父、捜索する
「まだ戻っていない?」
特に何事も無く依頼をこなす日々を過ごすニックだったが、ここ一週間ほどソーマ達の姿を見ていないことに気づいて受付嬢に聞いてみたところ、帰ってきたのは「未だに帰還していない」という返答だった。
「はい。予定では三日ほどで戻るはずだったんですが……」
「ふーむ……」
心配げな表情を浮かべる受付嬢の言葉に、ニックは顎に手を当て考える。
巣穴を潰しに行った以上、一日で帰ってくるということは無い。巣穴の中を確認するにも火で燻り出すという手段を使ったならすぐには突入できないし、巣を空けていたゴブリンが帰ってくる可能性を考えれば最低一昼夜は入り口を見張る必要がある。
また、予想以上に巣穴が広かったり入り組んでいたりすれば、更に半日から一日程度の時間がかかることはあっても不思議ではない。そこで大量の戦利品が出たり万が一ゴブリンに捕まった者などがいれば、その手当や護送に歩みが遅れることもあり得るだろう。
だがどれほど考えても一週間も戻らないのは異常だ。ましてやソーマ達は駆け出しの銅級冒険者であり、聞いた限りでは巣穴の位置も町からそれ程離れているわけでもない。つまり……
「全員が町へと帰還できない状況にあるわけか」
「ですね……」
二人とも、あえて「全滅した」という言葉は口にしない。だが新人が戻ってこないということは、かなり高い確率でそうなってるだろうとは思っていた。
「よし、わかった。儂が様子を見に行ってやろう」
「いいんですか? 報酬とかは出ませんけど……」
「なーに、構わんさ。儂がその日暮らしに困るような稼ぎではないことは、お主が一番良くわかっているであろう?」
「あはは、そうですね。それでは宜しくお願いします。場所は――」
空元気の笑い声をあげてから、受付嬢がニックに件の巣の場所を教える。多少森の奥まったところではあるが、普段ニックが散歩に行っているのは遙か先なので何の問題も無い。
「では、行ってくるぞ」
「行ってらっしゃいませ。気をつけて」
丁寧に一礼した受付嬢に背を向けると、ニックは門へと歩いて行った。急いた気持ちが少しずつ足取りを速め、あっという間に町の外へと出ると、一直線に目的地へと進む。
『無事だと思うか?』
「さあな。だが何も無いということはあるまい」
そう言って、ニックは腰の鞄の中にある銅製のギルドカードに視線を向ける。
『なるほど。そのためのギルドカードということか』
「肉は食い荒らされる。武具も知能のある魔物なら奪って使うであろう。だが金属の板でしかないギルドカードは魔物の興味を引かぬからな。ごく希にいる金属を食べるような魔物であれば別だが、ゴブリンならどうもせぬだろう」
『ふむ。にしても随分と冷静だな? 貴様のことだからもっと取り乱すのではないかと懸念したのだが……』
「娘と共に、ずっと旅をしてきたからな」
そう言うニックの表情には、隠しきれない哀愁が漂う。
『そうか。流石の貴様も死に神は殴れなかったか……』
「はっはっは。そうだな……殴って生き返らせたのは精々二度ほどだ」
『待て。今我の常識が根底から覆る台詞を聞いたのだが、気のせいか?』
「そんな細かい事は今はよいであろう?」
『いや、全くもって細かくはないぞ!? もうちょっと詳しく――』
聞き捨てならないニックの言葉にオーゼンが更にツッコもうとしたところで、ニックの足が止まる。ちょっとだけ早歩きをしたおかげか、この程度の雑談をしている時間で巣穴のところまでたどり着いてしまったようだ。
『ここがその巣穴か……随分と荒れているな』
オーゼンの言葉通り、巣穴の入り口付近には大量のゴブリンの死体が積まれており、それが更に獣に食い荒らされることで酷い状態になっていた。
『積まれているのはゴブリンの死体だけか』
「ゴブリン共が人間の死体をわざわざ横に避けたりせぬからな。少なくともここで競り負けたということでは無さそうだ。ふむ、先に近くを少し見て回るか」
そう呟いてニックが周囲を探索すると、程なくして野営の後と思われるところを発見した。だがそこでは戦闘した形跡はなく、寝込みを襲われたなどの可能性もこれで消える。
「となると巣穴の中で何かあったか?」
『燻し方が甘くて巣穴に大量のゴブリンが生き残り、踏み込んだ際に襲われた可能性はどうだ?』
「状況としてはありそうだ。が……であれば入り口に見張りがいないのがおかしい。奴らの思考は短絡的だ。毒でも流して二度と住めないようにしたのならともかく、燻した程度では煙が抜ければまた同じ所に住み着くからな」
『貴様に短絡的と言われるとは……まあ確かに相当に知能は低そうだったがな』
「それは正確ではないな。奴らは頭が悪いのではなく、知恵が回らぬのだ。目の前にあるものはそれなりに使えるが、そこから先に発展させることができぬと言うか……まあその辺はどうでもよかろう。よし、入ってみるか」
言ってニックは腰に下げたランタンに光を灯す。火ではなく魔石を燃料として光を放つ魔法のランタンは銅級冒険者が使うには贅沢に過ぎる魔法道具だが、ニックの稼ぎであれば何の問題も無い。
『気をつけるのだぞ……巣穴を崩さぬようにな』
「わかっておる……ん? それは心配の方向性が若干違わぬか?」
『貴様の気のせいだ。ほれ、さっさと行かぬか』
「むぅ。まあよかろう」
ゴブリンの身長は人間の子供程度であり、それが丁度いいと感じる大きさの巣穴はニックの巨体にはかなり窮屈だった。一応入れないこともないが、腰をかがめ肩をすぼめたその姿勢は大幅に行動を制限されている。
「せ、狭いな……」
『貴様が無駄に大きいからだ』
「それこそどうしようもあるまい! くっ、ソーマ達がいるかも知れぬと言うことでなければ、全部まとめて吹き飛ばしてしまうのだが……」
『……本当にやらんだろうな?』
忌々しげに言ったニックに、オーゼンは思わず心配して声をかけてしまう。
「やるわけなかろう。山の斜面にできた巣穴で天井を吹き飛ばすとなれば、山ごと吹き飛んで大災害になってしまうではないか」
『そうか。やらないだけで、できないわけでは無いのか……まあ貴様だから……む?』
と、そこで不意にオーゼンの言葉が止まる。併せてニックも足を止め、周囲に意識を向けながらもオーゼンに問う。
「どうしたオーゼン? 何かあったか?」
『これは……いや、そんなはずが……』
「オーゼン! どうしたというのだ!」
少し強めのニックの問いかけに、数秒の沈黙の後オーゼンが答える。
『おそらく……おそらくだが、この近くに百練の迷宮のひとつがある』
「ふむ? それは確かに僥倖だが、それと今の状況と何か関係があるのか?」
『うむ。その迷宮がだな……どうも起動しているらしいのだ』
「起動している? つまり誰かが試練に挑んでいるということか?」
『そうだ。だがそれが解せぬ。お主が現れた最初のひとつ以外、我を手にしていなければ試練に挑むことすらできぬはずなのだ。それが何故……』
そこまで言って、オーゼンが再び黙り込む。なのでニックは再び注意深くゴブリンの巣穴を探索する作業に戻った。不意打ちは怖くもなんともないが、ソーマ達の痕跡を見落とすのは致命的だ。ゆっくり丁寧に歩き、枝分かれした道の隅々まで目を配る。
そうして粗方探し終わり、最後の通路を抜けたところで――
「ふむ、そういうことか」
ニックの目の前の床で、見覚えのある魔法陣が淡い光を放っていた。





