父、対峙する
「フンッ!」
「キキーッ!」
チェーンが右腕を突き出せば、射出された鎖が近くにいたパンキーモンキーの脳天を貫いていく。その隙を狙うかのように追加の二匹がチェーンの方に躍りかかってくるが、空いた左腕を振るうことで鞭の如く鎖を振り回し、迫る魔物の体を打ち据えて撃退する。
「随分数が多いわね。クローニン!」
「背中はお任せ下さい、お嬢様」
そんなチェーンの背では、細剣を構えたクローニンが迫るパンキーモンキー達に次々と突きを放っていく。銀閃が宙を舞う度パンキーモンキー達の体に穴が増え、その戦闘力を着実に奪っていく。
「やはり歳は取りたくないものですな。若い頃でしたらこの程度の敵で必殺を逃すことなどありませんでしたが……」
「ハッ! 泣き言を言う暇があるなら手を動かしなさい!」
「ふふ、お嬢様は手厳しいですな」
そんな会話を交わしながら、チェーンとクローニンは息を合わせて敵をなぎ倒していく。チェーンの鎖が魔物の群れをなぎ払い、引き戻しの隙を狙う魔物はクローニンの細剣が貫く。互いの長所を生かし欠点を補う戦い方は堂に入ったもので、襲いかかるパンキーモンキー達は次々と死体を積み上げていくこととなった。
「なによ、まだまだ現役じゃない?」
「お褒めいただき光栄です。ですが、賞賛の言葉はニック様にこそおかけするべきかと」
「あー……」
クローニンに言われ、チェーンはふと隣の戦場に目を向ける。するとそこでは身長二メートルを超える筋肉親父が最高にいい笑顔で魔物の群れを屠り続けていた。
「ほれほれ、どうしたどうした? そんなことでは儂に指先一つ触れることはできんぞ?」
「「「キキキーッ!!!」」」
四方八方から襲いかかってくるパンキーモンキー達を、ニックの拳が的確に打ち抜いていく。複数の木々を飛び回るフェイントも、木のしなりを利用した高速の体当たりも、ニックからすれば止まっているのと大差ない。
「あれは何か、違わない? てかオッサン強すぎでしょ。何アレ? ホントに人間?」
「お嬢様、それは流石に失礼かと」
「でも……アレよ?」
「……………………」
呆れたような声でチェーンに言われ、クローニンは言葉に詰まる。笑いながら敵を屠るニックの姿は確かに人というよりは戦の神が人の肉を得た姿といった方がしっくりくる感じであった。
「む?」
と、そこで唐突に戦場の空気が変わった。それまで闇雲に飛びかかってくるだけだったパンキーモンキー達は動きを止め、まるで何かを待っているかのようにその場で警戒するだけになる。
「何だ? 諦めた……というのとは違うようだが」
「これは……おかしいですね。パンキーモンキーは割と好戦的な魔物ですので、勝てないと悟って逃げるでもなく攻め手を止めるとは……」
「見て! あそこ! 何かちょっと違うのがいるわよ!」
チェーンが指さした方向にニック達が視線を向けると、そこには他のパンキーモンキーよりも二回りほどは大きな個体が立っていた。それは長い両手をゆったりと広げ、周囲のパンキーモンキー達に命令するかのように鳴き声をあげる。
「キキーイ!」
「「「キーッ!」」」
「ふむん? 上位種……統率個体といったところか?」
「となると、ファンキー・パンキーモンキーでしょうか? 通常のパンキーモンキーの進化種で、目の周りを囲うように黒い痣が浮かび上がり、体毛も茶色から赤に近づくようですが……」
「ならば間違いあるまい。まあ赤というよりは白に近い感じだが」
「要は敵のボスってことね? なら今度もアタシがいただくわよ!」
クローニンの説明を受け、抜け駆けするようにチェーンが袖口から鎖を放つ。それは狙い違わずファンキー・パンキーモンキーに向かって一直線に飛んでいったが……
「キーィ」
「えっ、嘘!? 弾かれた!?」
自分の脳天に目がけて飛んできたチェーンの鎖を、ファンキー・パンキーモンキーはまるで虫でも追い払うかのような無造作な動きで打ち払う。それで「格付け」が終わったのか、ファンキー・パンキーモンキーの表情がチェーンをあざ笑うかのように醜悪に歪んだ。
「キッキーィ」
「ムキー! 猿の分際で生意気よ!」
それに怒ったチェーンが、今度は両腕同時に鎖を射出する。その片方はまたも無造作に打ち払われたが、残る一本がファンキー・パンキーモンキーの腕にしっかりと巻き付き、それを確認してチェーンがニヤリと笑う。
「フフン! そんな高いところにいないで、さっさと地べたに……っ!?」
通常種より大きいとはいえ、その体長は精々一三〇センチ程度。自分より小さい相手と侮ったチェーンが拘束する鎖に力を込めたその瞬間、逆にチェーンの体の方が引き寄せられて宙を舞う。
(そんな、腕一本でアタシを……っ!?)
「お嬢様!」
叫び、咄嗟に飛び出そうとするクローニン。だがそれよりも圧倒的に早く飛びだしたニックが、吹き飛ばされそうになったチェーンの体をふんわりと抱き留める。
「まったく、無茶はいかんぞ?」
「オッサン……?」
「ははは、まさか一日に二度もお主を抱き上げることになるとはな」
未だ呆然としているチェーンを地面に降ろすと、ニックは改めてファンキー・パンキーモンキーの方に顔を向ける。既に鎖の戒めは解かれており、同族を従え悠々と木の上に立つ姿はまるで猿共の王であるかのようだ。
「大丈夫ですかお嬢様!」
「え、ええ。大丈夫……」
「クローニン殿、チェーンを見てやれ。意表を突かれてからの意識の立て直しには、存外時間がかかるものだからな」
「馬鹿にしないで! もう大丈夫よ……でも、どうするのオッサン? アイツ滅茶苦茶強いわよ?」
チェーンは決して自分の実力を過小評価していない。最強などとうそぶくつもりはないが、少なくとも同じ鉄級であれば自分に勝てる人間などほとんどいないと思っている。
そんな自分の今現在の本気の攻撃が軽くあしらわれ、如何に小柄とはいえ人一人分の重量を片腕で軽々と振り回すなど、どう考えても鉄級冒険者が相手取るような魔物ではない。
「ファンキー・パンキーモンキーは複数人の銀級冒険者で当たるような強敵です。ニック様、ここはどうにか血路を見いだし、撤退を……」
「うむ。その判断は正しいだろう。が……正しいことと実行できることは違うぞ。もう一度周囲をよく見てみろ」
「なっ、これは……っ!?」
ニックの言葉に改めて周囲を見回して、クローニンは驚愕の声をあげる。パンキーモンキーに囲まれているという状況そのものは変わっていないのに、一匹一匹から感じられる威圧感が圧倒的に高まっている。
「あの個体が統率すると士気が高まるとか、そんな感じか? 先ほどまでは優位に戦っていたようだが、同じと侮ると痛い目をみることになるぞ?」
「ならどうするのよ? まさか猿に降伏するなんて言わないわよね?」
燃えるような紅玉の瞳が、挑むようにニックを見つめる。気に入らない答えを言えば噛みつかれそうなその眼差しに、しかしニックはニヤリと笑う。
「当然だ。いいか? 彼奴を倒さねばこの場を切り抜けられないなら、彼奴を倒してしまえばいいのだ!」
「……え? オッサン馬鹿なの? それができないからどうしようって話をしてるんでしょ!?」
「それはお主達の話であろう? まあ見ておれ」
そう言い残し、ニックはゆっくりとファンキー・パンキーモンキーが立っている木の根元へと歩み寄り、大きく拳を振りかぶって……殴る。
「フンッ!」
「キッキーイ!?」
瞬間、王の玉座であった大木は無残にも倒れ、茶より赤よりなお白い桃色の毛色をした猿の王が地面に降り立つ。
「キーィィ……」
「フフン。やはり無様に他の木に飛び移るのではなく、降りてくるのを選んだか。居場所を奪われ逃げるようでは、王など務まらんだろうからな」
「キーィ、キーィ」
挑発するニックの態度に、猿の王は怒りに満ちた視線を向けてくる。その敵意はニックだけに向けられており、既にチェーン達のことは眼中に無い。
「ああ、それでいい。では一騎打ちといこうではないか」
「キーィィ!」
拳を握ったニックを前に、猿の王はひときわ大きな叫び声をあげてから飛びかかってきた。