魔王、また会議をする
「それでは、定例の魔王軍幹部会議を始めるでヤバス」
「ぱちぱちー……ねえ、これ毎回やんないと駄目?」
「駄目でヤバス。自分で始めたからには最後までやり遂げてもらうでヤバス」
「だっるぅ……まあいいけど」
魔族領域の奥深く、魔王城の会議室に今日も微妙に気の抜けたやりとりが響く。そんな幹部達をゆっくりと見回しつつ、まずは魔王が会話の口火を切った。
「さて、では最初の議題だ。これは勿論先日の獣人領域への侵攻作戦のことだが……」
「コツコツコツ。それはワガホネから説明するのでアール」
魔王が視線を向けると、いつもと変わらぬ姿のボルボーンがそう答える。が、そんなボルボーンに声をかけたのは未だ小さいままのマグマッチョだ。
「おうボルボーン。お前派手にやられたって聞いてたけど、随分平気そうだな?」
「当然でアール! たかだか全身の骨を塵になるまで砕かれた程度でワガホネがどうにかなるわけないのでアール」
「まあそうか。俺様だってその程度じゃ死なねーしな」
(いや、普通は死ぬんじゃないか……?)
二人のやりとりに内心そう呟く魔王だったが、それを口に出したりはしない。ちなみにヤバスチャンも灰になった程度ならば死なないため、「あれ、ひょっとして余、少数派!?」と脳内に戦慄が走ったのはここだけの秘密である。
「では報告でアールが……残念ながら作戦は失敗でアール。王都そのものにはそれなりの被害を出せたでアールが、一番肝心な人的被害はほとんど与えられなかったでアール」
「ふむ。また失敗か……」
魔王の発したその呟きに、場の全員がにわかに言葉を失う。
「敗因は何でヤバス?」
「幾つか考えられるでアールが、もっとも致命的なのはやはりあの筋肉親父の存在でアール。あいつさえいなければ、たとえワガホネが倒されたとしても『狂いし暴虐の骨』で毛むくじゃら共にもっと致命的な被害を与えられたはずでアール」
「くそっ、またあの親父か! 俺様の力が戻ってりゃ、今すぐにでもぶん殴りにいくんだが……」
「そんなちっちゃい体で行ったら、ソッコーで負けちゃいそうだよねー」
「うるせぇギャルフリア! ナリは小さくても俺様の筋肉は密度が違うんだよ!」
「そんなの知らないしー。暑っ苦しいからあんまり寄らないでよマグマッチョ」
「ケッ」
「落ち着け二人とも。しかしこれは間違いなくゆゆしき事態だ。勇者ではない相手に、まさか二度も続けて魔王軍が大敗を喫するとはな」
じゃれ合う二人をそのままに、魔王は真剣な表情で考え込む。過去の歴史が敗北の歴史である以上、育った勇者やそれを含む軍隊に対して魔王軍が負けたことは幾度となくある。だが勇者ではない単独の個人を相手にここまで負けるというのは史上類を見ない危機的状況であった。
「ボルボーン、その筋肉親父……ニックだったか? その人間の戦士は倒せると思うか?」
「無理でアール。少なくとも今回と同規模の軍勢……一国を余裕で攻め落とせる戦力を向けたとしても、あっさり返り討ちにあって終わりでアール」
「ああ、そうだろうな。あの親父は強かった。雑魚をどれだけぶつけても意味があるとは思えねぇ。やるなら強者が真っ向から叩き潰すのがいいだろうが……」
「ふむ……」
ボルボーンとマグマッチョの言葉に、魔王は再び考え込む。軍を用いたボルボーンも、個として最強であったマグマッチョもニックには敗れている。そうなると少なくとも現状ではそれに対抗できる手札が魔王軍のなかには思い当たらない。
「フッフッフ。魔王様、そこは私に任せて欲しいでヤバス」
「ヤバスチャン? 何か考えがあるのか?」
意外なところからあがった声に、魔王はその視線をヤバい笑顔を浮かべる側近に向ける。
「勿論でヤバス。魔族に倒せないのなら、人間共に倒させればいいのでヤバス。そういうときのためにこそ、我が眷属達は人の世界にヤバいほど入り込み、ヤバすぎるほど時間をかけてヤバヤバな仕込みをしているのでヤバス」
「そんなんでいけるのか? 人間なんてごく一部を除けば吹けば飛ぶような雑魚ばっかりだろ? それであの親父を倒せるとは思えねぇんだが……」
「確かに殺すのは難しいかも知れないでヤバス。ですがものはやりよう。無力化するだけであればやりようはいくらでもあるのでヤバス。。
ただ、実行にはどうしても時間がかかるでヤバス。魔王様にはヤバしばらくご辛抱をいただくことになるでヤバスが……」
「わかった。ニックに関してはお前に任せよう。相変わらず勇者の動きが鈍い今、時間的な猶予はまだあるはずだ。焦ることなく確実に事を為せ」
「畏まりヤバス」
最近どうにも盛りすぎていて微妙にわかりづらいヤバスチャンの提案を魔王が肯定すると、それに応えるようにヤバスチャンが恭しく一礼する。その様子をマグマッチョは面白くなさそうな顔で見つめ、ギャルフリアは我関せずと爪を弄り、そしてボルボーンは何も言わない。
「では、次の議題だ。今期の食料生産状況と各地への配分についてだが――」
そうして会議は進んでいき、程なくして特にもめたりすることもなく終了する。皆がそれぞれの居場所に帰還するなか、ボルボーンもまた魔族領域の一角にある自宅へと戻っていった。
自分以外の誰も入ることを許さない部屋。その更に奥、深淵の闇へと続く隠し階段をボルボーンはゆっくりと降りていく。
「コツコツコツ。もうちょっと責められるかと思ったでアールが、今代の魔王陛下は随分とお優しい方でアールな……まあ、その方がワガホネとしてもやりやすいでアールが」
照明など存在しない闇の世界を、ボルボーンは迷うことなく歩き進む。その双眸は爛々と赤く輝いており、唯一の光源が暗い世界を深い血の色で彩る。そうして底まで辿り着くと、ボルボーンはコツンと足で床を踏み鳴らした。
「管理者権限によりゲートを起動。コマンドワード『骨沈下』」
瞬間、足下の闇が波打ちボルボーンの体がグズグズに崩れた闇に沈んでいく。その後姿を現したのは、世界の全てから隔離された真なる闇の内側にして、ボルボーンの本体が眠る場所。
そこは如何なる存在であっても不可侵。故にこそボルボーンは不滅。あの筋肉親父がどれほど理不尽な存在であっても、繋がっていないこの場所に辿り着くことなどできるはずがない。
「コツコツコツ。蓄積量はなかなかでアールな。やはり二つ使わせたのが大きいのでアール。これならば残り一つで……コツコツコツ」
闇の中で闇を見通し、ボルボーンが楽しげに骨を鳴らす。その音すら闇に溶けて消えるなか、ただ『それ』だけがその存在を主張する。
何も無いこの世界に、たった一つだけ在ることを許されたモノ。天の果てまで伸びゆく柱を見上げ、ボルボーンは静かに傅く。
「今度こそ……今回こそ蘇らせてみせるでアール。我が偉大なる創造主よ。コーツコツコツコツ」
幾星霜の時を超え、ボルボーンが背負うただ一つの使命。その達成が迫っていることに、ボルボーンは一人静かに骨を鳴らし続けていた。