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娘、父を語る

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 エルフの国にある、如何にも意識が高そうなこじゃれた飲食店。その一席に座ったフレイは、深々とため息を漏らしながらぐったりとテーブルに突っ伏していた。


「あぁ、疲れた……」


 あの後、謁見の間にてひとしきりブチ切れ倒したイキリタス王が愛娘達の「そんな事を言うパパには、もうおやすみのチューはしてあげないんだから!」「なの!」という言葉で真っ白に燃え尽きてしまったりと一悶着はあったが、それでも何とか無事に「世界樹の雫」を譲り受ける手筈は整えてもらった。


 だが勇者であるフレイがやってきたとなれば当然それだけで終わるはずはなく、その後数日にわたって城での夜会や有力者達とのお茶会などの予定が一気に入れられてしまい、貴重なアイテムを譲ってもらう手前断るわけにもいかないフレイはその全てを気合いと根性で乗り切った。


 そうして今、やっと全ての予定をこなしきったフレイはぐったりとしながら久しぶりの一人を満喫しているのだ。


「はい、おまちどお! 『偉大なるエルフの恵み 森の果実のゼラチナス』だ。我らエルフの妙技に感嘆しつつ、存分に味わって食べるんだぞ!」


「ありがと。うわっ、美味しそう!」


 そんなフレイの目の前に、最近この町で流行っているというデザートが運ばれてくる。半透明の緑のぷるぷる……これがゼラチナスらしい……のなかにまるで浮かぶように果実が入っているそれは目にも美しく、上に乗った白いクリームがいい具合のアクセントとなっている。


「んふー! おいひー!」


 それを一口スプーンですくって頬張れば、フレイの顔が幸せに蕩ける。見た目より若干硬めのコリッとした食感のゼラチナスの中に入っている果物はソースのようにトロトロに蕩けており、口いっぱいに広がる甘酸っぱさが何ともたまらない。甘めのクリームを合わせると絶妙に味わいが変わるのも高評価だ。


「流石人気になるだけあるわね。これはもう何回か通わないと……」


「失礼。ここに座っても宜しいかしら?」


 と、そこに声をかけてくる人がいる。そこに立っていたのはつぶらな瞳をした上品な感じの獣人の女性だ。軽く店内を見渡せばほぼほぼ満席で、他に座るところがないのだということがわかる。


「あ、はい。いいですよ」


「ごめんなさいね、せっかくお料理を楽しんでいたところを……」


「いえ、その、大丈夫です。ははは……」


 美味しい料理をうっとりと堪能していたことを指摘され、フレイは照れながら笑って誤魔化す。そんなフレイに微笑み返しエルフの店員に注文をしていく女性を、フレイは軽く眉をひそめて見つめ続ける。


(んー? 何処かで見たことがあるような……?)


「ふふっ、なあに? 獣人が珍しいのかしら?」


「へあっ!? す、すみません! そんなことは……あー、いや、でもこの辺だと確かに珍しい、のかな?」


 反射的に謝りつつも、フレイはそう言って首を傾げる。


「そうね。ノケモノ人の町くらいならまだしも、マケモノ人の町までくる同胞は滅多にいないでしょうからね」


 エルフの国のある精人領域は、基人族の領域を挟んだ世界の反対側とでも言うべき場所だ。精人も獣人も基本的に自分達の領域で暮らしているため、世界中を回っているフレイをしても精人領域で獣人にあったのは数えるほどだった。


「私がここに来たのは、仕事半分観光半分ってところかしら? 仕事の方は子供達に押しつけちゃってるから、私はこうして珍しいものを見たり美味しいものを食べたりしているだけだけど」


「ははは。いいんですかそれで?」


「いいのよ。あの子達だってもう言うほど子供ではないもの。それに独り立ちするのなら人との繋がりは大切だわ。どんな生き方を選ぶにしても、知己は多い方がいいもの」


「あ、それ凄くわかります! 本当にそうですよね」


 妙齢の獣人の女性の言葉に、フレイは深く同意する。勇者などということをやっていれば、人脈の重要性は否が応でも実感させられる。今回求めた「世界樹の雫」とて、イキリタス王との関わりがなければ手に入れるのは困難を極めたことだろう。


「そういう貴方は、その格好からすると冒険者の方かしら? 随分と若いように見えるけれど……」


「あー、まあ、はい。そんな感じです」


 ここで自分が勇者だと名乗ってしまうとせっかくの関係性が壊れてしまいそうな気がして、フレイは曖昧な言葉で誤魔化す。幸いにして目の前の女性はそれを気にした様子は無く、そのまま言葉を続けてくれた。


「いいわよねぇ、若いって。何でもできる気がするし、どんなことにでも挑戦できる。私の主人も今は落ち着いているけれど、貴方くらいの歳の頃はそりゃあもうやんちゃばっかりしていたのよ?」


「へー、そうなんですか?」


「そうよ。世界中旅をして回って、行く先々で問題を起こしたりもしてて……ふふっ、懐かしいわね」


 そう言って、女性が幸せそうに笑う。積み重ねられた年月の深さを感じられるその笑顔に、フレイは無意識のうちに憧れのような気持ちを抱いていた。


「貴方には、そう言う人はいないの? その年なら恋人の一人くらいいてもおかしくないでしょう?」


「アタシはそういうのは……今の言葉で思い出されるのも父さんのことですし」


 言われてフレイは苦笑する。恋人がいないというのもそうなのだが、何より「行く先々で問題を起こす」という部分がニック以外の連想を許さなかったのだ。


「お父さん? どんな人なの?」


「どんな……」


 その問いに、フレイは改めて父のことを考えてみた。生まれてからずっと一緒で、でもこの一年はずっと離れていた父のことを。


「早くに母さんを亡くした父さんは、その後ずっと一人でアタシを育ててくれました。何も知らないアタシのために、それこそ血を吐く思いで必死で努力して……そう言えば、あの頃は父さんのこと、ちょっとだけ怖かったなぁ……」


 頭に浮かぶのは、幼い日の思い出。おぼろげながら残っているフレイの記憶の中では、朝早くに出かけては全身ボロボロになって帰ってくる父の姿があった。


「ある日、父さんが血まみれになって帰ってきたことがあったんです。いつもよりなお酷くて、それこそ今にも死んじゃうんじゃないかってくらい全身が真っ赤で……アタシ、怖くて泣いたんです。一晩中、思いっきり」


 その時何故自分が泣いたのか、フレイはもうはっきりとは覚えていない。単に血まみれの姿が怖かったのか、それとも父まで死んでいなくなってしまうことが怖かったのか、あるいは苦しげな父の表情が怖かったのか……本当のところどうだったのかは、今となっては知る由もない。


「泣いて泣いて泣き疲れて、気づいたら朝になってました。目を開けたアタシが最初に見たのは、アタシの体を腕に抱いて泣きそうな顔でこちらを見つめている父さんの顔でした。


 目覚めたアタシに、父さんはひたすら『ごめん』と謝ってくれました。正直なところ、今になってもあの時の『ごめん』が何に対する謝罪だったのかわからないんですけど……でも、その日から父さんは綺麗な格好で家に帰ってくるようになりました。


 まあ実際には家から少し離れたところにある物置で体を拭って服を着替えていただけなので、ボロボロだったのには変わりないんですけどね」


 それに気づいたのは、フレイがもう少し大きくなってからだ。段々と強くなっていくことで着替える必要性がなくなり、いつの間にか忘れられていた着替えをフレイが掃除した時に見つけた事がきっかけとなる。


「……貴方のお父さんは、どうしてそんなに毎日ボロボロになっていたの?」


 その根本的な問いに、フレイは一度軽く目を閉じてから答える。


「アタシのためです。えっと……あんまり詳しくは話せないんですけど、とにかくアタシのために、アタシを守るためだけに父さんは毎日頑張ってくれてて……だから父さんを『どんな人か?』と言うなら、アタシの答えは一つです」


 幼い日から見つめ続けた父の背中、父の生き様。それはフレイのなかに「誰かのために頑張るとはどういうことなのか」というものを焼き付けた原風景。


「父さんは……アタシにとっての『勇者』です」


 勇者フレイの魂に刻まれた「原点」は、正しく父の存在そのものであった。

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