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父、蹴散らす

「そう言えば、ニックおじちゃんは貴族なんですか?」


 目的の薬草群生地ことヴァイパーの巣への道すがら。流石獣人と言うべきか大人と同じくらいの速さで難なく歩くミミルが、雑談の最中にそんな質問をした。


「む? そんなことはないが、何故だ?」


「村の長老様が、ノケモノ人は名前が増えるほど偉くなるって言ってました。二つあればとりあえずは貴族様だって」


「ああ、そういうことか」


 言われてニックは納得する。確かに家名を持っているのは基本的には貴族であり、ニックもまた昔はただのニックであった。


「これは……あれだ。儂の娘が凄くてな。どこぞの偉い王様に褒美として家名をもらったのだが、娘がもらったことで自動的に儂にも同じ名前が付いたというだけのことだ」


 魔王に対する切り札である勇者には、極めて大きな権限が与えられている。だが一つ名の平民に命じられることを良しとしない貴族は往々にして存在するため、二代目の勇者の時から勇者には特別に家名が与えられることになっていた。


 状況によっては王族にすら優先するという地位を除けば基本的には一代貴族と同じで拝命した本人以外は名乗ることは出来ないのが普通だが、ニックの場合は娘と一緒に戦場に立っているということもあり、例外として一緒にもらったのだ。


 もっとも、ニックは特別な権限を持っているわけではないので、あくまで勇者の父として恥ずかしくない名乗りをあげられる、くらいの意味しかないのだが。


「なので、別に儂が偉いというわけではないから、気にすることはないぞ」


「そうなんですか! 良かったです。偉い人だったらこうして手を繋ぐのも駄目みたいですし」


「ハッハッハ! そうだな。実に可哀想なことだ」


 言葉通り、ニックとミミルは手を繋いで森の中を歩いていた。魔物のはびこる森で片手を塞ぐなど不用心極まりないが、ニックであれば問題無い。実際時折襲ってくるヴァイパーも、ニックが軽く撫でてやれば森の彼方に吹き飛んでいった。


 勿論、ちゃんと手加減しているので頭を吹き飛ばしてまた血まみれになったりはしない。


「それで、件の巣とはまだ遠いのか?」


「いえ、もうそろそろ……あっ!」


 ミミルが可愛い声を上げると、木々の奥に視界の開けた場所がある。慎重にその場に足を踏み入れると、不自然なほどに一切木の生えていない円状の広場と、その中央にこんもりと盛り上がる地面。そしてその上にひときわ大きなヴァイパーの姿があった。


「ふむ。ここがヴァイパーの巣か? 巣というわりにはあの一匹しか姿が見えんが」


「で、でもここです! ほら、あの盛り上がった地面の周囲に薬草が生えてます!」


 言われてニックが視線を向ければ、確かにそこには他とは違う何やらトゲトゲした草が生えていた。


「ならば構わぬか。薬草が必要だったわけで、別に巣に用事があったわけではないからな」


「そうです! あれを集めて帰れれば……でも……」


「シャァァァァ!」


 薬草は盛り上がった地面の周囲を囲うように生えており、そこに近づくには中央にいる巨大なヴァイパーに近づかねばならない。近づくそぶりを見せるだけで大口を開けて威嚇するヴァイパーに、ミミルは尻込みしてしまう。


「では、とりあえず倒してくるか。少しそこで待っておれ」


「え? おじちゃん?」


 繋いでいた手を離し、ニックは何気ない足取りで堂々と広場の中へと足を踏み入れる。瞬間中央のヴァイパーが叫び声をあげると、それを合図に周囲の木々の間から無数のヴァイパーが一斉にニックに跳びかかってくる。


「おじちゃん!?」


「あー、大丈夫だ。心配ない」


「大丈夫って……えぇぇぇぇ……」


 腕、足、胴に頭まで、全身をヴァイパーに齧り付かれながらニックが笑顔で振り返りミミルに手を振る。突き立てられたヴァイパー達の牙はニックの皮膚に軽く食い込みはするも、突き破るには至らない。


「くすぐったいくらいだが……流石に邪魔だな。ふんっ!」


 軽く気合いを入れて、ニックが体を震わせる。ただそれだけで噛みついていたヴァイパー達は吹き飛ばされ、そこにいるのは無傷のニックだ。止まること無く歩き続け、遂には盛り上がった中央へとたどり着く。


「さて、お主はどうする?」


「シャァァァァ!!!」


 ニックを前に、ヴァイパーがより一層威嚇の声を強める。言葉が理解できるとは思えないが、それでも野生の生き物であればニックの強さは感じられるはずだ。


 だというのにヴァイパーは逃げない。大木のように太い胴体を縦に伸ばし、ニックの顔のすぐ側で大口を開けて威嚇を続ける。


「逃げぬか。ならば仕方あるまい」


 拳を握り、突き出す。ただそれだけでヴァイパーの頭は消し飛び、物言わぬ骸となった巨体がドスンと音を立てて地面に倒れ込んだ。



「よーし、もういいぞ! こっちに来い!」


「は、はい!」


 ニックに呼ばれてミミルが小走りにやってくる。


「今のを倒したところで、周囲の蛇共の気配が消えた。おそらくしばらくは寄ってこぬであろうから、今のうちに薬草を集めよ」


「ありがとうございましたおじちゃん! じゃ、早速集めちゃいますね!」


「うむ。一応儂は周囲を警戒しておこう」


 一瞬薬草採取を手伝おうかとも思ったが、ニックにはどれが必要な薬草かの知識がない。人の命がかかっているなら素人が手を出すよりは自分の得意なことをするべきだと判断し、ニックは警戒を続けつつ盛り上がった地面の周囲を歩いてみることにした。


「…………なるほど、巣か」


 こんもりと盛り上がった大地を半周したところで、今まで見えなかった後ろの部分に大きな穴が空いているのを発見した。中には卵と思われるものが大量に存在しており、正しくここがヴァイパーの巣であることが確認できた。


「とすると、さっきのは王ではなく女王、あるいは単に母であったか?」


「どうしたんですかおじちゃん……うわぁ!」


 少しだけしんみりした気持ちになったニックの側に、必要な分の薬草を集め終わったミミルがやってきて声をあげる。


「卵が一杯! 持って帰ればご馳走になります!」


「ふっ……はっは! そうかそうか。確かにそうだな!」


 ニックの胸にほんの僅かに刺した影も、嬉しそうに目を輝かせるミミルの言葉に綺麗に消し飛ぶ。これこそが自然の摂理。殺し、奪い、食らうことは全ての生命の本能だ。ならばいらぬ感傷に浸るより、喜ぶ方がずっと賢い。


「なりは小さくても立派な大人だな、ミミルよ」


「ひゃっ!? ど、どうしたんですかおじちゃん?」


 ニックの大きな手で突然ワシャワシャと頭を撫でられ、ミミルが驚きの声をあげる。


「なに、ちょいと感心しただけだ。よーし、では儂が中に入って卵をとってきてやろう。少しそこで待っておれ」


「わかりました。気をつけてくださいね」


 ミミルの言葉を背に、ニックは無造作に巣の中へと足を踏み入れる。穴と行っても普通に向こう側の壁が見えている程度のごく浅いものだ。迷うどころか視線が切れる危険すらない場所だけに、ニックは何の警戒もせずにとりあえず奥まで行こうとして――


「ぬおっ!? これは!?」


「おじちゃん!?」


 ニックの足下に、突然光り輝く魔法陣が出現する。全く予期していなかっただけに反応が遅れたニックの視界が一瞬途切れると……次の瞬間、全く見たことの無い場所に立っていた。


「……何処だ?」


『よくぞ来た。王の試練へと挑むものよ』


 背後から聞こえた声にニックが振り向くと、そこでは台座に乗ったメダリオンが、厳かな光を放っていた。

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