表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
393/800

父、からかわれる

「今更な問いだが、お主その格好で戦えるのか? 見たところ武器も持っていないようだが」


 獲物を前に舌なめずりするチェーンを横目に、ニックはそんな心配を口にする。パニエによってふんわりと膨らんだスカートは足の動きを阻害しないかも知れないが、当然防御力は皆無であろう。


 服の上からでもわかる細腕は明らかに非力であり、白い手は格闘技どころか武器を持って戦うようにすら見えない。


 弱く小さく、ちょっとお転婆な貴族のご令嬢。だがそんな自分の外見を誰よりも理解しているチェーンはニックの言葉に激しく憤る。


「何よ、オッサンも人を外見で判断するわけ!? そりゃ確かにアタシみたいな淑女(レディ)を前にしたら、大抵の男が守りたいと思うのはわかるわよ? でも残念だけど、アタシはただ守られるだけのか弱い花じゃないの! いいからそこで見てなさい!」


「あ、あの、本当に宜しいので?」


 そんなチェーンの物言いに、依頼主である商人の男がクローニンの方に顔を向ける。だが問われたクローニンは平然としたものだ。


「ええ。もっと強敵であればともかく、ゴブリン程度であれば問題ないでしょう。それにいざとなれば(わたくし)も戦えますので、よほどの大軍か強敵が出ないかぎりは問題ありません」


「そうだな。儂もいるのだ。せっかくならばお手並み拝見といこうではないか。とは言え、巻き込まれないように馬車から離れてはいかんぞ?」


「はぁ。まあ貴方のような方がそう言うのであれば……」


 幸いにして、身長二メートルを超える筋肉親父は戦いに不慣れな商人の男から見ても絶対強者にしか思えなかった。そんなニックが余裕の態度を崩さないことから、彼もまた納得して馬車の中に身を隠し、その隙間から外の様子をうかがうことにする。


 自分が見えるということは相手からも見られるということで危険をはらむ行為ではあるが、流石に何も見えない状態で震えて待つのはそちらの方が怖かったからだ。


「ギャウ!」

「グギャギャ!?」

「ギャー! グギャー!」


 そしてそんなやりとりをしている間にも、ゴブリンが次々と姿を現してくる。馬車の前方を囲むように現れた六匹は鉄級冒険者であれば焦るような数ではないが……


(森の方にまだいるな。まあ伏兵と言うよりは様子を見ているだけであろうが)


 多少木々が生えているとは言え、半径一〇メートルも離れていないような場所でニックから気配を隠しきれるほどの実力がゴブリンにあるはずもなく、その配置は手に取るようにわかる。


 それは言い換えれば瞬きするほどの一瞬で全ての敵を殲滅できるということでもあり、だからこそニックは落ち着いてチェーンの次なる動きを見守っていた。


「さあ、ゴブリンちゃん? 悪いけどアタシの運動に付き合って頂戴!」


 そう言うなり、チェーンが両腕をバッと前に突き出す。するとその袖口から凄まじい勢いで鎖が飛びだし、近くにいたゴブリンの頭を一撃で打ち抜いた。


「ギャウ?」

「グギャ!?」


「まず二匹!」


 確実に仕留めたのを確認し、チェーンは更に腕を動かす。すると伸びた鎖は生き物のようにうねり、勢いを落とすこと無く宙で弧を描いて更に二匹のゴブリンの頭と胸を打ち貫く。


「ギャ!」

「ググォ……ッ!」


「四匹!」


 そこで流石に勢いを失い、鎖がだらりと地に落ちる。だがそれを意に介することなくチェーンがその身を回転させれば、胸を貫いた方のゴブリンが肉槌となって一匹のゴブリンの脳天に振り下ろされる。


「グペッ」


「五匹!」


「グ、グギャ!? グギャギャ……」


 一瞬で仲間を失ったことで、最後に残ったゴブリンがその場を逃げだそうとする。粗末な棍棒を投げ捨て背を見せて全力疾走を始めたゴブリンだったが……


「フンッ! 逃がすわけないでしょ!」


「ギュアア!?」


 その体に、余計なものがついていない方の鎖が巻き付き動きを封じる。そのままチェーンがグッと腕を引くと、高速で引き戻される鎖に全身の肉を削られ、絶叫と共に最後のゴブリンの命の火が消え失せた。


「どう? ざっとこんなもんよ!」


 最後に鎖を完全に袖の中に引き戻すと、チェーンがどうだと言わんばかりに胸を張って皆の方へと振り向いた。その時には森の中で様子をうかがっていたゴブリン達も既に逃げ始めており、戦闘終了を確認してニックがチェーンの方へと歩み寄る。


「凄いではないか! 感心したぞ!」


「フフーン! それほどでもある……って、何頭撫でてるのよ!?」


 つい頭を撫でてしまったニックの手を、チェーンの小さな手が思いきり打ち払う。


「おぅ、すまぬ。つい手が出てしまったのだ」


「まったく! どいつもこいつもアタシがちょーっと背が小さいからって子供扱いして! 失礼しちゃうわ! フンッ!」


「いや、本当にすまなかった。申し訳ない」


 思いきり拗ねて見せるチェーンに、ニックが本気で謝罪する。そんな様子を見かねてか、奥からクローニンがやってきて仲裁に入った。


「お嬢様、ニック様もこうして謝罪しておられることですし、お気をお鎮めください」


「……いいわよ。何かちゃんと謝ってくれてるし? ならそんな小さな事気にしないわ。そう、『小さな事』なんて『気にしない』わ!」


 一部の語気を強めて言うチェーンに、ニックは思わず苦笑する。


「ありがとうチェーンよ。にしても、さっきのは鎖か? 随分と不思議な武器だな」


 話題を変えるためにも、そして自身の興味からもニックはそんな疑問を口にする。


「ゴブリンの血糊がべったりとこびりついていた鎖を収納したというのに、袖口には血の一滴もついてはおらぬ。そもそもあれだけの長さの鎖となれば、普通に持ち歩くならばかなりの場所をとるはず。一体どうやっているのだ?」


「それは勿論……秘密よ!」


「秘密か……つまりはその服の下に秘密があるということか?」


 ニックの瞳がキラリと光り、それを感じたチェーンが両手で肩を抱いてズサッとニックから距離を取る。


「え、オッサン、まさかアタシの服を無理矢理脱がせて調べる気!? うっわ、最悪の変態じゃない!」


「ぬぉぉ!? ち、違うぞ!? そんなことするわけないではないか! ただちょっと鎖の仕組みが気になっただけで……」


「クローニン! 助けてクローニン! あの変態筋肉親父が、アタシの貞操を狙っているわ! 今すぐ去勢してやらなきゃ、アタシの柔肌が筋肉に蹂躙されちゃうわよ!?」


 チェーンの小さな体が素早く走り、クローニンの背後に隠れる。正しく怯える子供のようなその態度に、ニックは慌てて抗議の声をあげる。


「お主、儂の話を聞いていたか!? 鎖だ! 鎖の方に興味があっただけで、お主のような幼子に欲情などするわけないであろうが!」


「誰が子供体型よ! アタシの魅惑のボディが気に入らないっていうの!?」


「だからそういうことではなくて……」


「しくしくしく……ねえ聞いてクローニン。あのオッサンがアタシのこと子供だって、何の魅力もない女だって言うの。アタシだって好きでこんな体なわけじゃないのに……」


 クローニンの背に縋り付いたチェーンが、しくしくと鳴き声をあげて肩を震わせ始める。そんな姿を目の前にしては、ニックとしてはとても落ち着けない。


「あー、いや……あれだ! お主は……ほれ、十分に魅力的だぞ?」


「ホント? ホントにそう思う?」


「本当だとも! お主は十分に魅力的な大人の女性だ!」


「ならやっぱりアタシを襲おうとしてるってことじゃない! クローニン、こいつアタシに欲情してるわ! 今すぐ去勢しちゃって頂戴!」


 ニックの勇気ある告白に、チェーンがすぐさまクローニンの背後から飛びだしてニックに向かって指を突きつける。当然だがその顔に涙の跡など微塵もない。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」


『貴様よ……いくら何でも遊ばれすぎではないか?』


「お嬢様、ニック様は大変素直な方のようですし、流石にこのくらいで……」


「そう? ならこれくらいにしてあげるわ」


「お主、儂をからかっていたのか!?」


「あら、怒っちゃ駄目よオ・ジ・サ・マ? 女はこのくらい強かじゃなきゃ生きていけないんだから。うっふん!」


「何が『うっふん』だこの悪戯娘め!」


「きゃー! クローニン、筋肉親父に襲われるわー!」


 馬車の周りをグルグルと逃げるチェーンを、怒ったニックが追いかける。そんな二人のやりとりを依頼主の商人の男はオロオロと見つめ――


「お嬢様が楽しそうで何よりでございます」


 クローニンは深い皺の刻まれた顔を楽しげに歪ませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ