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父、護衛依頼を受ける

 念願の昇級を果たし、意気揚々と新たな旅に出たニック。そんな彼が次に立ち寄った町でしているのは……冒険者ギルドの依頼掲示板をじっくりと眺めることだった。


「むーん。今一つ手応えのありそうな依頼が無いな……」


『貴様に手応えのある依頼などまともな人類にこなせるとは思えんのだが?』


 せっかく鉄級になったのだから今まで受けられなかった依頼を受けてみたいと思うニックだったが、目の前に並んでいる依頼はどれもこれも代わり映えがしない。


「鉄級にあがれば一気に選択肢が増えるというから、もう少し何かあると思ったのだがなぁ……」


 目の前に張り出された依頼の紙をひととおり眺め、ニックは微妙にガッカリした声を出す。


 実際、銅級と鉄級では依頼の幅は恐ろしく違う。銅級に出される依頼は町の雑用や近隣での薬草採取、あとは精々ゴブリンなどの弱い魔物の討伐依頼くらいだが、鉄級になると遠隔地での素材の採取や多少奥まった地での魔物の討伐、あるいは護衛依頼などの所謂「町を離れる依頼」が増えるため、張り出される依頼の数もそこに書かれた仕事の内容も、銅級の頃とは数倍も違う。


 ただ、そうはいっても鉄級は鉄級。一人前と認められはしても熟練の戦士とまでは言われない級であるだけに、そこまで難易度の高い依頼はない。もしここにニックが手応えを感じられるような依頼が並ぶ冒険者ギルドがあるなら、そこに所属する冒険者だけで簡単に世界を支配できることだろう。


『というか、そういうことならサイッショやアリキタリで探した方がよかったのではないか? あるいはもう少し規模の大きな町に行って改めて探すか、だな』


「いや、あっちも流し見してはいたのだが、特に心惹かれるような依頼はなかったのだ。なのでこういう小さな町の方が却って未解決の依頼があったりするかと思ったのだが……ま、無いものは仕方あるまい」


 そう言って、ニックは掲示板に貼られていた依頼票を一枚剥がす。


『それにするのか?』


「うむ。どうせなら今まで受けられなかった護衛依頼を受けてみようかと思ってな」


 オーゼンの問いにこっそりと答えてから、ニックは受付に並んで依頼を受領する。当然ながら手続きには何の問題もなく、そうして翌日の朝。指定された場所に出向くと、そこには依頼主である商人と馬車、それにどうにも場違いな格好の二人組が立っていた。


「すまぬ。待たせてしまったか? というか、この者達は……?」


「いえ、時間通りですよ。で、こちらの方は――」


「何よ、アンタがアタシ達と同じ依頼を受けた冒険者ってわけ? 随分とオッサンじゃない!」


 商人の男の言葉を遮って声を出したのは、一五〇センチほどの身長をした少女。赤と黒で彩られた豪華なドレスに身を包む様は夜会に赴く貴族令嬢のようで、冒険者どころか町を歩くのにも適しているとは思えない。


 そんな少女がツインテールの金髪を振り乱し、紅玉(ルビー)のような大きな瞳を見開いてニックを指さし抗議の声をあげる。


「お嬢様、いけません! 初対面の方にそのような失礼な物言いは……」


 そんな少女をたしなめるのは、執事服に身を包んだ老齢の紳士だ。腰に細剣を佩いているためお嬢様と言われた少女に比べればまだ戦う者に見えるが、やはりこちらも冒険者というよりはただの執事である。


「クローニンは黙ってて! ねえ、アンタこの依頼を受けたってことは鉄級なのよね? その年で鉄級ってどうなの? いい年なんだから無理に夢にしがみつかないで、もっと安定した仕事を探したら?」


「おぉぅ……あー、この者達は?」


 凄い勢いで少女に詰め寄られ、ニックは勢いに押されつつ依頼主の方を振り返る。すると人の良さそうな商人の男は額の汗を拭きながらニックに向かって引きつった笑みを浮かべた。


「あ、はい。この方達は貴方と同じで私の護衛依頼を受けて下さった冒険者の方で――」


「私はチェーンよ! チェーン・メイル! アンタと同じ鉄級冒険者よ!」


「ほう? 鉄級にしては随分と若く見えるが……」


「あったり前でしょ! アタシは一七歳だもの! アンタみたいな夢も希望も未来もない中年と一緒にしないで頂戴!」


 値踏みするように目を細めるニックに、チェーンはドヤ顔で胸を反らす。本来ならば敵愾心を生みそうなその行為が背伸びをする子供のような微笑ましさしか感じさせないのは、チェーンの見た目が成せる技だろう。


「お嬢様が失礼致しました。私はチェーンお嬢様の執事兼護衛で、クローニンと申します。同じく鉄級冒険者となりますので、どうぞよろしくお願い致します」


 対して丁寧な物腰で頭を下げて挨拶をしたのは、執事服のクローニンだ。そんな二人の対照的な挨拶に、ニックは驚きつつも微笑んで言葉を返す。


「そうか。儂はニックだ。同じ鉄級冒険者として宜しく頼む」


「ああ、よかった。何とか落ち着いたみたいですね……それじゃ行きましょうか」


 そんな三人を見て、依頼を出した商人の男がホッと胸をなで下ろして馬車を出す。そのまま道を進んでいくが、護衛の仕事中だというのにチェーンがニックに話しかける言葉が止まることはない。


「えっ、オッサン四〇超えてるの!? その年で鉄級って、絶対冒険者の才能ないじゃない! 悪いこと言わないから町で力仕事とかした方がいいわよ。少しくらい稼ぎがよくっても、死んじゃったらそれっきりなんだからね!」


「ははは、忠告はありがたいが、心配無用だ。儂はこれでもそこそこに強くてな。鉄級なのは一年ちょっと前に冒険者になったばかりだからなのだ」


「ああ、一年縛り? あれ面倒よね。アタシみたいに実力のある人間がさっさと上に上がれないなんて、何て理不尽なのかしら! あの縛りさえなければ今頃アタシだって銀級……いえ、金級にだってなってたはずなのに!」


 鼻息も荒く胸の前で拳を握るチェーンに、ニックは思わず頭を撫でそうになった手を慌てて引っ込める。


「そう生き急ぐこともあるまい。お主はまだ若いのだから、ゆっくり登っていけばよいではないか。それに信頼というのはそんなに簡単に積み上がるものではないのだぞ?」


「そんなことわかってるわよ! でも、それが面倒だって言ってるの! だってそうでしょ? 信頼は個人と個人が作り上げるもので……他人が担保する信頼なんて、それこそ信頼できないもの」


 その言葉に、太陽のように明るかったチェーンの表情に一瞬だけ闇が宿る。ニックとしてはそれが気になったが、流石にあったばかりの相手にそこまで突っ込んだ質問はできないし、するべきでないことくらいは弁えている。


「でも、そっか。確かによく見ると随分いい体だし、装備も上等よね。何オッサン、ひょっとして騎士崩れとかそんな奴なの?」


 もっとも、チェーンの方はそんな事はお構いなしにニックの事情に踏み込んでくる。まるで子猫のように無邪気に無警戒に懐に踏み込んでくる様を、ニックは不思議と不快には感じなかった。


「そういうわけではないが、強くなる必要があったのでな。さて、雑談はこのくらいだ。どうやらお客が来たようだぞ?」


「あら、そうなの? クローニン?」


「ええ、どうやら団体様のご到着のようです」


 先頭を歩いていたチェーンが振り返りながら声をかけると、殿を務めていたクローニンがそういって微笑む。それを確認すると、チェーンは実に楽しそうに笑う。


「ふふ、オッサンとの話も悪くはなかったけど、丁度少し体を動かしたいと思っていたの。さあ、出てきなさい魔物共!」


「グギャギャギャ……」


 その声に誘われたのか否か、道に沿うように生い茂る木々の隙間から無数のゴブリン達が姿を現した。

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