父、認められる
その後も二度ほど魔物の襲撃はあったが、それ以外は特に問題も無く護衛の依頼は終了した。無事に目的地の町に辿り着けたことに礼を言い、冒険者ギルドで手続きをするために一足先にその場を離れた商人の男を見送ると、残ったニックとチェーン達が互いに声を掛け合う。
「フンッ! アタシにかかればこの程度の依頼は楽勝ね! とはいえオッサンも多少は役に立ったみたいだし、認めてあげてもいいわよ!」
「はっはっは、それは光栄だな」
相変わらず上から目線の言葉遣いだが、ニックはそれを笑って受け流す。襲ってきた魔物が雑魚ばかりだったというのもあるが、実際ほとんどの魔物はチェーンの手によって仕留められている。十分な功績をあげた若者がその手柄を誇る姿を前にすれば、ニックの胸には思いきり褒めてやりたいという気持ちしか浮かばない。
「では……そうだな。認めてもらった礼というわけでもないが、この後一緒に食事でもどうだ? 儂が奢るぞ?」
「えっ、それってやっぱりアタシに興味があるってこと!?」
「まだ言うか」
「べーっ!」
頭をはたこうとしたニックの手をヒラリとよけて、チェーンがペロリと舌を出す。そのままクスクスと笑ってから、綺麗なカーテシーでニックに一礼した。
「せっかくのお誘いだけど、アタシはまだやることがあるの。お食事はまた今度にさせてもらうわ」
「そうか。では、いずれ機会があれば何か美味いものでも馳走しよう」
「言ったわね? メイル家の令嬢であるこのアタシを満足させようと思ったら、そんじょそこらの食堂じゃ足りないわよ? そうね……鉄級冒険者のオッサンじゃ逆立ちしたって入れないような高級店を期待しておくわ」
「ほほぅ? いいだろう。その挑戦受けてやろう」
蠱惑的な紅玉の流し目に、ニックはニヤリと笑って答える。頭の中に思い浮かべるのは、かつて勇者パーティであった頃に入ったことのあるいくつかの店だ。
「ふふふ。じゃ、またねオッサン! って、ああ。そうだ。別れる前に、一つだけ訂正しておくわ」
「ん? 何だ?」
去り際にふと足を止めたチェーンの言葉に、ニックは軽く首を傾げて問う。
「最初に会った時、才能無いからやめておきなさいって言ったけど、前言撤回するわ! 死なない程度に冒険者頑張りなさい!」
「フッ……ハッハ! そうかそうか。ああ、お主も達者でな」
「じゃーねー!」
「失礼致します、ニック様」
背中を向けて小さく手を振るチェーンと、しっかりと一礼してからその後を着いていくクローニン。そんな二人を見送ると、ニックもまた予定通り飲食街の方へと歩き出した。
『相変わらず貴様の周りは変わった者……というか、こう個性の強い者が多いな』
「そうか? まあ冒険者をやるような者は、大抵我の強い者だからな」
『む、そう言われればそうなのか』
集団の中で個を殺して埋もれるのを良しとするような人物は、冒険者には向いていない。普段パーティの補佐として目立たないような立ち位置にいる人物であっても、自己責任の範囲が重い冒険者としてやっていくなら必ず折れない芯のようなものを持っている。
もっとも、何故かニックが出会い関わる人物の持つ芯はやたらと図太かったり変な風にねじくれていたりすることは否定できない事実ではあるのだが。
「さて、そんなことよりまずは飯だ。ここは何か美味いものがあるだろうか?」
『好きなものばかりではなく、きちんと栄養を考えて食事を取るのだぞ?』
「はっはっは。そんな事を心配されるのはいつ以来か……当たり前だ。食事は体の基本だからな!」
オーゼンとたわいもない会話を交わしながらも、ニックは周囲の店を物色していく。一方その頃、チェーン達は一足先に冒険者ギルドへとやってきていた。
「では、こちらが報酬となりますので、ご確認ください」
「ありがと……うん、大丈夫ね」
受付嬢の目の前できっちりと硬貨の枚数を確認し、チェーンがその場を後にする。次に向かうのは無数の依頼が張り出されている掲示板の方だ。
「どう、クローニン? 何か適当な依頼はあったかしら?」
「はい、お嬢様。こちらなど如何でしょう?」
そう言ってクローニンが提示したのは、魔物由来の素材の収集依頼。募集人数の関係から単独での仕事にならないのは気になるが、それでも高めの報酬がなかなかに魅力的だ。
「んー、気になる事はあるけど、お金はいいわね。今は気分もいいし、それを受けましょうか」
「畏まりました。では、手続きをして参ります」
深々と一礼すると、すぐにクローニンが依頼を受理して戻ってくる。そのまま冒険者ギルドを後にすると、遅ればせながらチェーン達も食事をするために飲食街の方へと足を運んだ。
「今回の護衛の仕事は当たりでしたな」
「まあ、そうね。あのオッサンはいい人だったわ」
一歩後ろを着いてくるクローニンの言葉に、チェーンは振り返ること無くそう答える。
この見た目と性格から、チェーンは同業の冒険者に疎まれたり軽く見られることが非常に多い。そしてチェーンの実力を知ると、「小さいくせに」「女のくせに」生意気だと難癖をつけてくる冒険者も割といる。
これは銅級や鉄級には必然的に若い年代の者が多いのが大きな原因だ。ニックほどに成熟した大人であれば実力がある相手を侮ったりしないし、自分の娘ほどの年齢の相手が自分より強かったとしても嫉妬したりしない。才能という残酷な現実を自らの人生によって嫌と言うほど経験しているからだ。
だが、これが一〇代後半から二〇代中盤くらいまでとなると話が違う。まだまだ自分が強くなる未来を信じているだけに、自分より若く、小さな体が見るからに非力な女性が自分より強いという現実を受け入れられないのだ。
「いつもあのような方と一緒に仕事をできるのであれば、お嬢様が不名誉な二つ名をつけられることなどありませんでしたのに……」
「それは言わない約束でしょ? それに、そういうのだってあと少しの辛抱よ。銀級まであがれれば、くだらない事を言う奴なんていなくなるわ」
だからこそ、チェーンは上を目指す。銀級までいけば、容姿、年齢、性別などの外的条件で同業者を侮るような者はほぼいなくなる。もっとも、それはそれで逆に歳や外見に不釣り合いな実力を強く警戒されたりすることにもなるのだが、チェーンとしてはそちらの方がずっと快適に過ごせると思っていた。
「ま、そんな未来もそう遠くないわ! 見てなさい。ガンガン依頼をこなしてサクサク昇級して、あっという間に白金級まで上り詰めてやるんだから!」
「何処までもお供致します、お嬢様」
「あったり前でしょ! このアタシの執事なんだから、楽なんてさせないわよ? 散々こき使ってやるんだから、覚悟しなさい!」
「ふふふ、ご期待に応えられるよう全力を尽くします」
言葉の上では非道な主の物言いに、クローニンは静かに笑って答える。生まれたときから知っている己の主の本意など、今更確認するまでもない。
「よーし、今日はちょっと奮発しちゃおうかしら! 肉串行くわよ、肉串!」
「お嬢様、僭越ながら野菜もお食べになった方が……」
「……わかってるわよ。でも、ピーマンは駄目よ?」
「勿論心得てございます」
少しだけばつが悪そうな表情をするチェーンをそのままに、早速クローニンは敬愛する主のために美味しい野菜と肉の食べられそうな店を探すのだった。