父、土産話をする
ニックが加わったことにより、当然ながらその後の狩りは大成功を収めた。デッドリーベアやビッグホーンディアなどの大きな魔物を何体も仕留め、村の男達は意気揚々とそれらの獲物を村の中へと運んでいく。
「おやおや、凄い獲物の量だね! こりゃあ料理し甲斐があるってものさ!」
「そうだろう? こんだけありゃ今夜の宴会どころか一月はゆっくり食えるぜ!」
魔法の鞄で運ぶかというニックの提案をあえて断り、汗を流して大きな獲物を担ぐ男が誇らしげに言う。そんな光景が幾つもの場所で繰り広げられており、ニックはその最後尾からゆっくりと村に入っていった。
「ふぉっふぉっふぉっ。わかってはおりましたが、これはまた凄い成果ですな」
「ふふふ、まあな。だが別に儂ばかりが働いたわけではないぞ? 若い者達が率先して危険に飛び込み、獲物も自らの手で運んだのだ」
「いやいや、流石にこの成果はニックさんがいてくれたからこそですよ! 何があっても絶対大丈夫って保証が背後にあるからこそ大胆に動けたわけですからね」
「そうかそうか。いや、皆本当によくやってくれた。では約束通り、今夜は宴会じゃ! とっておきの酒も出してやるぞ!」
楽しげなオサノ老の宣言に、村人達が更に沸き立つ。ニックもまた肉を捌くのを手伝ったり魔法の鞄から手持ちの酒を振る舞ったりすることで、その日の夜は賑やかに更けていき……
「さて、では儂はそろそろ戻らせてもらうか」
「何だよニックさん、もういいのか?」
「はは、ミミルの家に世話になるのだ。流石に酔っ払って行くわけにもいくまい」
「そうか。シポリンさんに宜しくな」
いい具合に酒を飲んでいた男にそう告げ、ニックは少し早めに宴席を後にする。そうしてミミルの家までいくと、そこではミミルとシポリンの二人が笑顔で出迎えてくれていた。
「いらっしゃいおじちゃん!」
「おう、来たぞ! すまんな、世話になる」
「はい。狭い家ではありますが、どうぞ」
飛びついてくるミミルを抱き留め、シポリンに招かれるままに家に入る。オサノ老が巨大な天幕の家だったのに対し、こちらはごく普通の木の家だ。
「ふむ、この家は普通の家なのだな」
「ああ、はい。村長様の家は集会場も兼ねておりますので、ああいう作りなんです。昔はどの家もあんな感じだったらしいんですけど、最近は半々くらいですね。若い夫婦が新築するなら大体はこういう家を選ぶらしいですけど」
「なるほどなぁ。儂としては個性のある住居も魅力的だとは思うが」
「ですね。小さな子供達なんかは、村長様の家にみんなでお泊まりすると凄くはしゃぐんですよ」
ニックの言葉に微笑みながら、シポリンがチラリとミミルの方に視線を向ける。
「もーっ! お母さん! そんなの凄くちっちゃい頃の話でしょ!?」
「ははは、よいではないか。子供は元気な方が可愛いぞ?」
「おじちゃんまで! むぅぅー!」
椅子に座って笑うニックに、激しく耳をピコピコさせながらミミルが頬を膨らませる。そのままニックの正面に座ると、すぐにその表情が好奇心いっぱいの笑顔に切り替わった。
「ねぇねぇおじちゃん! それよりおじちゃんは、この村を出てからどうしてたの? やっぱり色んな所を旅してきたんですか?」
「ん? ああ、してきたぞ。この一年で魔族領域以外はほぼ全部回ったか」
「本当に!? 聞かせて! 是非お話を聞かせてください!」
「いいとも!」
身を乗り出し瞳をキラキラと輝かせるミミルに、ニックはゆっくりと旅の話をしていく。町に向かい城に行き、砂漠を越え地下に潜り……その嘘のような大冒険に、ミミルはいちいち激しく反応してみせる。だが話が進むうちに、ミミルの頭がこっくりこっくりと揺れ始めた。
「そして……っと、今日はこのくらいにしておくか」
「ふぇぇ……私、まだお話聞きたいです……」
「そんな眠そうな顔で言われてもな。続きはまた話してやるから、今日はもう寝なさい」
「うぅぅ……でもぉ…………」
「そうよミミル。ニックさんは明日もいるんだから、今夜はもう寝なさい」
「お母さん……わかった。もう寝る……」
シポリンの説得にミミルはそう答えると、瞼をくっつきそうにさせながらもかろうじて両手を前に出す。
「抱っこ……」
「なんだ、随分と甘えん坊になったなミミル。では儂がベッドまで運んでやろう」
「ありがとうおじちゃん……」
ニックがひょいとミミルの体を抱え上げると、子供特有の高い体温がニックの腕や首に伝わる。そのままそっとベッドに運んで布団をかけてやると、すぐに可愛い寝息を立ててミミルは眠ってしまった。
「すみませんニックさん。お手数をおかけしてしまって」
「このくらい何でもない。しかしあれから一年経っているというのに、あの時よりも幼い感じがしたな」
「それは……きっと私が病気で伏せっていたせいで、大分無理をしていたんだと思います。ニックさんのおかげで今は私も元気になりましたし、久しぶりの再会ということではしゃいでいるのもあるかと」
「そうか。ま、子供は子供らしいのが一番だ」
少し暗い表情になったシポリンに、ニックはそう言って出されていたお茶を一口啜る。既に冷めてしまってはいたが、それでもハーブの後味がスッと喉を駆け抜けていく。
「さて、では儂もそろそろ休ませてもらうとしよう」
「わかりました。奥の部屋のベッドをお使いください」
シポリンに言われ、ニックは言われた部屋で横になった。そうしてやや小さめのベッドで眠りに入ろうとすると……
「何か儂に用かな? シポリン殿」
部屋の中に気配を感じ、ニックがそっと目を開ける。するとその視線の先には、薄衣一枚を羽織ったシポリンが立っていた。
「ニックさんに助けていただいたお礼をしようかと……」
「あー、すまんがその手の礼は遠慮させてもらえるか?」
「ニックさんに迷惑はおかけしませんよ? 仮にできてしまったとしても私が一人で育てますし、あの子も弟か妹が増えるのは喜んでくれるかと……」
「そういうことではなくてだな……儂には妻も娘もいるのだ」
「そうなんですか? それは……残念です。あの子も懐いているようでしたし、ニックさんならいい父親になってくれると思ったのですけど」
そう言いながら、残念そうに笑うシポリンのしなやかな尻尾がふにゃりと垂れ下がる。基人族が口に紅をさすように香油を塗り込んだヒゲも、心なしかへんにょりした。
「はは、せっかくの申し出だが、それは遠慮させてもらおう。それに儂などが父親にならなくても、ミミルはしっかりと成長しているではないか。お主がしっかりと愛情を込めて育てたからだ。儂などがそこに割り込んでも、却って邪魔になるだけよ」
「そんなことないと思いますけど……とは言え、ニックさんにその気がないのであれば無理強いはできませんね。逆だったならどんな抵抗をしても組み伏せられてしまいそうですが」
「勘弁してくれ。儂はそんなことせんぞ!? 嫌がる女性を組み伏せるなど、正直できる気がせん」
ドラゴンだろうがオーガだろうが、ニックの筋力があれば簡単に組み伏せることができる。だがどれほど力が弱かろうと、涙を流す女性を組み伏せることができるとはニックには到底思えなかった。
「あら、ならひょっとして、私がニックさんを襲ったら抵抗されずに倒されてくれるんですか?」
「ふっ。お主に捕まえられるほど儂はのろまではないぞ?」
「ふっ、くっくっく……本当に面白い人! 主人が亡くなってもう七年。貴方みたいな人であれば、この部屋の思い出にけりをつけられるかと思いましたけど……振られてしまったんじゃ仕方ありませんね。
では、おやすみなさい」
最後にそう言って一礼すると、シポリンが部屋を出て行く。その寸前でフォンと揺らした尻尾から甘い香りが立ち上ったのは、誘った女性としての最後の意地。
その残り香に包まれながら、ニックもまた眠りに就く。久しぶりに見た夢の中では何故か妻にジト目で見つめ続けられることになったが……それはまた別の話である。