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父、獣王を見舞う

「そんな……そんなことになってたなんて……」


 ニックから語られたこの町の状況に、ハネルナは愕然とした表情をする。まさか自分達が助けに向かった町こそが囮で、その間に王都を襲撃されていたなどと言われればその反応も当然だ。


「それで! それで獣王陛下はどうされたんですか!?」


 そんなハネルナとは対照的に、クンカの方は勢い込んでそうニックに問い詰める。獣王に関する情報は気絶したカールをニックがその場にいた誰かに託したというところで途絶えているのだから、それもまた当然の反応だ。


「うむ。カール……陛下なのだが、今は町の宿で静養しておられる。流石にあの状態の城にいていただくわけにはいかんからな」


「それはまあ、そうよね」


 ニックの言葉に、我に返ったハネルナが遠くの城を見ながら頷く。半分ほどが無残に壊された王城は、とてもではないが王を休ませるのに適切な場所ではない。無傷で残っている部屋なども多くあるが、そもそも通路や階段が破壊されていてまともな手段では辿り着けないのだ。


「あれは修復っていうか、建て直すしかないよね……静養されているということですが、面会は……?」


「それを儂に問われても困るぞ。ウメェコット殿が宿の方に滞在されておられるから、詳しくはそちらに聞いてくれ」


「あ、そりゃそうですよね。失礼しました」


 苦笑して言うニックに、クンカが軽く頭をさげる。単純な戦果としては誰よりも大きな手柄をたて、獣王カールからも親しげに声をかけられる間柄とはいえ、ニックはあくまで部外者だ。当たり前だが獣王との面会を取り付けるような立場にはない。


「それじゃ、ボク達はそちらに顔を出して、指示を仰ごうと思います。行こうハネルナ」


「待ってよクンカ! じゃ、オジサン、またね!」


「ああ。まだまだ瓦礫が残っているから、気をつけてな」


 小走りのその場を去って行く二人を、ニックは手を振って見送る。その姿が消えたところで作業に戻り、それが終われば飯を食い、眠り……そうして更に三日後。


「こちらにニック殿はおられるか?」


 今日も変わらず瓦礫の撤去作業を行っていたニックの元に、見知らぬ兵士がやってきた。自分の名を呼ばれたことで、ニックは手にしていた瓦礫を一旦離してから答える。


「儂がニックだが、貴殿は?」


「伝令の者です。獣王陛下がニック殿にお会いしたいと仰られておりまして、手が空いたら宿の方に来ていただきたいとのことです」


「おお、そうか! わかった、すぐに準備をして向かおう」


 兵士の言葉に、ニックは喜色を浮かべた声をあげる。ニックとしてもカールの容体は気になっており、自分が呼ばれたということは少なくとも会話が出来る程度には回復したということだ。


 その後ニックはいつも以上に張り切ってあっという間に瓦礫を撤去し終わると、きちんと身支度を調えてからカールの滞在する町一番の高級宿へと出向いた。そこで獣王補佐官であるウメェコットの案内を受け、カールの滞在する部屋へと通される。


「陛下、ノケモノ人のニックをお連れ致しました」


「うむ、ご苦労だったウメェコット。もう席を外していいぞ」


「ですが……」


 未だ満足に身動きのできない獣王を慮ったウメェコットの心配を、カールは軽く笑って否定する。


「はは、心配しすぎだウメェコット。ニックが余を害することなどないし、ニックがいれば余が害されることもない。そんなことニックの強さと働きを知っているお前が一番よくわかっているだろう?」


「……畏まりました。ではニック殿。もし陛下の様子に変化がございましたら、すぐにお知らせ下さい」


「わかった」


 ニックが返事をしたのを確認し、ウメェコットが一礼して部屋を出て行く。これで部屋に残ったのはニックとカールの二人だけだ。


「さて、まずは礼を言うべきか。お前のおかげで多くの民が助かった。獣王として心から感謝の意を示そう」


「もったいないお言葉です、陛下」


 ベッドで上半身だけを起こして言うカールに、ニックは恭しく頭を下げてみせる。


「なあニック。ここは確かに余の私室ほど防諜設備があるわけではないが、それでも普通に話しても平気だぞ? 今回のお前の戦いを見て、その程度で余に不敬だなどと囀る者はもうおらんだろうからな」


「そうですか? ならばまあ……少し楽にさせてもらうか」


 苦笑するカールに、ニックもまた軽く笑って少し砕けた口調に戻す。別に敬語が苦手なわけでもカールに敬意を払っていないわけでもないが、友との会話ならばやはりこの距離感がいい。それはカールも同じであり、その表情から少しだけ力が抜けた。


「いや、本当に助かったぞ。もしお前がいなければこの国はどうなっていたか……おそらくはあの骨巨人を率いるバケモノ人の四天王に蹂躙され尽くしていたのだろうな」


「それほどに強かったか」


「強かった……お前はあっさりと倒してしまったようだがな」


「ぬぅ」


 カールからジト目で見られ、ニックは思わず言葉を詰まらせる。ニックにするとボルボーンもその召喚魔たる骨巨人も殴れば倒せるだけの相手でしかなかっただけに、その視線はどことなく居心地が悪い。


「ははは、別にお前を責めてるわけじゃないぞ? これはお前の強さを正確に測れなかった余の責任でもあるからな。まさかあの骨巨人九体を軽々と屠るとは……ま、それはいい」


 ひょっとしたら万全の状態で『獣の命脈(ラー・イン)』を使ってもニックには勝てないのではないか? そんな言葉を飲み込んでカールは続ける。


「問題は別だ。あれほどの力があったなら、何故前回の戦ではそれを使わなかったのだ?」


「む?」


 それはカールが抱いた大きな疑問。後にわかった情報から、あの時はこの国とマケモノ人の国の両方を攻める二面作戦だったことは判明している。ならば向こうが本命でこちらは陽動……というよりは丁度滞在していた勇者を足止めするための部隊だったのだろうというのは理解できる。


 だが、今回ボルボーンは単独で(・・・)これだけの軍を召喚してみせた。魔力のみでこれほどの軍勢を用意できるのなら、何故それをしなかったのか?


「もし前回の時、今回のような軍を呼び出されていたら……我が国は今頃この地にはなかっただろう。いや、それどころか……」


「……勇者フレイ(むすめ)を討ち取れていたかも知れない、と?」


 ニックの言葉に、カールは真剣な表情で頷く。今回のように前線で戦ったわけではないカールは勇者の戦いぶりを直接見たわけではなかったが、それでもニックほどに超絶した強さを勇者が持っていたという話は聞いていない。一ヶ月以上もの間足止めが成功したことを考えても、あの当時の勇者の強さは百獣戦騎の面々と大差ないと言うのがカールの判断だ。


「……わからんな。何らかの思惑があるのかも知れんが、それこそ儂には予想もつかん。ま、娘が討たれることなど絶対にあり得んがな」


「? 何故だ? 余が聞いた限りでは、勇者は強くはあってもそこまで断言できる超越者ではないという話だったが?」


「儂がそんなことを許すわけがなかろう! 本当に娘が危機に陥ったならば、どんな場所にでも絶対に駆けつけるし、如何なる敵であろうともこの拳で殴り飛ばしてやるからな!」


 首を傾げたカールの問いに、ニックはニヤリと笑って答える。その表情には僅かな迷いすらなく、自信を通り越した確信が満ち満ちていた。


「……なるほど、そういうことかも知れんな」


「ん? 何の話だ?」


「あの骨男……ボルボーンとか言ったな。そいつが言っていたのだ。作戦を変更したのはニック、お前がいたからだと。お前の強さのみを自分は恐れているとな。奴が前の戦で本気を出さなかったのは、不用意にお前を呼ばないためだったのかも知れないな」


「ぬ……」


 コサーンからも聞いた言葉をもう一度聞かされ、ニックは何とも言えない表情をとる。勇者パーティにいた頃ならともかく、単独で活動している今でもそこまで自分が警戒されているというのはニックからすると予想外であったのだ。


「まあ、余から言えることは精々気をつけろということくらいだな。お前自身は何の問題もないんだろうが、お前の周囲はそうはいかんからな」


「……ああ。その言葉、胸に刻ませてもらう」


 そう言って再びベッドに体を横たえた獣王カールを前に、ニックは静かに拳を握り、己の在り方について考えるのだった。

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