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獣王、託す

「陛下ーっ!」


 見事ボルボーンを討ち果たしたカールの元に駆け寄ってくるのは、その命令によって事の成り行きを見守ることしかできなかった百獣戦騎の者達だ。未だ全身から光をほとばしらせている獣王カールに近づくと、皆を代表してカムが声をかける。


「素晴らしいお力でした、陛下。で、こんなことを聞くのは不敬かも知れませんが……あとどのくらい(・・・・・)いけそうですか?」


 一般の兵士であれば、ただ羨望の視線を向けただろう。あるいはあまりの強さに恐怖すら覚えたかも知れない。だがこの場にいるのは百戦錬磨の戦士達のみ。こんな力が長時間維持できるなどと楽観する者は一人もいない。


「二……いや、三体は倒してみせる。だがそれが限界だな。西側を開ける。避難誘導はできるか?」


「既に二人向かわせてます。空いた穴は俺達が維持するとして……それでも五割は届かないかと」


「……そうか」


 厳しい現実を噛みしめながら、カールは自らの手に力を込める。『獣の命脈(ラー・イン)』を発動させ力を集めた時点で体の傷は全て治っているが、それとは別に常に全身を襲っている激痛は僅かでも気を緩めれば容易く意識を奪っていくことだろう。


 それに、力の増幅は既に止まっている。『供給源(どうほう)』の身を案じカールは強く歯を噛みしめたが、今はそれをどうすることもできない。


「できるだけでいい。民を……同胞を救ってくれ」


「この命に代えましても」


 カールの言葉に、カムは恭しく頭を下げる。それは決して言葉だけではなく、その場にいた百獣戦騎の全員が文字通り「命に代えても」町の人々を逃がそうと決意していた。


「では、決まりだ。行くぞ!」


 短くそう叫ぶと、カールは三度大地を蹴る。目指す先は町の西側を封鎖している骨巨人達。


(やはり主を倒しても消えてはくれないか。カムやスパットの話から予想はしていたが……)


 術者が倒された時、被造物であるゴーレムが受ける影響は二種類。即ち魔力の供給が切れてその場で崩れ去るか、自身に蓄えられた魔力を使い果たすまで与えられた命令を実行し続けるかだ。


 先ほどの戦いにおいて、百獣戦騎の者達から「骨巨人が現れた後は骨の兵士達が再生しなくなった」と報告を受けた。またボルボーン自身から「ココマデルに戦力を残してきた」とも言われている。つまりボルボーンの生み出すゴーレムは術者なしでもある程度活動するということだ。


 そして、この町は未だ一二体の骨巨人に囲まれている。ひょっとしたら多少弱体化している可能性はあるが、それでもこれが一体ですら百獣戦騎三五人と獣王カールが全力で当たってやっと倒せたという強敵には変わりない。


(どうしようも無かったとは言え、あれを食らったのは痛かったな)


 先ほどよりは大分速度が落ちたが、それでも流星の如き速さで赤い骨巨人へと辿り着き、その胸骨に蹴りをいれて巨体を倒すことに成功したカールは内心で独りごちる。


 骨巨人達の滅びの閃光は、たとえ一条であろうともその威力は絶大だ。決して町に撃たせるわけにはいかなかったからこそカールはあえて空高く跳び、その身に浴びて耐え抜くことを選んだ。


 そしてその目論見は成功した。『獣の命脈(ラー・イン)』によって全ての力が爆発的に向上したカールの体は一二条の滅びに耐え抜き、燃え尽きた毛並みも焼けただれた肉も即座に再生してくれる。


 ただ、その代償は大きかった。集めた力の大半をそこで消費してしまったため、かろうじてボルボーンを仕留めることはできたものの、町を囲む骨巨人達を全て倒す分までは力を残せなかったのだ。


「砕け散れ! 『獣の命脈(ラー・イン) 痛打掌(ペイン)』!」


 倒れた骨巨人にカールの掌底がプニッと当たれば、全身の骨にヒビが広がり光を吹き出し消えていく。まずは一体……だが残った力はあと僅か。


「くそっ、二体目! 『獣の命脈(ラー・イン) 痛打掌(ペイン)』!」


 即座に地を蹴り切り返すと、カールは隣の骨巨人に掌底を叩き込む。そのすぐ側では百獣戦騎の一部が町の人々を誘導して外へと連れ出そうとしており、そこを攻撃しようとする骨巨人を残りの百獣戦騎の戦士達が必死に牽制している。


「せめてもう一体……獣の命脈(ラー・イン)……っ!?」


 体中があげる悲鳴を無視して、カールの掌底が三体目の骨巨人に当たる。だがその直前に体を覆っていた緑色の光がフッとかき消え、カールの肉球は文字通りプニッと触れるだけで終わってしまった。


「ぐっ…………」


「陛下ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 力を失ったカールの体が三〇メートルほどの高さから自然落下を始める。それを見たカムが必死にカールの元に駆け寄ろうとするが、それよりも骨巨人がカールの体を叩き落とす方が早い。


「皆……後は……」


「ああ、後は任せろ」


 国中の誰からも愛される、小さく茶色い毛むくじゃらの王。その意識が途切れる最後の瞬間に聞こえたのは、この場にいるはずのないノケモノ人の友の声だった。





「なっ……えっ……?」


 獣王陛下が殺される。その抗いがたい事実を変えるために足よ折れろという勢いで走っていたはずのカムは、目の前で起きた現象に思わずその場で立ち止まってしまった。


 百獣戦騎である自分達ですら簡単に跳ね飛ばす、骨巨人の巨大な手。それが獣王を叩き落とそうとしたまさにその時、そこに突如として誰かが現れたのだ。その者は致死の一撃である骨巨人の攻撃を軽々と受け止め、獣王の体をそっと抱きかかえて地面に着地するとカムの方へと素早く駆け寄ってくる。


「おい、お主! これはどういう状況だ!?」


「ニック、さん……?」


 その男の姿に、カムは見覚えがあった。かつて勇者と共に城にやってきた時、手合わせを願い出たことがあるからだ。お互いあくまでも訓練としての本気でしかなかったが、それでも自分が手も足も出なかった相手である以上、その姿はカムの脳裏に強く焼き付いている。


「どういう状況かと聞いている!」


「あ、はい。実は……」


 肩にさげた魔法の鞄(ストレージバッグ)から高級な回復薬と思われるものを取り出し、腕の中でぐったりしている獣王の体にドバドバとそれを振りかけながら問うニックに、カムはこれまで起きたことを説明する。するとニックはそっと地面に獣王の体を横たわらせると、ニヤリと笑って周囲を見回した。


「つまり、あのデカイ骨をぶん殴ればいいということだな?」


「え、ええ。そうですけど……いや、あれ滅茶苦茶強い奴ですから!」


「そんな事は関係あるまい。たった今カールに『後は任せろ』と約束してしまったからな。そうである以上、これ以上あんな輩の好きになどさせんわ! ほれ、お前達にもこれをやるから、適当に傷を治せ! あと町の住人が巻き込まれないよう、外に逃がすのではなく町の中に戻すのだ。頼んだぞ!」


「えっ、ちょっ!? ニックさん!?」


 大量の回復薬をカムへと押しつけると、ニックの巨体がその場からかき消える。そして次の瞬間、一番近くにいた骨巨人が、まるで冗談のように空高く打ち上げられた


「……………………は?」


 それは足下にいる町人を巻き込まないようにという、ニックの気遣いだった。そうして打ち上げられた骨巨人はニックの拳の乱打により空に浮いたまま塵と化し、その後は即座に隣の骨巨人も同様に打ち上げられ、あっという間に粉々に砕け散っていく。


「おーい、カム! ありゃ一体……って、お前それどうしたんだ!?」


「あ、ああ。回復薬。いっぱいあるから、みんなに配ってやってくれ」


「お、おぅ……って、獣王陛下!? おい、陛下は大丈夫なのか!?」


「た、多分。回復薬をドバドバかけられていたから、大丈夫だと思う……」


「何だよオイ、さっきからはっきりしねぇな! 一体何があったんだよ!?」


「……来たんだよ」


「来た? 何が?」


 首を傾げる同僚に、カムは曖昧な笑みを浮かべる。真面目に反応するにはあまりにも現実離れしていて、でも決して夢ではない。


「陛下のご友人さ。ノケモノ人のニックが、俺達を助けに来てくれたんだよ」


「ノケモノ人ぉ!? ん? そいつは確かココマデルに向かったんじゃなかったか? 何でそんな奴がここにいる? というか、あの馬鹿みたいな光景はそのノケモノ人の仕業だってのか!?」


「そういうことだ。おい、すぐに逃がそうとしていた町人達を町中の避難所に戻すぞ! 少しでもニックさんが戦いやすい状況を作るんだ!」


「お、おぅ? わかった……しかし、あれがノケモノ人か……マジか、ふへへ……」


 目の前で繰り広げられる頭が理解を拒むほどの現象を前に、同僚の男が変な笑い声をあげる。その姿を横目で見てから、カムもまた獣王の体を抱きかかえつつもう一度だけニックの方に視線を向ける。


「奇跡ってのは女神の姿をしてるのかと思ってたんだが……そうか、筋肉親父だったのか」


「ハッハッハ、こんなものが効くわけないであろうが!」


 骨巨人の滅びの閃光を笑いながら殴りつけているニックの姿に、カムは何処か悟ったような笑みを浮かべながら町人の避難誘導に戻っていった。

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