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父、申し込む

 結局ニックがサイッショに辿り着いたのは、アリキタリの町を出発してから一週間後のことだった。これは最初にこの道を通ったときの「一日」と比べれば格段な進歩(・・)だが、それでも馬車移動の倍ほどの速度となる。


 とは言え先日マンナーカーンからココマデルへの救援に向かう時の速度に比べればずっと遅かったため、オーゼンが不平を言うこともなく……感覚が麻痺したとも言える……目的地へと到着し、ニックは王都サイッショの冒険者ギルドへと顔を出した。


「邪魔するぞ」


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」


 いつものやりとりを経て建物の中に入ったニックは、そのまま受付の所へと歩いて行く。昼を少し回ったところという一番人の少ない時間帯だったこともあってか、他に並んでいる人物はいなかった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ニックに対応したのは、きつめの目つきと感情の乏しい表情が冷ややかな印象を与える二〇代中盤くらいと思われる受付嬢。その左目には珍しい単眼鏡(モノクル)を身につけており、その真面目で固そうな雰囲気は冒険者ギルドの受付嬢としてはかなり珍しい。


「昇級試験を受けたいのだが、可能か? ここならば早めに対応してくれるとアリキタリのギルドで教えられたのだが」


「早め……ということ、個別試験のことでしょうか?」


「個別試験? 何だそれは?」


 首を傾げたニックに、真面目そうな受付嬢が単眼鏡をクイッと持ち上げてから説明する。


「個別試験とは、集団で受ける通常の昇級試験とは別に、個人、あるいはパーティ単位で受ける昇級試験となります。審査基準そのものは変わりませんが、試験を受ける冒険者側が試験官を雇用する形になりますので、試験日程を指定していただくことができます。何らかの事情で集団受験が難しい方や、なかなか日程の調整がつかない貴族の方などが主な利用者ですね」


「おお、そんな制度があったのか! ……というか、それはアリキタリでは受けられなかったのか?」


「個別試験は一定以上の規模の冒険者ギルドでしか実施しておりません。お金をいただくとはいえ突然職員が通常業務から引き抜かれるわけですから、それを穴埋めできる規模でないと実施できないのです」


「なるほど、そういうことか。ならば是非ともそれをお願いしたいのだが」


「畏まりました。ではまずギルドカードの提示をお願い致します」


「うむ、これだ」


 言ってニックが腰の鞄から取り出したギルドカードを受け取ると、真面目そうな受付嬢はそれを受け取り……そして二度三度とニックとギルドカードを見比べる。


「……銅級?」


「ん? そうだが、何か問題があるのか?」


「いえ、何も……ということは、お申し込みになるのは鉄級への昇級試験ということで宜しいですか?」


「無論だ。飛び級できるならしたいところだが、無理なのだろう?」


「飛び級制度はもう何百年も前に廃止されておりますので……では、少々お待ちください」


 そう言って、受付嬢はギルドカードを手に扉を隔てた奥の部屋まで向かう。そうしてそこに安置された魔法道具にギルドカードを差し込むと、装置上部にギルドカードに記録されたニックの情報がずらりと表示されていった。


(登録はアリキタリの町で、登録からの経過日数は問題なし。依頼ノルマの未達も存在せず。これなら問題は……ん?)


 上から順に目を通していった受付嬢だったが、ふとそこに記録された情報に違和感を覚える。一度気づいてしまったそれは芋づる式に問題を発覚させ、受付嬢はその場で何度も単眼鏡をクイクイさせながら悩み始めてしまう。


「おや、メーガネット君。どうしたんだい?」


「あ、ギルドマスター」


 と、そこに通りかかって受付嬢ことメーガネットに声をかけたのは、このサイッショの町の冒険者ギルドのギルドマスターだ。


「対人業務以外で君が悩むとは珍しいね。一体どうしたんだい?」


「それが……こちらを見ていただけますか?」


「いいとも。どれどれ……っと、これはまた……」


 表情に愛想がなく対応がかっちりとしすぎているため受付嬢としての評判こそ芳しくないが、こと事務仕事に関しては抜群の適性を見せるメーガネットが悩んでいた理由に気づき、ギルドマスターもまた苦い顔をする。


「たった一年の活動期間で、エルフの国まで出向いた上に海の方へと戻り、更に獣人領域の奥までいってここに戻ってきたと……これはなんとも、非常識な行動力だね……いや、いっそ移動力と言うべきか?」


 ニックのギルドカードに記載されていた依頼の達成履歴……そこに記載されている「依頼を受けた場所」の部分が、あまりにも常軌を逸している。


「貴族様が専用の馬車を使ってもとてもこの期間でこの距離は移動できない。一応金級以上の冒険者が本気で急げば不可能ではないだろうが……このカードの持ち主の級は?」


「銅級です。今回は鉄級への昇級試験、それも個別試験を受けたいということですが」


「銅級!? それは……いや、うーん……」


 メーガネットからもたらされた情報に、ギルドマスターは更にその表情を険しくする。


 常識的に考えれば、こんな滅茶苦茶な情報など改ざんされたものとしか思えない。その場合は冒険者ギルドが秘匿しているギルドカードの仕組みが外部に漏れたということになり、場合によっては国すら越えた大問題になりかねない。


 だが、もし誰かが改ざんしたのであればこんな滅茶苦茶な内容にするはずがない。ましてや昇級試験を受けるというなら内部情報を精査されるのは当然なのだから、ギルドカードを改ざんできるなどという特級の情報を漏らす理由が存在しない。


 では何らかの不具合かと言われると、それもおそらく違う。このカードに記載されている情報は依頼を受けた場所こそ異常だが、それ以外は全て正規の手続きによって成されている。念のためここに記載された全てのギルドに情報を問い合わせてみる必要はあるだろうが、その返事が全て戻ってくるまでには普通に半年や一年はかかるだろう。


 つまり、そういう距離なのが問題であり、それ以外には問題がないことがまた問題なのだ。


「よし、わかった。ではメーガネット君。君がこの人の昇級試験の試験官をやりなさい」


「私がですか?」


「ああ。君ならば不正に関わることはないだろうし、普段の融通の利かない言動も試験官としてならむしろ安心材料だ。君が直接この人と触れ合い、そして見定めるんだ。頼めるかね?」


「わかりました。仕事ということであれば謹んで引き受けさせていただきます」


 ギルドマスターの言葉にそう答えると、メーガネットは魔法道具からニックのギルドカードを取り出し、ギルドマスターに一礼してからその場を去っていく。


「…………彼女一人に任せきりというのは少し不安が残る、か。件の冒険者の監視に一人くらいはつけるとして……あとは念のために関係各所にも問い合わせてみるか? どこぞの組織が古代遺跡の転移陣の解析に成功したのかも知れないしな」


 そんな事を呟きつつ、ギルドマスターもまた己の執務室へと戻っていく。その気遣いがどんな影響を及ぼすのかは……今はまだ誰も知らないことであった。

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