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父、獣人領域を後にする

 未亡人からの情熱的なお誘いを軽く受け流し、明けて翌日。朝からミミルに昨日の話の続きをせがまれ、当然ニックはそれに笑顔で答える。身振り手振りも交え情感たっぷりに旅の話はミミルのみならずいつの間にかシポリンも聞き入ってしまい、ようやく全てを語り終える頃には時刻はすっかり昼を回ってしまっていた。


「とまあ、こんなところか。随分と長く話してしまったな」


「すごーい! おじちゃん、本当に世界を回ったんだ! すごいすごーい!」


「王都の方ではそんな大事件があったんですね……私達としては突然獣王様の声が頭に響いたかと思ったら、何だかよくわからないけど大変だから助けてくれてと仰って、その後は何の音沙汰もなかったので……」


「あー、あれ! あれ凄かった! でも私とお母さんは足踏みしちゃ駄目って村長様に言われちゃって……」


「はは、それはオサノ殿が正しいな。何度も力を送った者に聞いたが、あれはなかなかにキツかったらしいぞ?」


「そのようですね。村でも若い人達が何人か足を踏み鳴らしておりましたけど、全員が酷く辛そうな顔をしてましたので」


「私も陛下に協力したかったなぁ」


「ミミルはもうちょっと大きくなったらね。もっとも、そんな機会二度とない方が嬉しいけれど」


 不満げに頬を膨らますミミルの頭を、シポリンが優しく撫でる。


「そうだな。まあとにかく、皆の協力のおかげで王都もカール陛下も大丈夫だ。そこは安心するといい……む?」


 と、そこでキュルルっと小さく可愛い音が部屋に響く。その方向にニックが視線を向ければ、そこには顔を真っ赤にしたミミルがお腹を押さえている。


「うぅぅ……」


「あらあら。少し遅くなってしまったし、そろそろお昼を作りましょうか」


「おお、そういうことならいい物があるぞ。なあミミル、以前に儂がお主とした約束を覚えているか?」


「約束? えーっと……あっ、お土産!?」


 その答えに思い至ったミミルに、ニックはニヤリと笑いながら魔法の鞄(ストレージバッグ)から太い木の枝のようなものを取り出していく。


「そうだ。さっきの話のなかでも言ったが、海の方に行くことがあってな。そこでこれを買っておいたのだ」


 ゴトリと音を立てて、ニックがそれをテーブルの上に置く。それを前に……しかしミミル達は何の反応も示さない。


「ん? ひょっとして好みではなかったか? ふふふ、安心せよ。ちゃんと本命のお土産も――」


「キャッツオブシだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「うおっ!?」


 続けて魔法の鞄(ストレージバッグ)から荷物を取り出そうとするニックの動きを、ミミルの歓喜の絶叫が阻む。爛々と輝く目は大きく見開かれ、興奮してヒクヒク動く鼻は謎の木片……キャッツオブシに触れるか触れないかのギリギリのところで匂いを堪能している。


「お母さん! キャッツオブシ! キャッツオブシだよお母さん!」


「え、ええ。そうね。キャッツオブシね」


「私村のみんなに報告してくる! みんなー! ニックさんがキャッツオブシを持ってきてくれたよー!」


 戸惑う様子を見せるシポリンとは裏腹に、ミミルは空腹も忘れて家から飛び出していった。その勢いは止める間もなく、残されたニックにシポリンは恐る恐る声をかける。


「あの、ニックさん? 本当にこれ、いただいていいんでしょうか?」


「お、おぅ。構わんが……しかし随分な喜びようだな?」


「そりゃそうですよ! キャッツオブシと言えば私達猫人族(フェリシアン)の大好物ですから! それにこんな高価なもの、そうそう手には入りませんし……」


「高価? これ一つで銅貨一〇枚ほどだったが……?」


『距離を考えろ馬鹿者! 貴様だから簡単に行き来できるが、海に面した町からこんな内陸地まで荷を運ぶのにどれだけの金と時間がかかると思っているのだ!』


「ぬっ……」


 我慢できずに突っ込んできたオーゼンの言葉に、ニックは声を詰まらせる。


「ああ、海の方ではそんなにお安いんですね。この辺だとこれ一つで安くても銀貨一〇枚はします。おまけに距離があるのであらかじめ注文でもしていなければなかなか手に入らなくて、そうなると更に金額が……なので、キャッツオブシは滅多に手に入らないご馳走なんですよ」


「そ、そうか。ということは、これはマズかっただろうか……?」


 言いながら、ニックは次々と魔法の鞄(ストレージバッグ)からキャッツオブシを取り出していく。一つ二つの間は笑ってみていたシポリンだったが、それが一〇、二〇と続くと段々笑顔が引きつっていき、最終的には一〇〇本のキャッツオブシがテーブルに山を作ったのを見て完全に言葉を失う。


「村の皆で分けてもらえばいいかと思って少し多めに買ってきたのだが……シポリン殿?」


「……御殿が! キャッツオブシ御殿が建ってしまいます! 結婚しましょう今すぐに! もう細かいこととかどうでもいいですから、さあ! さあ!」


「おおぅ!? 落ち着くのだシポリン殿!」


「ニック殿ぉぉぉ! ミミルから聞きましたぞ、手土産にキャッツオブシを……おぉぉぉぉ!?」


 と、そこに年齢を感じさせない叫び声をあげながらオサノが家に入ってくる。そうしてテーブルの上に積まれているキャッツオブシを目の当たりにすると、そのままバタンと倒れてしまった。


「オサノ殿!? だ、大丈夫か!?」


「おぉぉぉぉ……キャッツオブシ……キャッツオブシの山が……すまぬ婆さんや、天国はそっちではなくここのようじゃ……」


「オサノ殿!? しっかりしてくだされ!」


 ぷるぷると手を震わせながらうわごとを呟くオサノの体を抱き留め、ニックが必死に呼びかける。その後意識を取り戻したオサノにより興奮冷めやらぬ村人達の手で大量のキャッツオブシが運び出されたり、シポリンが作ったキャッツオブシ料理をミミルと一緒に堪能したりして……そして夕方。旅支度を終えたニックは、村の入り口のところで見送りを受けていた。


「何と言うか、却ってすまんな。まさかあそこまで騒ぎになるとは思わなかったのだ」


「いやいや、ニック殿に落ち度はありますまい。ただあれほど大量のキャッツオブシを目にしたのは初めてで、皆興奮が収まらなかっただけですじゃ。周辺の村や集落などにも配って、皆で堪能させていただきます」


「うむ。是非そうしてくれ」


「おじちゃん、もう行っちゃうんですね」


「ミミル……そうだ、ちょっとこっちに来るのだ」


 妙に毛艶の良くなったオサノと笑顔で言葉を交わしてから、ニックは寂しげな顔をするミミルを手招きして呼び寄せる。それから魔法の鞄(ストレージバッグ)に手を突っ込むと、小さな木箱を取り出した。


「これをお主にやろう」


「私に? 開けてもいいですか?」


「無論だ」


 頷くニックに、ミミルがそっと木製の小箱を開ける。すると中にはキラキラ輝くピンク色の石がついた小さなブローチが入っていた。


「うわぁ、綺麗!」


「浜辺に落ちている貝やら何やらを磨いて作ったものらしい。宝石ではないので高価ではないが、お主に似合うのではないかと思ってな。まあキャッツオブシがあそこまで喜ばれてしまったのでは、見劣りしてしまうかも知れんが……」


 それはニックが用意していた本命のお土産。苦笑しながら言うニックに、しかしミミルはいそいそと自分の胸にブローチをつけ、満面の笑みでニックの顔を見上げてくる。


「どうです? 似合いますか?」


「ああ、よく似合っているぞ」


「んーーーーっ! ありがとうおじちゃん!」


 感極まって飛びついてくるミミルを、ニックは優しく抱き留める。


「前回と同じだ。今は別れるが、またこの村に立ち寄ることもあるだろう。その時もタップリと旅の話と土産を用意しておくから、楽しみに待っているといい」


「うん! 絶対ぜったい、また来てね!」


「おう、約束だ。では、またな」


「またね、おじちゃん!」


 思いきり手を振るミミルと頭を下げるシポリンに自らもまた手を振って返し、ニックは村に背を向け歩き始める。


『相変わらず気持ちのいい村だったな』


「ああ。最初に立ち寄ったのがここでよかったと本当に思う」


『……あの兎娘の里は大変だったからな』


「…………まあな」


 実はここに来る前に、ニックはパクリットとの約束を果たすべく兎人族(ラビリビ)の里も訪れていた。だが彼らからの熱烈な歓迎は色々な意味で熱烈であり、普通の男ならば大喜びのそれも、ニックからするとただただ困るだけであった。


 故にこの村に立ち寄ったのはミミルと約束していたということも勿論あるが、獣人領域の最後の思い出がアレなのはあまりにもあんまりだという理由がなかったということもなくもない。


『まさか男からも……いや、今更多くは語るまい』


「あの里での日々ほど『王の尊厳』を頼もしく思ったことはなかったぞ……さあ、とにかくここを抜ければすぐに基人族の領域だ。アリキタリまでもうすぐだぞ」


『うむ。やり過ぎぬよう、ほどほどに頑張るがいい』


 微妙に重くなった足取りを振り払うように、ニックは春の日差しを受けて一路アリキタリの町までの道を歩いて行くのだった。

兎人族(ラビリビ)の里でのエピソードはR-18になってしまうため次元の彼方に消し飛びました。感想欄に「わっふるわっふる」と書いても続きはありませんので、各自で自由にご想像ください(笑)

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