父、見込まれる
その後は昼食を挟み、一行は来た道を戻る形で森を進んでいく。その道中に発見したのが最後の収集素材を持つ魔物……ファンガスボアだ。
「ファンガスボアは、基本的にはレプルボアとほぼ変わりません。ただその背中に寄生型のキノコが生えており、そちらが今回の収集対象となります」
今回も近くの木陰に身を隠しながら魔物の姿を確認していると、もはや恒例となったクローニンの説明にニックが頷いて答える。
「ほぅ。ならば今回も適当に殴ればいいのだな?」
「申し訳ありませんニック様。あのキノコは強い衝撃を受けると催眠作用を持った胞子を周囲に噴出する性質を持っております。そして素材として必要なのは『胞子を溜めた状態』のキノコですので、殴って倒すのはあまり宜しくないかと」
「む、そうか。ならば――」
「ここはアタシの出番ってわけね!」
ニックの言葉を遮って、チェーンがその場に立ち上がる。
「さっきは譲ってあげたんだから、今度はアタシの番でしょ! いいからオッサンは黙って見てなさい!」
「ふふっ、そうか。では今回はお主に任せよう」
笑顔で張り切るチェーンを前に、ニックはそう言って身を引く。ニックであれば衝撃を残さずに獲物を仕留めるなど造作もないが、せっかく若者がやる気を見せているというのに無粋な水を差したりはしない。
「それじゃ、いくわよ……えいっ!」
小さな声で気合いを入れると、チェーンが両腕を前に突き出す。すると二本の鎖が射出され――
「まだよ! これで……っ!」
すかさずチェーンが両腕を捻るようにして交差させる。すると打ち出された二本の鎖もまた交差して絡まっていき、螺旋を描く一本の鎖となってファンガスボアの頭に正面から命中する。
「プギーッ!?」
一本の時よりも遙かに貫通力の高まった螺旋の鎖は易々とファンガスボアの頭蓋を貫き、その脳髄をかき回してから引き抜かれる。すると悲鳴のような鳴き声をあげたファンガスボアはすぐにその場に倒れ込み、ピクピクと数度体を痙攣させてから絶命した。
「お見事ですお嬢様!」
「うむ、見事な手並みだったぞチェーンよ」
「フフーン! どうよ! ってか、これよ! これがアタシの本当の実力なのよ!」
得意満面なチェーンをニックとクローニンが二人揃って褒めそやし、そのままファンガスボアのキノコを刈り取っていく。そうして全ての素材を集め終わって一行が町に戻ったのは、日が落ちる寸前のことだった。
「何とか日のあるうちに戻れたな」
「そうね。でもこれ想定よりも大分早いんじゃない?」
「左様でございます。通常であればフォレストタートルがいつ餌を食べるかわかりませんので、眠り餌を仕込んでからずっと見張り続ける必要があり……その場合はその分だけ時間がかかったかと」
「なるほど。ならば儂等は随分と運がよかったということだな」
「その分大変な目にも遭ったから、単純に幸運とは言いづらいけどね」
ニックの言葉に、チェーンが肩をすくめて苦笑する。実際ニックがいたからこそごり押しできた場面も多かったため、これを単なる幸運、もしくは自分の実力であるとはチェーンには言えなかった。
「はぁ。何だか疲れちゃったし、アタシは冒険者ギルドには明日行くことにして今日はもう宿に戻るわ。オッサンの方はどうするの?」
「そうだな。儂の方は特に疲れたりはしておらんから、ならば冒険者ギルドへの報告は儂がしておこう。報酬は半々でいいのか?」
「ええ、いいわ。それじゃ、手続き宜しく!」
「失礼致します、ニック様」
それだけ言うと、今回もまたヒラヒラと手を振って二人がニックの元から去って行く。チェーン達の姿が雑踏に消えていくのを見届けてから、ニックは改めて冒険者ギルドの方へと歩き始めた。
『先日と丁度逆になった形か。ふふ、特に意味があることではないのだろうが、なんとなく愉快だな』
「はっは。この短期間で二度も同じ依頼を受けたのだ。何らかの縁はあるのかも知れんな……あ、そういえば飯を奢る約束をしていたが……まあ次でいいか。わざわざ追いかけて店に誘うのも無粋だしな」
冒険者にとって、出会いというのは一期一会だ。縁があればまた何度でも出会うだろうし、そもそもあれほど目立つ二人組ならばその気になって探せば見つけることも難しくはない。
ならば今に拘る必要は無いかと判断し、ニックは気にすること歩き続けて冒険者ギルドへと辿り着いた。日が落ちる直前はギリギリまで仕事をしていた冒険者達が戻ってくる時間帯ということもあり、内部はなかなかに混雑している。
「おぉぅ、これは並ばねば駄目そうだな……」
いつもは時間帯をずらしているため、ニックは珍しく受付の行列に並ぶ。そうして二〇分ほどたったところで、ようやくニックに順番が回ってきた。
「はい次の方、どうぞー」
「依頼の完了報告だ。それと、追加でこれも頼む」
そう言ってニックが受付の机に並べたのは、チェーン達と集めた三種の魔物素材に加え、ファンキー・パンキーモンキーの尾。ニックのギルドカードと受けた依頼の内容、それに出された素材を見比べてチェックしていく受付嬢だったが、その視線が桃色の猿の尾に移ったところで唐突にその動きを止める。
「え……え? えっ、これってまさか……っ!? ちょ、ちょっとお待ちいただけますか?」
「うむん? 構わんが、どうかしたのか?」
「と、とにかくお待ちください!」
かなり慌てた様子でそう言い残すと、受付嬢が件の桃色の尾を持ってギルドの奥へと走って行く。そうしてしばし待たされると、戻ってきた受付嬢が真剣な表情で「ギルドマスターがお話があるそうですので、奥へお願いします」とニックに告げてきた。
勿論それを断る意味も理由もないので、ニックは好奇の視線を向けてくる他の冒険者達を背に受付嬢に先導されてギルドの奥へと歩いて行く。
「ギルドマスター。ニック様をお連れしました」
「おう、入れ」
中から聞こえた渋い中年の声に促され、ニックは部屋へと入っていく。するとそこにはニックほどではないにしろ見事な体つきをした中年の男が大きな椅子に座っており、ニックを見るなりニヤリと笑いながら桃色の尾を持ち上げてみせた。
「お前さんか? コイツを持ってきた冒険者ってのは」
「そうだが……それがどうかしたのか?」
「どうか、ねぇ……確認だが、お前さんこれをどうやって手に入れた? ああ、別に落ちてた死体から剥ぎ取ったって言っても査定に変化はねぇから、嘘をついたりする必要はねぇぞ?」
「嘘を言うつもりも理由も無いな。それは間違いなく儂が仲間と共に倒した魔物の尾だ」
ギルドマスターの試すような視線を真っ向から受け止め、ニックは平然とそう答える。ほんの数秒二人の視線がぶつかり合い、先に折れたのはギルドマスターの方であった。
「ふぅ、どうやら嘘じゃねぇみたいだな。なら、その戦闘の状況をもうちっと詳しく教えてくれねぇか?」
「ああ、構わんぞ。あれは――」
そう言ってニックはファンキー・パンキーモンキーとの戦闘の事を話していく。するとギルドマスターの表情がどんどん真剣味を増していき、最後まで話を聞き終わると目頭を指で揉みほぐしながら独りごちる。
「そうか。その話が本当ならお前さんが糞強ぇってことはわかった。なるほどなるほど。ここでこんな奴が来るのか……」
「? それで? 聞きたいことはそれだけだったのか?」
一人で勝手に頷いているギルドマスターに、ニックは訝しげに問う。するとギルドマスターはニックの方に顔を向け直し、再度ニヤリと笑う。
「なあお前さん。そんだけ腕自慢だっていうなら……俺からの指名依頼を受けてみる気はねぇか?」
「ほぅ? まずは話を聞かせてもらおう」
不敵に笑うギルドマスターに、ニックもまた楽しげに笑顔で答えた。