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連環令嬢、依頼を受ける

本日で遂に400話となりました! まだもうちょっとだけ続くニック達の冒険の旅を、これからもよろしくお願い致します。

「あー、参ったわね……」


 ニックの存在により予想外に早く依頼を片付け終わった翌日。冒険者ギルドにて約束通りの報酬を受け取ったチェーンは、危惧していた状況もまた予想以上に早く訪れてしまったことに頭を抱えていた。


「まだ二件しかこなしてないのに、もう依頼の受理を断られるなんて……ちょっと近くの町で暴れすぎたかしら」


「お嬢様は目立つお方ですから、ある程度はやむを得ないかと」


 報酬を受け取った際に受付嬢から告げられた情報によると、チェーンはこの町で仕事を出している依頼主のほとんどから「ただし『厄介者(カラミティ)』チェーンは除く」と依頼の受理を拒否されていた。


 通常ならばなかなかあり得ないことだが、冒険者が依頼を選べるように依頼主も当然冒険者を選ぶ権利がある。ならばチェーンが受けることで他のまともな冒険者が依頼を受けてくれないという状況を回避するためにこのような手段をとるのは極めて合理的であり、そういう対応がまた『厄介者(カラミティ)』の悪評を高める要因となるという悪循環はチェーンが最も頭を悩ませていることであった。


「ちょっと早いけど、もう別の町に移動した方がいいかしら……あら?」


 と、そこでチェーンの視界に極めて不快なものが映り込む。通りの奥……おそらくは貧民街の入り口付近の場所で、地面に蹲る子供に如何にもごろつき風の男が蹴りを入れていたのだ。


「オラッ、出せよ! さっさと渡せオラッ!」


「うぐっ……うぅぅ……」


「ハァ……ホント最悪」


 ため息一つつきながら、チェーンは迷うこと無く路地を入ってごろつきと子供の方へと歩いて行く。周囲には幾人かの人影もあったが、チェーンはそれを一切意に介さない。


「やめなさい。いい年してみっともないわよ?」


「あぁ!? 何だテメェ……って、何だよガキじゃねーか。へへへ、随分綺麗な服着てるけど、ひょっとしてどこぞの貴族のお嬢様かい? コイツは俺にもツキが……」


「うるさい! 汚い! あと臭い!」


「グペッ!?」


 緩んだ顔で自分に手を伸ばしてきたごろつきを、チェーンは鎖でひっぱたく。すると強かに鼻を打ち付けられたごろつきはその場で尻餅をつき、思いきり顔をしかめながらもチェーンに向かって怒鳴りつける。


「て、テメェ何しやがる! 俺が何したってんだ!」


「強い奴が弱い奴から奪うのは自然の摂理だけど、ならもっと強いアタシがアンタの『奪う権利』を奪うのもアリってことでしょ? これ以上痛い目を見たくないならさっさと消えなさい」


「誰が強いって? お前みたいなガキが……ヒッ!?」


 へたり込んだままのごろつきの股間をかすめるように、チェーンの鎖が大地を穿つ。なお本当に触れるのは猛烈に嫌だったので、いつもの三割増しの精度で鎖を射出したのはチェーンだけが知る秘密だ。


「鼻の次は、そっちをひっぱたかれるのがお望みかしら? それならいい相手を紹介するわよ? 男のアレをグチャッと踏み潰すのが大好きな知り合いが――」


「ヒィィ!? か、勘弁してくれー!」


 情けない悲鳴をあげて、ごろつきの男がその場を走り去っていく。そうして後に残されたのは、未だ地面に蹲ったままの子供だ。


「ほら、アンタもいつまでそうしてるつもり? もうアイツはいないから、さっさと顔をあげなさい」


「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」


「お姉ちゃん……フフン! ま、このアタシ、チェーン・メイルにかかればこの程度どうってことないわ!」


 久しぶりに年上扱いされ、ご機嫌なチェーンが胸を反らす。すると子供……九歳くらいだと思われる少年がふらふらと起き上がり、チェーンの顔をジッと見つめてきた。


「大人をあんなに簡単にやっつけちゃうなんて、お姉ちゃん、ひょっとして冒険者の人?」


「ええ、そうよ? それがどうかしたの?」


「あの……その、冒険者の人なら、ボクの依頼を受けてもらえませんか?」


「依頼ー? アンタが?」


「そ、そうです。依頼料は、これで……っ!」


 胡散臭げに見つめるチェーンの前で、少年が手を差し出してくる。ギュッと握った拳を開けば、そこには鈍く輝く銀色の硬貨。


「銀貨じゃない! アンタ、これどうしたの?」


 貧民街に落ちるような住人が銀貨を手にすることは滅多にない。ましてやこのような子供がまっとうな手段で銀貨を持っているはずもなく、チェーンは厳しい視線を少年に向ける。


 その視線に一瞬気圧された少年だったが、それでもすぐに気を取り直し、一度大きく深呼吸してから意を決して言葉を続けた。


「この前、貴族様がここに来て……それで、お姉ちゃんが貴族様に自分を買ってくれってお願いして……だから、これがお姉ちゃんの四〇年分のお給料だって……」


「チッ、一生奉公か……」


 少年の言葉に、チェーンは忌々しげに舌を鳴らす。一生奉公とは、有り体に言ってしまえば奴隷の別称だ。


 世界中のほとんどの国で奴隷制度は禁止されているが、世に奴隷を求める人物が消えることはない。その結果生まれたのが一生奉公……数十年分の賃金を前払いすることで対象を雇う(・・)制度である。


 実態としては奴隷制そのものなのだが建前上は雇用契約のため法律で規制することが難しく、またこの契約はあくまでも双方同意の下で結ばれるため……たとえ一方にまともな拒否権がなかったとしても……強引に契約を解消するのも難しい。


 そのため正規の手段で取り戻すならば雇用先の変更……要は買い戻すしかないのだが、当然買値と同じ値段で売る奴などいない。大抵は莫大な金額をふっかけられるうえ、あくまでも労働者なので「解放」という概念がないため、「契約したら終わり」というのが一生奉公の常識であった。


「ってか、今の話だとアンタのお姉ちゃんは、自分から貴族に身売りしたんでしょ? なのにアンタはそのお金でお姉ちゃんを連れ戻せっていうわけ?」


「そ、そうだよ! だって、そりゃ毎日寒かったしお腹も空いてたけど……でも、ボクはお姉ちゃんが一緒にいて欲しいんだ! 暖かい服を着るより、お腹いっぱいご飯を食べるより、ボクはお姉ちゃんと一緒にいたい!」


「ならなんでそれをお姉ちゃんに言わなかったのよ?」


「言ったよ! 言ったけど、でも……お姉ちゃんが勝手に……」


「……………………はぁぁぁぁ」


 必死に訴えてくる少年の言葉に、チェーンは深いため息をつく。自分を犠牲に弟を助けようとした姉と、助かるはずの自分の未来を犠牲にして姉を取り戻したいと願う弟。それは決して珍しくはない、世界にありふれている悲劇という名の日常。


「如何致しますか? お嬢様」


「あー、もう! 面倒なことに関わっちゃったわねぇ!」


「お姉ちゃん……? あっ!?」


 顔をしかめてガリガリと頭を掻いたチェーンが、不意に少年の手から銀貨を奪い取る。そのままピンと銀貨を弾くと、落下してきた銀の輝きをチェーンはパシッと手で掴み取った。


「お嬢様、宜しいのですか?」


「どうせもうこの辺じゃ仕事はできないんだし、なら最後に一暴れするのも悪くないでしょ?」


「依頼、受けてくれるの……?」


 不安そうな目で見つめてくる少年の頭に、チェーンはポンと手を置き笑う。


「任せなさい! この『厄介者(カラミティ)』チェーンが、アンタのお姉ちゃんを連れ戻してきてあげるわ! 多分ね!」


「た、多分なの!?」


「多分よ! だってアンタ、もしお姉ちゃんがその貴族のところで幸せに暮らしてたら、それでも連れ戻したいの?」


「えっ!? それは……」


 チェーンからの意外な問いに、少年は思わず口ごもる。泣きそうな顔で貴族についていった姉が、実は幸せに暮らしているとしたら……


「その時は……うん、我慢する……お姉ちゃんが幸せなんだったら……」


「そう。まあ、そういうこともあるから『多分』よ! 悪いようにはしないから、とりあえず待ってなさい。えーっと……アンタ名前は?」


「あ、ボクの名前はショッタ! お姉ちゃんはオネールだよ!」


「わかったわ。じゃ、そうね……遅くても一週間以内には戻るから、それまで大人しくしてるのよ?」


「うん! ありがとうお姉ちゃん!」


 ショッタの感謝を背に受けて、チェーンはその場を後にする。


 これから自分が行うのは、明確な犯罪行為。失敗しても成功しても、おそらくは手配書が出てこの近隣には当分戻れなくなる。


 だが、そんなことでチェーンの歩みは止まらない。誰かが決めた正義ではなく、己の信じる正義を貫く。その生き方を選んだからこそ、チェーンは冒険者になったのだ。


「それじゃ、まずはこの辺で悪さをしている貴族の情報から集めるわよ!」


「お任せ下さい、お嬢様」


 進む先を定めた二人は、人々の雑踏の中へと消えていった。

そしてまた切りのいい話数で登場しない主人公……(笑)

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