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父、押さえ込む

「ほほぅ。これはなかなかのでかさだな」


 森の中に突如として現れる大きな湖。そのほとりにて草を食むフォレストタートルの威容を、ニック達は木の陰からこっそりと観察していた。


「あれは確かに、ちょっと倒せないわね」


 全高三メートルほどのこんもりとした甲羅はいかにも堅牢そうであり、チェーンの鎖ではどうやってもそれを砕けるとは思えない。かといってそこから伸びている手足も分厚い皮に覆われており、巨体を支えるためにみっちりと詰まっているであろう筋肉を考えればやはり貫くのは難しいだろう。


 ならば巻き付けて引き倒したり首を絞め殺したりとなるが、それもチェーンの力では到底現実的ではない。勝ち気な性格をしていても決して無謀な馬鹿ではないチェーンは、彼我の実力差をきちんと理解していた。


(まあ、本気(・・)を出せばいけるだろうけど……こんなところでそこまでする必要もないわよね)


「ああいう手合いならば儂の方が得意だと思うが……通常ならばどうやって甲羅の苔を採取するのだ?」


「睡眠薬を混ぜた餌を食べさせ、眠っている隙に甲羅をよじ登って苔を削り取るのが一般的とのことでしたが……」


「……今、思いっきり食事してるわね」


 困り顔をしたクローニンの説明に、チェーンが皮肉な笑みで答える。目の前にいるフォレストタートルは現在進行形でのんびりと食事を楽しんでおり、この状況で眼前に餌を放り投げたとしても、普通は警戒して食べないだろう。


「ならばどうする? 他の収集を先にして、フォレストタートルが腹を空かせるのを待つか? もしくは他の個体を探すというのも手だが」


「そんなことしなくても、あれだけのんびりしてる魔物ならそのまま甲羅に登れるんじゃない?」


「お嬢様!? それはあまりにも危険が大きいかと」


「へーきよへーき! まあ見てなさいって!」


 クローニンが止めるのも聞かず、チェーンがこっそりと食事中のフォレストタートルの側へと歩み寄っていく。そのまま気づかれずに背後まで辿り着くと、大きな甲羅に手をかけると素早くよじ登っていく。


「ああ、お嬢様! 私はどうすれば……」


「まあ落ち着くのだクローニン殿。儂もここで見ておるのだから危なければすぐに助けに入れる。下手に騒いでフォレストタートルを刺激する方が危険なのだから、今は静観しようではないか」


「は、はい……」


 ソワソワと落ち着かないクローニンの肩を叩き、ニックがそう言葉をかける。ニックの実力を知らないクローニンはそれでも心配そうにチェーンの姿を見つめていたが、幸運にも何事も無くチェーンは無事にフォレストタートルの甲羅の上に登り切ることができた。


「よい……しょ! っと。よし、乗れたわ。後はこれを削り取るだけね」


 その場にぺたんと腰を下ろし、開いた両足で軽く曲がっている甲羅を押さえつけて体を固定したチェーンは、腰の後ろ側につけている冒険者用の鞄からナイフと硝子瓶を取り出した。そのままゴリゴリと甲羅の表面を削って苔を集めていくチェーンだったが、順調な作業はそう長くは続かない。


「うわっ!? ちょっ、何!?」


「お嬢様!?」


「おっと、あれは不味いな」


 チェーンを乗せたままのフォレストタートルが、不意に移動を始める。食事を終えたことで湖の中に戻ろうとしているのだ。


「お嬢様! 早く飛び降りてください!」


「待って、もうちょっとで集め終わるから!」


「お嬢様!」


 クローニンの悲鳴のような呼びかけに、しかしチェーンはそのまま苔の採取を続ける。その間にもフォレストタートルは意外な早さで湖へと戻っていき、その巨体が半ば以上水に沈もうとしたその時。


「クォォォォォォォォ!?」


「すまんがもうちょっと付き合ってくれ」


 素早くフォレストタートルの背後に近づいたニックが、その尻尾をガッシリと掴む。当然フォレストタートルは驚いて逃げだそうとするが、大きな足は地面を削るのみで一向に前に進むことはない。


「オッサン何してるのよ!? うわっ、揺れっ!?」


「儂が押さえておくから、お主は早く苔を集めるのだ!」


「わ、わかったわ!」


 フォレストタートルの巨体をズルズルと陸まで引っ張り上げると、その後は直接甲羅を押さえ込むことで身じろぎすら封じるニック。それによって足場が安定したことで、チェーンは素早く残りの苔を甲羅から削り取っていく。


「よし、もういいわよ!」


「わかった。ならば跳べ!」


「ええっ!? もう、ちゃんと受け止めなさいよ!」


 ニックに言われ、意を決してチェーンが甲羅を蹴る。それと同時にニックが手を離せば自由になったフォレストタートルが猛烈な勢いで湖へと突進していき、宙を舞ったチェーンの体はニックがしっかりと受け止める。


「よっと。大丈夫か?」


「ええ。エスコートご苦労様……フフフ」


 そうしてニックがチェーンを地面に降ろすと、チェーンは優雅なカーテシーでニックに一礼し……その後いきなり笑い出した。


「おおぅ、どうしたのだ?」


「だって……くく……あの亀を押さえ込むって! オッサンってば本気で滅茶苦茶ね! アッハッハッハッハ!」


「はっはっは。そうか」


 お腹を抱えて笑うチェーンを、ニックは温かい目で見つめる。するとすぐにクローニンもその場に駆けつけ、笑うチェーンに心配そうに声をかけた。


「お嬢様! お怪我はありませんか?」


「クフフ……ふぅ。ええ、大丈夫よクローニン」


「あまり心配をかけないでください、お嬢様。私の年老いた心の臓がいつ止まってしまうかわかりませんので」


「あら、アタシの許可無く死ぬなんて不忠義、クローニンがするわけないでしょう? それよりもさっさと次の目的地に向かいましょう? あまりのんびりしていたら日が暮れてしまうわ」


「畏まりました。ニック様の方は、お体は大丈夫でしょうか?」


「あ、それもそうね。オッサンが疲れてるなら、休憩とるわよ?」


「儂の方は問題ない。あの程度で疲れるようなやわな鍛え方はしておらんからな!」


「やわって……ならいいわ。本当に大丈夫そうだし」


 ニカッと笑って力こぶを作ってみせるニックに、チェーンは軽く呆れた声で言う。討伐するなら銀級冒険者が複数人必要というだけあって、フォレストタートルの力は相当なものだ。それをたった一人で完全に押さえ込んで平然とするニックの怪力はチェーンの予想を遙かに超えたものであり、素っ気ない口調とは裏腹にニックの実力に関する内心の評価をチェーンは一段階引き上げた。


「で、クローニン? 次の獲物は何なの?」


 湖を離れ森の中を歩きながら、チェーンがそう問いかける。ニックと違って当然依頼書に記載されていた魔物の名前くらいは知っているが、効率の良い周り方に関してはクローニンに一任していた。


「もう少し森の奥に入りましたところに生息する、パンキーモンキーという魔物の尻尾ですな」


「ほほぅ。そいつはどんな魔物なのだ?」


 そして、今回もまたニックは魔物のことを知らない。娘と旅をしていた時ならきちんと調べたりもしていたが、自分一人となると「殴れば倒せる」が全てなため、その辺は大分おざなりになっていた。


『貴様という男は……今回は素材の収集なのだから、もしこの御仁がいなければかなり困った事になったのではないか?』


「ぐっ……」


「? どうかなさいましたか、ニック様?」


「いや、何でもない。続けてくれ」


「そうですか? では……パンキーモンキーは近い動物で言えば猿ですが、首が無く頭が胴体と完全に一体化しており、遠目には丸い体に長い手足と尻尾が生えているような見た目の魔物でございます。茶色の体毛が木々の間を高速で跳ね回る際に擦れ合い、その際にパチパチと音がすることから――」


「つまり、アレだな?」


 クローニンの言葉を遮り、ニックが視線を宙に向かわせる。するとすぐに静かな森にパチパチという音が聞こえ始め、同時に茶色い毛むくじゃら達が木々の端々からその姿を覗かせ始める。


「嘘、囲まれてる!?」


「これは……申し訳ありませんお嬢様。私の警戒が足りなかったようです」


「まあそう悲観するな。むしろ向こうからやってきてくれたのだから、手間が省けたではないか」


 油断なく警戒するチェーンとクローニンを背に、ニックはニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。


「キキーッ!」


 そんなニックに一匹のパンキーモンキーが飛びかかったことで、遂に戦闘が開始された。

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