど……そこまでね。この数で押されたらどうやったって勝ち目がない。


 なら逃げる? それも多分無理よね)


 広間の窓は高い位置にしかなく、自分だけなら鎖を使えば逃げられるが、その場合はクローニンが置き去りになってしまう。


 かといって背後……蹴り倒された場所から逃げるのも難しい。突然蹴られたことからしても、自分達があそこを通って侵入することは想定されていたはずだ。まんまとおびき寄せられた鼠に逃げ道を残しておくはずもない。


「ふぅ……これは本気を出すしかないわね」


 そこまでのことを考えて、チェーンは短くため息をつく。そしてそんな呟きを聞いて、近くにいた男が声を上げて笑い出した。


「クハッ! ほ、本気って! どうしたよ『厄介者(カラミティ)』、怖すぎて頭まで厄介なことになって……っ」


 そんな男の脳天を、チェーンの鎖が撃ち抜く。予備動作無しのその一撃に周囲の男達は誰一人として反応できない。


「な、何だ!? 何でいきなり倒れた!?」


「知らねーよ! クソッ、おい『厄介者(カラミティ)』! テメェ今何しやがった!」


 額から血を流し脳しんとうを起こして倒れた男を前に、混乱を始める男達。そんな哀れな獲物を前に、チェーンはニヤリと笑ってみせる。


「言ったでしょ? ここからは……ちょっと本気よ?」


 そんなチェーンの金髪からは、輝く光の破片が静かに舞い上がっていた。

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