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獣王、本気を出す

「コーツコツコツ! さあ毛むくじゃら共! これを一体どうするのでアールか?」


 再び空高くへと跳び上がり、『月蹴』くらいしか攻撃が届かないであろう位置で楽しげに笑うボルボーン。だがその言葉を耳にしても百獣戦騎の戦士達にできることは、ただお互いに顔を見合わせるくらいだ。


「どうするって……なぁ?」


「これは流石に、どうすることもできなそうだな」


 この状況においてなお、戦意を失った者は一人としていない。だが戦う意思があることと勝てる見込みがあることは別だ。諦めなければ奇跡はおきるかも知れないが、奇跡とは滅多に実現しないからこそ奇跡であり、戦士として高い位置にいる百獣戦騎なればこそ、この状況がどれだけ絶望的かを誰よりも強く理解してしまっていた。


「方向性としては、俺達の体を盾にして町への被害を少しでも減らす……か? それとも最後の特攻をかけてせめて一体くらいは道連れにするってのもあるけど」


「町の住人が今からでも逃がせるなら盾になりたいけど、この状況じゃ無理でしょ? ならアタシは一体でも倒す方に一票かな?」


「うむ! 武人たるもの敵を倒すことこそ本懐! 死ぬならば前のめりよ!」


「んー、確かに一撃だけ防ぐより、一体でも倒せればそこを突破口に多少は町人を逃がせるかも……よし、ならみんなで――」


「待つのだ」


 勝手に今後の方針を決めてしまった百獣戦騎の面々に、獣王カールは静かに声をかける。それに答えるのはなんとなく流れでこの場の意見をまとめていた百獣戦騎が一人、『紅牙』のカムだ。


「何ですか陛下? あ、陛下は特攻に混じっちゃ駄目ですよ? 避難民のところに行っていただいて、俺達が明けた穴を民を引き連れて逃げていただかないとですから」


「……つまり、お前達は皆ここで死ぬつもりだと?」


「はは、そりゃそうですよ!」


 何の気負いもてらいもなく、カムはそう言って笑う。狼人族(ウルフィア)である彼の自慢の牙は既に半分近くが折れて口からダラダラと血を垂らしているというのに、その笑い声はどこまでも爽やかだ。


「俺達はここまでです。最後までご一緒できないのは残念ですが……」


「避難している者には、我が友やその子供達もおります。陛下、どうかその者達を導いてやってくだされ」


「お願いね陛下! ふふっ、いつもならこんな口調で話しかけたらコサーンさんとかに怒られちゃうところだけど、今日くらいはいいですよね?」


 誰も彼もが、死を前にして笑っている。そんな彼らの姿を心から誇りに思い、カールは遂に獣王としての覚悟を決めた。


「わかった。皆の忠義、献身、勇気。そのどれもが余の誇りであり、お前達は誰一人の例外もなく真の英雄だ。お前達のような者がいるなら、この国は安泰だろう。


 ならばこそ余の腹も決まった。百獣戦騎よ、余の前に整列せよ!」


「「「ハッ!」」」


 カールの言葉に、その場にいた三五人の百獣戦騎が全員揃って膝をつく。その顔をゆっくりと見回してから、カールは獣王としての言葉を彼らに投げかけた。


「これより獣王たる余が命令を下す! お前達は……何もするな(・・・・・)!」


「陛下!?」


 その言葉に驚き思わず声をあげてしまったカムに、カールはニヤリと笑ってみせる。


「これから余が行う戦闘に万が一でもお前達を巻き込み死なせてしまえば、それこそ我らが国の大いなる損失となる! 故に見ておくのだ。お前達の頂点に立つ余が……獣王が持つ真の力を!」


 それだけ言葉を残すと、カールはその場から離れるべく走る。そうして既に瓦礫の山と化した城の跡地へと辿り着くと、一旦大きく深呼吸してから大地に向かってその言葉を投げかけた。


「目覚めよ、『獣の命脈(ラー・イン)』!」


『Kind of Experimental MOnster's humaNOidより要請を確認。Life of Integration Network Energyの活性化を開始します』


 それは歴代の獣王のみが引き継ぐ最大の秘密にして力。カールの頭のなかにだけ響いた声に合わせて、獣人領域の大地全てが鳴動をあげ始める。


「聞こえるか! 我が同胞達よ!」


 その揺れを確認すると、カールが虚空に向かって声を放つ。その響きは『獣の命脈(ラー・イン)』の力によって繋がる、この地に住む全ての獣人の元へと届けられた――





「ねえ、何これクンカ!? 獣王様の声が頭に直接聞こえたんだけど!?」


「わからないけど、今は静かに聞こうよ」


 突然聞こえた獣王の声に、ハネルナとクンカは驚き戸惑う。周囲を見回せば誰も彼もが同じように天を仰いだり辺りを見回したりしている。


『今、我が国は大きな危機に瀕している! それを打破するために、皆の力が必要だ!』


「貸す! 貸します! どうすればいいんですか獣王様!?」


「落ち着いてハネルナ! 多分今言うから!」


『だが、力の譲渡には痛みを伴う。それは短時間とはいえ耐えがたい苦痛だろう。故に無理にとは言わぬ。深く傷ついている者、幼い者、年老いている者、子を宿している者などは力の譲渡は禁止だ。守るべき民が犠牲になっては本末転倒だからな。


 だが、それ以外の民よ。お前達がこの国を愛し、同胞を守るために自ら痛みを背負う覚悟があるのなら、どうか余に力を貸して欲しい。もしも力を貸してくれるなら……』


「「……………………」」


『踏みならせ! その足に渾身の力を込めて、母なる大地に振り下ろすのだ!』


「クンカ!」


「ハネルナ!」


 顔を見合わせ頷き合い、二人は躊躇うこと無く己の足で大地を踏み鳴らす。すると体を緑色の光が走り抜け、背中を太い針で貫かれたような激痛と共に激しい倦怠感がその身を襲う。


「いっ!? つぅぅ……こ、これはキツいね。でも……」


「はぁ、はぁ……うん。百獣戦騎のボク達が、たった一回ってことはないよね」


 額に脂汗を浮かべながら、ハネルナとクンカは幾度も大地を踏み鳴らす。そしてそれと似た光景は、獣人領域のあらゆるところで繰り広げられていた。


「ウォォ! 陛下ぁー! 我ら熊人族(ベアルデン)の忠誠をお受け取りくださいぃぃぃぃ!」


 獣人領域の端にある、熊人族(ベアルデン)の集落。その長たる男が里の男衆を一同に集め、全員が勇壮に足を踏みならしていく。


「男ばっかりにゃ任せておけないよ! 子供を産める分、アタイ達の方が痛みに強いんだ! ここはみんなで踏ん張りな!」


 また別の場所では、威勢のいい豹人族(チキータ)の女性が村の女達を集めて足を踏み鳴らす。幾人もの子供を立派に産み落とした母親達にとって、愛する我が子が生きる未来のためならこの程度の痛みはなんでもない。


「ぐっ……まだだ、もう一回……っ!」


「師匠、これ以上は無理ですって!」


「そうだよ師匠ー! あとはおいら達が頑張るよー!」


「せっかく助かったんですから、無茶しないでくださいお師匠様!」


 そしてそれは王都も同じ。避難所にいる獣人達に交じって、コサーンもまた大地を踏み鳴らす。そんな自分を心配する弟子達に、コサーンは垂れてきた鼻血を指で拭ってニヤリと笑った。


「馬鹿を言え! ここで足を踏みならさぬ者が、戦士であるわけないだろう! さあ、お前達も続け! ただこの国の未来の為に!」


「師匠……っ、はい!」


「おいら、頑張るー!」


「ふぅ……お師匠様がこれじゃ、ボクが先に音を上げるわけにはいかないよね」


 踏み鳴らす。踏み鳴らす。大地を揺らす足踏み(スタンプ)が、命の脈動となってカールの体に押されていく。それはむき出しの神経を逆なでするかの如き激痛をカールにもたらしたが、眼球の裏で星が瞬くほどの痛みを感じ続けてなお、カールの意思には些かの陰りも生まれない。


「コツ!? これは……!?」


 そして、そこで初めてボルボーンは異変に気づいた。自分は空を飛んでおり、避難民達は彼の目に届かない場所にいたが故に気づけなかったのだ。


「ふぅ……ふぅ……待たせたな、骨男」


「な、何でアールかその姿は!?」


 そして、気づいた時にはもう遅い。ボルボーンの目の前にいたのは、柔らかな毛並みを逆立たせ、全身に緑色の光を纏う小さな獣人。だがその存在感は町を囲む骨巨人など比較にならないほどに大きく、特に叫んだわけでもないその言葉すらボルボーンの耳にはっきりと届く。


「この姿こそが獣王……全てのケモノ人の総算たる王の力だ!」


 言って、カールが大地を蹴る。音を置き去りにした緑の流星は瞬く間にボルボーンの側へと辿り着き……


「撃ち落とすでアール!」


「「「Foooooooo!!!」」」


 一二体が同時にチャージを始めてしまったため空間の魔力が枯渇気味となり、未だ七割程度しか溜まっていなかった骨巨人達の閃光吐息が小さなカールの体に集中する。


「コツコツコツ! 何だか大層なことを言っていたでアールが、これで……っ!?」


 たとえ七割とはいえ、一二条の滅びの光。そんなものを浴びて生き残れる存在など、ボルボーンは自分を一撃で粉砕した筋肉親父しか思いつかなかった。


 だが、そこに今日二人目の例外が加わることになる。


「……終わりだ! 『獣の命脈(ラー・イン) 痛打掌(ペイン)』!」


「コツーッ!?」


 直視すれば目が潰れるほどの閃光が収まった時、そこに立っていた無傷の獣王が放った掌打がボルボーンの頭をプニッと打ち抜く。するとその体は途轍もない勢いで地面へと叩きつけられ、全身の骨にビキビキとヒビが入っていく。


「わ、ワガホネがまさか……こんなところで……」


 ひび割れからは煙の如く緑の光が噴き上がり、それに伴いボルボーンの体が少しずつ消えていく。


「罪を抱えて消えるがいい、バケモノ人の将よ」


「フッ……みごとでアール……毛むくじゃらの王よ……コツコツコツ……」


 大地へと帰還したカールが見つめるなか、魔王軍四天王が一人、泰山狂骨(ガイアコッツ)・ボルボーンは最後に賞賛を残してその身を消滅させるのだった。

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