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父、合格する

 試験の日から、三日後。自身の合否を確認するため、ニックは冒険者ギルドの前までやってきていた。


「いよいよか……少し緊張するな」


『ほう? 貴様が緊張とは珍しいな』


 神妙な顔つきで冒険者ギルドの扉を見つめるニックに、腰の鞄からオーゼンがそんな言葉をかけてくる。


「何を言うかオーゼン。儂だって人並みに緊張くらいするわ!」


『貴様が人並みを語るか!? あー、だがまあ、確かに連続で一〇回薬草採取を失敗した時は、これ以上無いほどに緊張していたようではあったが』


「ぐぬっ、まだ言うか! このっ!」


 ニックは素早く鞄の中でオーゼンの体をピンと指で弾くと、意を決して冒険者ギルドの内部へと足を踏み入れる。一刻も早く結果を聞きたかったが、かといって依頼を受けるために人が殺到するような時間は流石に避けたため、ギルドの中にはまばらに人がいるだけだ。


(ん? メーガネット殿はいないのか?)


 そんなギルドの中を見回すが、三人いた受付嬢はいずれもメーガネットではない。やむなくニックはその内一つに並ぶと、すぐに自分の順番がやってきた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「あー、それなんだが、メーガネット殿はおらんのか?」


 ニックのその言葉に、愛嬌たっぷりに笑顔を浮かべた受付嬢の表情がにわかに引き締まった。目つきはまるで敵を見るように鋭くなり、その声すら心なしか低くなったように感じられる。


「メーガネットに何か?」


「何……と言われると困るな。ちょっと話があるだけなのだが」


 試験の結果を聞くだけであれば、別にメーガネットからでなくても問題はない。だがニックとしてはせっかく試験官を務めてくれたのだからメーガネットの口から聞きたいという思いでそう言ったのだが、それを聞いた受付嬢の目はどういうわけだか更に厳しいものになる。


「話……ですか。あの、これだけは言っておきますが、メーガネットの査定は確かに厳しいですけど、間違いなく正当なものですからね? 文句を言ったからといって買い取り金額や依頼の達成条件を見直したりはしないですし、ましてや――」


「何をやっているんですか貴方は」


 と、そこで受付嬢の背後からメーガネットがやってくる。手にした書類で軽く頭を叩かれた受付嬢は、驚いた表情でメーガネットの方を振り返った。


「メーガネット先輩!? いえ、この人が先輩を出せって――」


「おお、メーガネット殿! 先日は世話になったな」


「いえ、こちらこそお世話になりました」


「あれ!? メーガネット先輩、この人とお知り合いなんですか?」


 自分を差し置いて明らかに好意的な感じで挨拶を交わす二人に、後輩受付嬢が意外そうに二人の顔を交互に見る。


「ええ、そうです。ニック様は先日の昇級試験で私が担当した冒険者で、同時に私の恩人でもあります」


「恩人はやめてくれ。儂はただ儂ができること、儂がしたいと思ったことをしただけだ」


「それでも、私にとって恩人であることは変わりありません。本当にありがとうございました」


 今日も身につけている単眼鏡(モノクル)をクイッとやりながらメーガネットが礼を言う。しかもその口元には、僅かではあるが笑みすら浮かんでいる。


「うえっ!? め、メーガネット先輩が笑ってる!? まさかそんな、ひょっとして……はっ!?」


 大きく目を見開いた後輩受付嬢が、そこですかさずニックに向かって頭を下げる。


「あ、あの、ごめんなさい! 私てっきりいつもみたいにメーガネット先輩に言いがかりをつけてくる人と勘違いしちゃって……あの、メーガネット先輩は確かに融通はきかないですしいつもムスッとしてますけど、でもこれで意外と可愛いところもあるんですよ! あと、実は甘い物が好きだったり……」


「……貴方、いつまでその無駄話を続けるつもりなのですか?」


「ひぃぃー! じゃ、じゃあここはお願いしますね先輩! ど、どうぞお幸せに!」


 メーガネットの単眼鏡がキラリと光ると、後輩受付嬢はそう言って逃げるようにその場を去って行く。その顔はどことなくにやけており、その背を見送るメーガネットは思いきりため息をついてからニックに向かって頭を下げた。


「ふぅ……うちの職員が無礼を働き、申し訳ありません」


「ははは、先輩思いのよい後輩ではないか」


「そう言っていただけると助かります」


 笑って答えるニックに、メーガネットは表情を動かすことなく答える。だがその身に纏った雰囲気は、以前に比べればかなり柔らかい。


「それでは早速ですが、試験結果の方を発表させていただきます」


「う、うむ。頼む」


「ニック様の試験結果は……」


 そこで一旦言葉を切り、メーガネットが溜めを作る。キラリと輝く単眼鏡を細い指先でクイッと持ち上げて……


「合格です」


「お、おお、おおお! そうか! やったか!」


 子供のようにはしゃぐニックを見て、メーガネットも思わず嬉しくなる。自分の査定では厳しいと思われたニックがどうして合格できたのかという疑問はあるが、ギルドマスターの決断に一介の受付嬢が異論を挟む余地などないし、そもそも試験官ではなく単なるメーガネットとしては、ニックが合格してくれたことは素直に喜ばしい。


「では、こちらが新しいギルドカードとなりますので、ご確認ください」


「うむ! ふふふ、これが鉄級のギルドカードか」


 ギルドカード上部にある級を現す小窓。その中身が確かに銅から鉄になっていることを確認し、ニックが満足げに微笑む。たとえ見た目としては小さな変化でも、それこそが努力の結果なのだ。


「おめでとうございます、ニック様」


「ありがとうメーガネット殿。これというのもお主が試験官を務めてくれたおかげだ。改めて礼を言わせてくれ」


「そんなことは……私はあくまでも規定に則って厳格に審査しただけで、合格したのはニック様の実力です」


「いやいや、そうでもないぞ? 最初の薬草採取の時、もし試験官がお主ではなく何も言ってもらえなければ、あのまま儂は失格していたのではないか?」


「それはまあ……」


 ニックの言葉に、メーガネットは口ごもる。あの時メーガネットが口を出したのは、ギルドマスターから「ニックの人となりを見極めろ」と言われており、最初の試験で失格されては見極めも何も無いという判断があったからであって、単なる善意などではない。


 あくまでも仕事として、規定にある救済方法を提示しただけ。何も間違ったことはしていないのに、屈託の無いニックの笑顔が意図せずしてメーガネットの心をチクリと刺す。


「……あれは、単に仕事をしただけのことですから」


「ああ、そうだな。だがどんな意図があったにせよ、とにかくお主は儂に声をかけてくれた。だからこそ儂は今こうして鉄級のギルドカードを手にしているのだ。その事に違いはなく、だからこそ儂はお主に感謝しておる。


 故に何度でも言おう。ありがとうメーガネット殿。お主が試験官でよかった」


「……ありがとうございます、ニック様」


 礼の言葉を交わし合い、追加で二言三言話してからニックが冒険者ギルドを去って行く。その背を見届けたメーガネットに忍び寄るのは、さっき余計なことを言って怒られた後輩受付嬢だ。


「あの、先輩? もし先輩がアレなんでしたら、私先輩のお仕事二時間くらい代わりますよ? って痛い!?」


「さっきから何を訳のわからないことを言っているんですか。そんな余裕があるのでしたら、溜まった書類を整理しなさい!」


「うぅ、私は先輩に幸せになって欲しいだけなのにー。確かにちょっと年上っぽいですけど、先輩の歳じゃもう選り好みは……」


 拳骨を落とされた頭を押さえて涙目になる後輩の言葉に、メーガネットの単眼鏡が再びキラリと光を反射する。


「わかりました。そこまで暇だというのなら、ギルドマスターに倍の仕事を回すよう提言しておきます」


「うわーん、メーガネット先輩のイジワルー! オーガ! デーモン! マジメガネー!」


 またも捨て台詞を残して、後輩が走り去っていく。隣の窓口や同僚からの呆れ声が聞こえてくるなか、メーガネットもまた大きくため息をついてから、優しく単眼鏡に指を触れる。


「まったくあの子は……フフ」


(ねえ、お祖父ちゃん。子供の頃は随分心配もかけたし、あの頃の夢とは違っちゃったけど……でも、私は楽しく仕事をしているよ)


 真面目で堅物、融通がきかず査定も厳しい、冒険者には今一つ不評な受付嬢。だが事務仕事をやらせれば人の三倍働くことから、同僚達からは割と愛されている単眼鏡(モノクル)の女。メーガネットの日常は、こうして今日も静かに流れていくのだった。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」


――なお、愛想笑いはセルフサービスである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ――なお、愛想笑いはセルフサービスである 各話の締め括りが素敵ですね。 思わずにやりとしてしまいます。 読み返す度に思います、この話の締めは特にいい。
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