父、新たな旅を始める
「邪魔するぞ」
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへ……って、ニックさん!」
見事鉄級への昇級を果たし、アリキタリの町まで戻ってきたニック。早速冒険者ギルドに顔を出すと、いつもの受付嬢が笑顔で対応してくれた。
「お帰りなさいニックさん。試験の方はどうでしたか?」
「ふふふ、見よ!」
ニックがドヤ顔で提示するのは、燦然と光り輝……きはしないが、メーガネットの手により磨かれたことでそれなりに光っているギルドカード。その上部にある小窓には確かに鉄級の証がはめ込まれており、それを見た受付嬢は手を叩いて祝福してくれる。
「わー! やりましたねニックさん! 昇級おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう。これも皆の助けがあったればこそだ。向こうでも向こうの受付嬢の娘によくしてもらったしな」
「ふふ、ニックさんの人柄があればこそですよ。ニックさんははじめからしっかりお話聞いてくれましたしね」
「はは、そう言えばそうだったな」
「ええ。意外といるんですよ? 『そんな事知ってるからさっさと登録しろ!』みたいに言ってくる人。で、そう言う人に限ってあとから『そんな事聞いてない!』とか言うんですよねぇ。本当に何なんでしょう?」
プリプリと口を尖らせる受付嬢に、ニックは静かに苦笑する。さて何と答えたものかと考え始めたところで、不意に背後から聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。
「たっだいまー! あー、疲れたぜぇ……って、おお?」
「ちょっと、何立ち止まってるのよベアル……って、あーっ!?」
「おお、お主達は!」
振り向いてニックが声をかけると、一年前より大きくなった同期の冒険者達がニックの方へと駆け寄ってくる。
「うわ、オッチャン久しぶり! 相変わらずでっけーなぁ」
「お久しぶりねニックさん。急にいなくなっちゃったけど、あれからどうしてたの?」
「ベアルにカリンか! 二人とも見違えるほど逞しくなったな。どうしていたかと問われると、世界を一周してきたと言うところか?」
「世界一周!? え、一年で!?」
「その話は気になるけど、女の子に逞しくなったって言うのはどうなの?」
「普通に褒め言葉だろ? カリンの足なんて、一年前に比べればぶっとく……イテェ!?」
ベアルのツンツン頭をカリンが思いきり殴りつける。カリンは弓使いのため厚手のグローブをしてはいたが、それでもかなり痛そうだ。
「女の子に足が太くなったとか、アンタ死にたいわけ!?」
「なんだよ、足が太いのは褒め言葉だろ!? ホムなんて全然筋肉がつかないってスゲー悩んでるんだし」
「男の子と女の子は違うの! 全く、ベアルはいつまでたってもそれなんだから!」
涙目のベアルに怒りながらそっぽを向くカリン。二人の子供……いや、若者の姿に、ニックは微笑ましい視線を向ける。
「相変わらず仲がいいな。他の者達はどうしたのだ?」
「あ、はい。すぐに来ると思いますけど……」
「お待たせみんな」
「ご、ごめんね。ボクが遅かったから……」
「フンッ! ホムはもっと体を鍛えろよな。でなきゃ僕みたいにトゲのローブは着られないぞ?」
「えっ、それは別に着たくないっていうか……」
「おお、お主達!」
カリンが言い終わるのとほぼ同時にやってきた残りの三人の元気な姿に、ニックは喜びの声を上げる。全てが自己責任で厳しい世界だけに、新人五人が全員無事に生き延びたというのは本当に嬉しいことだった。
そうして久しぶりの再会を果たしたことで、その後の話は大いに盛り上がった。ニックの旅の話に若者達が目を輝かせたり、ニックが昇級したことを聞いてシュルクが思いきり悔しがったり、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「あー、もっと話したかったけど、これ以上は流石にマズいよな。日がある内にやることやっとかないとだし」
「貴重なお話、ありがとうございましたニックさん! 凄い剣も見せてもらって……俺、本当に感動しました!」
嫌なことを思い出したとベアルが頭を掻き、ニックの魔剣『流星宿りし精魔の剣』を触らせてもらったソーマは感極まったように頭を下げる。
「あ、あの、改めて昇級おめでとうございました! ボク達もニックさんに負けないように頑張ります!」
「フンッ! お前程度、すぐに追いついてやるんだからな!」
ニックの冒険譚に一番熱心に聞き入っていたホムが祝福の言葉を延べ、シュルクはその負けん気の強さを遺憾なく発揮する。
「じゃ、またねニックさん! 森であったら薬草採取のコツを教えてあげるわ! ふふっ!」
そして最後にカリンが冗談めかしてそう言うと、新人冒険者達は冒険者ギルドを後にした。子供達の成長した姿を見届け、自身もまた冒険者ギルドを後にして歩き出したニックの胸には爽やかな思いが溢れている。
「子供の成長というのは、本当にあっという間だな。これは儂もうかうかしておれんぞ」
『ほう。常に成長を意識するのは実に素晴らしいことだが、具体的には何を目指すのだ?』
「うむん? そうだな。冒険者の成長と言えば、やはり昇級か? だが次の試験を受けるには最低でも一年はいるしな」
昇級試験を受ける条件は級があがるごとに増えていくが、その全てに共通するのが「今の級で一年以上の活動実績があること」だ。この条件があるため、実力さえあれば一気に階級を駆け上がるというのはできないようになっている。
「あとはまあ、苦手の克服などか? 儂の苦手となると、やはり魔法関係になるが……」
『あとは薬草の見分け方などだな』
「ぐっ、まだ言うか……真面目に聞くが、儂に薬草を見分ける能力は本当に必要だと思うか?」
『む? 無いよりはあった方がいいだろうが、優先順位としては限りなく低いだろうな。ただ魔力を感知する手段は持っておく価値はあると思うぞ? 「王能百式」の枠を消費してしまうのは論外だが、あの受付嬢の身につけていたもののように簡単に手に入る魔法道具があるのならば、持っておいて損は無いと思うが』
「ふむ。となると、次の目的地は魔法都市にでもするか」
オーゼンの言葉を受けて、ニックは頭の中に地図を思い浮かべる。一直線を全速力で走るならばあっという間だが、普通に歩くのであれば今回もなかなかの長旅だ。
『魔法都市か……この時代の最先端の魔法技術がどの程度のものか知るには丁度よさそうだ。それにそういう場所であればアトラガルドに関わる情報もあるやも知れん。
というか、むしろ何故今まで行かなかったのだ? もしも我が逆の立場であれば、真っ先にそこに向かおうとしたと思うのだが』
「あそこに行かなかった理由か……それは説明するより実際に行ってみた方がわかるだろう。あのごちゃごちゃした感じは言葉では説明しづらいからな」
『ふむ? 確かに貴様に言葉で説明されるよりは、自分で経験した方が万倍もわかりやすいのは事実であろうな。よし、では魔法都市とやらに行くぞ!』
「うむ。今回もまずまずの長旅だ。のんびり行くとしよう」
次に進むべき道が決まり、鉄級冒険者となったニックの旅が新しく始まる。果たしてその先に何が待ち構えているのかは……今はまだ誰も知らない。