父、試験を終える
「それでは、試験はここまでとなります。お疲れ様でした」
その後ニックがメーガネットを町まで連れ帰ったところで、一泊二日の昇級試験は無事に終了となった。完全に元通りの単眼鏡をクイッと動かしつつメーガネットが言えば、ニックもまた笑顔でそれに答える。
「いやいや、こちらこそ色々と手間をかけてすまなかったな」
「仕事ですのでお気になさらないでください。試験の結果に関しては、三日後以降に冒険者ギルドの方においでいただいて構わないでしょうか?」
「三日後だな。わかった」
「それでは、失礼致します」
「うむ、またな」
ぺこりと一礼してメーガネットが去って行く。その背を見送るニックに、腰の鞄から語りかけてくる声が聞こえる。
『まさかあの娘のために「王能百式」を使うとはな』
「何を言うかと思えば……元はお主が言い出したのであろう?」
若干皮肉めいたオーゼンの言葉に、ニックはニヤリと笑って返す。
「あの時、お主が『可能性の話だが、なんとかなるかも知れんぞ?』と言わなければ、儂にはあれを直すなど想像もつかなかった」
『だが、貴様は直したいと思っていたのだろう? 我はただ我にできることを貴様に提示しただけで、貴重な枠を消費してそれを実行したのは貴様の意思だ』
「ははは。目の前で泣く誰かの顔を笑顔にできたのだ。それより有意義な使い道などあるわけないではないか」
『本気でそう思っているところが、実に貴様らしいと言うべきか……ふぅ』
笑うニックに、オーゼンは呆れたように言う。歴代の王候補であれば絶対にとらないその選択は、オーゼンの知る「王道」とは大きくかけ離れたものであったが、そんなニックの……己の選んだ王候補の行動を、オーゼンは不思議と誇らしく感じていた。
「それにほれ、後付けではあるが、実際この能力はかなり有用なのではないか? 壊れた物を技術も資材も必要なしで即座に修復できるというのは、儂程度の頭で考えても破格の能力だぞ?」
『まあな。だが事前に説明した通り、決して何でも直せるというわけではないぞ? あくまでも条件を満たした物のみだ』
「わかっておる。えーと、壊れる前の段階で儂が直接触れたことがあるもので、壊れてから三〇分以内であること。あとはどんな状態でも構わんから、破片などが九割以上残っていることだったか?」
『そうだ。更にもう一つ王能百式を使って大量の魔力をため込める能力を得れば直せる範囲も広がるであろうが、正直魔力の運用効率が悪すぎてそこまでは薦められん。あくまでもやむを得ない場合の最後の手段と心得よ』
「うむ」
オーゼンの言葉に、ニックは深く頷いてみせる。直す手段があるからといって、気軽に色々な物を壊していいということにはならない。物に込められた想いを蔑ろにするような行為を、オーゼンと共に旅をするニックがするはずもなかった。
「さて、では……三日後か。その間どうするか?」
『以前に来た時は城に直行であったし、この際町を見て回るのもいいのではないか?』
「そうだな。どのみち試験の結果が出るまでは依頼も受けられんし、しばらくはのんびりと観光でもするか」
『フフフ、ついでに薬草のことをもう一度学び直してもよいのだぞ?』
「ぐぬぅ……」
からかうオーゼンの言葉に、ニックの手がそっと鞄の中へと侵入していく。そうしてニックにだけ聞こえるオーゼンの叫び声を浴びながら、二人は王都サイッショの町並みへと消えていった。
「――以上が今回の試験の内容となります」
「そうか。うん、ご苦労様。じゃ、もう仕事に戻ってくれたまえ」
一方その頃、サイッショの町の冒険者ギルド内部では、帰還したメーガネットによってギルドマスターに対する試験内容の報告が行われていた。ひととおりのことを話し終えたメーガネットが一礼して退室しようとするも、そこで彼女は珍しく足を止めてギルドマスターの方を振り返る。
「あの、ギルドマスター?」
「ん? 何だいメーガネット君?」
「ニック様は……昇級できそうなのでしょうか?」
その意外な問いに、ギルドマスターの男は軽く驚きの表情を見せる。
「ほう? 君はあの冒険者の事が気になるのかい?」
「それは……申し訳ありません。出過ぎたことを言いました」
頭を下げて謝罪するメーガネットに、ギルドマスターは軽く笑って答える。
「ははは、気にしなくていいよ。でもニック君を昇級させるかどうかは君の報告を聞いてこれから私が判断することだから、残念ながら答えることはできないな」
「わかっております。では、通常業務に戻ります」
「うん。急ぎの書類だけ片付けたら午後は半休でいいからね。お疲れ様、メーガネット君」
今度こそ部屋を出て行くメーガネットを見送り、ギルドマスターは軽くため息をつく。
「ふむ。あのメーガネット君がそんな質問をしてくるとはね……この変化は良いか悪いか、君はどう思うかね? ミハール君?」
その言葉に、執務室の隅から突如として人影が現れる。元銀級冒険者にしてずっとニックを見張っていたもう一人の試験官、ミハールだ。
「自分としては、悪いとは思いませんね。メーガネット嬢はあまりにも真面目すぎる。少しくらい他者に関心を持つようになる方が健全ですし、その程度で仕事に私情を挟んだりはしないでしょう。実際今回の報告も非常に誠実な……というか、正直かなり厳しい評価でしたしね」
ギルドマスターに問われ、ミハールは苦笑しながらそう答える。ニックとメーガネットの間に何があったのかを大体知っている身としては、あれだけのことがあったにも関わらずメーガネットの報告に一切の私情が入っていなかったのは、彼からすればむしろ驚きであった。
「ふむ? ではその辺も踏まえて君の報告をお願いするよ」
「わかりました。ではまず最初の薬草採取からですが――」
ギルドマスターに請われ、ミハールもまたずっとニックを観察し続けた内容を報告していく。その内容そのものは当然ながらほとんどの点でメーガネットと共通でありつつも、ニックに対する評価は大きく異なる。
「なるほど。ミハール君が言うのであれば、ニック君の戦闘力は本物ということだろうね」
「はい。メーガネット嬢は気づけなかったようですが、そこは責めないであげてください。むしろ一般人の視点としてはメーガネット嬢の方が正しいですからね」
「そんなことはしないさ。しかし、元銀級冒険者であるミハール君より強く、そのうえで多数の驚異的な能力を持つ魔法道具を所持している銅級冒険者か……謎が深まるばかりだねぇ」
「なら、昇級は見送りですか?」
問うミハールに、しかしギルドマスターの男は首を横に振る。
「まさか。薬草採取にこそ問題があったようだけど、そこ以外は完全に鉄級冒険者の水準を超えている。そして苦手な分野に関してもそれを打開する魔法道具を活用しているとなれば、昇級させない理由なんてないじゃないか」
冒険者ギルドの行う銀級までの昇級試験は、基本的に「未熟な者に何が足りないのかを自覚させ、成長を促す」ためのものだ。金級以上の「選別して振り落とす」試験とは違うのだから、必要十分な実力を示した相手を昇級させないという選択肢は無い。
(それに……)
言葉を発すること無く、ギルドマスターの視線がそっと執務室の引き出しに向かう。昨日届いたその手紙は、恐れ多くも王家の印章で封蝋が為されたものだ。
(キレーナ王女とベンリー殿下が身元を保証され、王国最強の騎士であるリダッツ様が実力を保証するとは……)
「ギルドマスター? どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ。とにかく後はこちらで処理するから、ミハール君ももう戻ってくれていいよ。今日は半休でいいから、奥さんと子供にたっぷりとサービスしてくるといい」
「おお、それはありがとうございます」
結婚を機に安定と万が一の保証を求めて冒険者からギルド職員へと転職したミハールだけに、ギルドマスターの言葉を受けて嬉しそうに笑う。そんな彼も退室し、本当に一人きりになった執務室で、ギルドマスターは一人大きくため息をついた。
(謎が全て解けたわけではないけれど、王家も関わるような相手に深入りなどしても碌な事などない。この手紙を厳重に保管している限りは何かあっても私やギルドが責任を問われることはないのだし、ここは長いものに巻かれておくことにしようか)
冒険者ギルドは独立独歩の存在ではあるが、別に権力者と敵対しているわけではない。脅しならば突っぱねるが取引には応じるし、ましてや悪事でもない「お願い」ならば、拒否する理由の方がない。
「さて、手続きに必要な書類は何処にしまったか……」
乱雑に積まれた書類の山から必要な物を探しつつ、ギルドマスターの男は今日も忙しそうに書類にペンを走らせ続けるのだった。