娘、貰いに行く
「うわぁ……」
一つ段階が進む度に何故か毎回足りない素材が一つ出てくる魔導船の改修作業。今回もまたレアアイテムの入手を求められた勇者フレイ一行は、三人揃ってエルフの国へと足を運んでいた。
そしてそんな一行を町の入り口で出迎えてくれたのは、そこからでもよく見える完成間近の巨大なエルフの石像だ。やたらイケメンなエルフ王がこれでもかとドヤ顔を決めるその像に、フレイは思わず変なため息を漏らしてしまう。
「あれ、また作ってるのねぇ……本当にエルフって面白いわぁ」
「何とも勇壮ですな。王の権威を示すというのであればこれ以上無い作品ですが……またということは以前にも同じようなものがあったのですかな?」
「あー。まあね」
ロンの言葉に、フレイはそっと目を逸らしながら答える。流石にニックが手間を省いて魔物を倒した結果ぶっ壊してしまったとは、如何に仲間とはいえ言いづらい。
「ふむ? では、これからどうしますかな? このくらいの時間であれば、とりあえず城に出向いて謁見の申し込みをしておくのも手ですが……」
フレイの微妙な反応に、ロンが空気を読んで話題を変える。当然フレイもそれに追従し、顎に指を当てて思案顔をしてみせる。
「そうね。先に宿をとってもいいけど、多分お城で部屋を用意してくれるだろうし」
「あの王様なら絶対そうなるわねぇ。姫様達もフレイに懐いてたしぃ」
「ふふっ、王様はともかく、あの双子ちゃんに会うのはちょっと楽しみかも。じゃ、行きましょうか!」
小さく笑ってリーダーたるフレイが方針を決めたことで、一行は石像に近づくことなくまっすぐに城へと進んでいく。門番の男に名を告げて王への謁見を申し込めば、すぐに三人は城の待合室へと通された。
そうして待つこと一時間少々。これほどの早さで一国の王との謁見が実現するのは、まさに勇者ならではと言えるだろう。
「やぁ、よく来たねぇ勇者フレイとその一行よ! このボクの美しい姿を忘れるなんてあり得ないけど、一応名乗っておこう。ボクがこの国の王、イキリタスだ!」
「勿論覚えております。お久しぶりです陛下」
高い位置にある玉座でふんぞり返るイキリタスに、フレイはきっちりと膝をついて挨拶をする。そんなフレイの姿にニンマリと笑みを浮かべたイキリタスは、親しげな口調でフレイに話しかけた。
「そんなに固くならなくてもいいよ。まあ確かに? 前回は不幸な、ひっじょーに不幸な出来事があったけれども? 悪いのは全部あの筋肉親父だからねぇ! 娘であり勇者である君にまで理不尽な報いを要求したりはしないさぁ!」
「あ、ありがとうございます。陛下の寛大なお心に感謝致します」
一方、それに答えるフレイの言葉はなんとなくぎこちない。単純に嫌みな相手だというだけならそんなものは笑って受け流せるフレイだったが、明らかにこちらが悪いとなれば開き直るわけにもいかない。
たとえフレイ自身が何かしたわけではなくても、ニックが石像をぶっ壊し、それを見たムーナが爆笑したという事実は変わらないのだ。
「で、今日は何の用だい? 忙しい勇者である君が、まさか遊びに来たってわけじゃないんだろう?」
「あ、はい。実はその、世界樹の雫を分けていただきたく……」
「世界樹の雫? そんなものどうするんだい?」
世界樹の雫とは、文字通り世界樹からとれる雫……正確には樹液だ。更に正確な話としては生態ユニットであるYggdrasill Towerの内部を巡る特殊な液体なのだが、それはエルフ王とて知ることのない事実である。
「はい。実は……」
理由を問われ、フレイはイキリタスに対してこれまでの経緯を説明していく。天空城にあった情報、海底にあるらしき遺跡、そこに辿り着くために巨人族に魔導船の改修依頼をしていること……それらは長命にて博識なるエルフをしてなお誰も知らなかった情報の山であり、全てを聞き終えたイキリタスは難しい顔をしながら大きな玉座にその背を預ける。
「ふぅ……なるほどねぇ。にわかには信じられない話だけど、君がボクに嘘をつく理由がない。となると本当なんだろうけど……ふむ」
「それで、どうでしょう? 世界樹の雫はいただけますか?」
「ん? ああ、いいぞ」
「そうですか。では……あれ?」
イキリタスの返答に、フレイは我が耳を疑い思わず首を傾げる。
「え? あの、いただけるんですか?」
「そう言ってるだろう。ああ、ただし一週間は待ってもらうぞ。いくら何でも世界樹をグリグリやって樹液を絞り出すわけにはいかないからな」
「それは全然大丈夫ですけど……でも、いいんですか? その、色々と取引できそうな材料は考えていたんですけど」
一般的な世間の認知では、世界樹の雫はエルフ王の許可無しでは採取できない世界最高の魔力回復薬だ。しかも必要なときに必要な分しか採取をしていないため、手に入れるにはかなり強力なコネが必要になる。要は「金を積めば買える」というものではないということだ。
だからこそその取引材料を事前に幾つも用意していたフレイだったが、いくら自分が勇者だったとしても無償提供されるとは思っておらず、今のフレイは完全に虚を突かれていた。
「ハッ! 勘違いするなよ? 我らエルフは極めて高貴な存在だ。だからこそ真に求める者には寛容なんだよ。まあ他にも理由はあるが……そっちは君には関係のないことだ」
「はぁ……ありがとうございます、イキリタス陛下」
そう言って顔を背けてしまったイキリタスに、フレイは再度礼の言葉を述べる。そんなフレイを横目で見たイキリタスの頭によぎるのは、完成間近の自分の石像の足下に立っているもう一つの像……筋肉親父のことだ。
(お前への借りは、お前の娘に返しておいてやる。だがこれで貸し借りは無しだからな! フンッ!)
「あーっ! フレイちゃんだー!」
「フレイちゃーん!」
と、そこでそれなりに厳粛だった謁見の間に明るい声が響き渡る。フレイがそちらに顔を向ければ、そこには満面の笑みを浮かべたそっくりの少女が二人、手を繋いで自分の方へと走り寄ってきていた。
「ツーン! デーレ!」
飛びついてきた双子姫を、フレイは慌てて両手を広げて抱き留める。跪いたままなので体勢としては多少辛いが、勇者の身体能力があればこの程度はどうということもない。
「久しぶりね二人とも。元気にしてた?」
「勿論よ! 私はいつだって……あ、そうだ!」
そう言うなり、ツーンの方がフレイから少し距離をとり、綺麗にカーテシーをしてみせる。
「本日はようこそいらっしゃいました、勇者フレイ。エルフ王イキリタスの娘、ツーンが歓迎致します」
「デーレも! デーレもやるの! えっと……ようこそフレイ! デーレも歓迎するの!」
姉の仕草を即座に真似し、デーレもまた少しだけぎこちないカーテシーで礼をする。そんな二人の愛らしさに、フレイの顔が笑顔に緩んだ。
「わー、可愛い! 二人とも立派なレディになったわね」
「そりゃそうよ! だって私はフレイちゃんのお義母さんになるんだから!」
「そうなの! デーレもフレイちゃんのお義母さんになるの!」
「……? え、どういうこと?」
二人の言葉に、フレイの頭の中でハテナマークが舞い踊る。そうして笑顔のまま固まってしまったフレイに対し、ツーンとデーレは顔を見合わせ笑い合ってから、声を揃えて答える。
「ふふーん! 私達二人とも……」
「ニックのお嫁さんになる約束をしているの!」
「今すぐ全軍を招集しろ! 邪悪の権化たる糞筋肉を、我らエルフの誇りに賭けて必ずぶち殺してやるのだ!」
「……………………ははっ」
幸せそうに笑う二人の姫と目を血走らせ全身から殺気を放つイキリタス王を前に、フレイはただ力なく笑うことくらいしかできなかった。