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獣王、立つ

「ほれほれ、さっきの威勢はどうしたでアールか?」


 骨将軍の後方で、煽るようにボルボーンが嗤う。それに悔しげな視線を向けつつも、ワッカ達の攻撃がそこに届くことはない。


「くそっ、コイツ強ぇ!」


 空気を切り裂くようなワッカの蹴りが骨将軍の足に当たるが、その巨体は揺るがず太い骨には僅かなヒビすら入らない。


「うぅ、こいつ力も強いー!」


 あえてサーベルの柄の部分で殴りかかってきた骨将軍。その攻撃を受け止めたゲーノは、あまりの重さに思わずその場で膝をつきそうになる。


「なんでボクの幻術が通じないんだ!?」


 そんな二人をなんとか助けようと持ちうる限りの力で幻術を発動させていくイタリーだが、どれほど精巧な幻を生み出しても骨将軍はそれを一顧だにしない。相手がゴーレムということを鑑みて見た目だけではなく魔力の方でも偽装を施したというのに、ただのひとつとして成功例は無い。


「お前達! もういい! 俺のことは放っておいてさっさと逃げろ!」


「そういうわけにはいかないでしょ師匠!」


「そうだよ。おいらたちまだ負けてないよー!」


「そもそも獣王陛下をおいて逃げたりしたら、普通に処罰されちゃうんじゃない?」


「そんなわけないだろ! 逃げろ! いいから早く逃げるんだ!」


 重い負傷に体の動かないコサーンと、コサーンが戦い始めてからただの一言も言葉を発しない獣王カール。そんな二人を背に若い戦士達は必死に戦いを続ける。


 だが如何に覚悟があったとしても、所詮は未熟な若者。未だ百獣戦騎に選ばれるには至らない程度の戦闘力では、骨将軍には遙かに届かない。


「ぐあっ!?」


 まずワッカが、その足に切り傷を負った。速度こそが強みであったワッカは、その時点で大幅に戦う力を失う。


「いたーい!?」


 次いでゲーノが太い腕から血を流した。自慢の剛力も腕に力が入らなければ発揮しようがない。


「くうっ!?」


 そして最後にイタリーが、全身を浅く切り裂かれた。吹き出す血は濃密な匂いをその体に染みつかせ、イタリーと言えどそれを完全に誤魔化しきるほどの幻術は生み出せない。


「ふーむ。この方が面白くなるかと思って乱入を許可したのでアールが、思ったよりも歯ごたえが無いでアール。まあ所詮は雑魚毛むくじゃらということでアールか」


「ふざ……けんなっ! 俺達は雑魚なんかじゃない!」


「まだ……おいら、戦えるよ……っ!」


「ははは。この程度で音を上げていたら、先生の訓練には到底耐えきれなかったからね……」


 退屈そうな声を出すボルボーンを前に、血まみれの三人はそれでも闘志を燃やして立つ。だが勝負の行く末は最初から決まっている。コサーンが一刀の下に切り裂かれた相手を前に、ワッカ達の勝利の目など最初から存在していない。


「これ以上引っ張っても今より盛り上がることはなさそうでアールし、そろそろ決着をつけるでアール。骨将軍、そいつらを細切れにしてやるでアール!」


カタカタカタカタッ!


 ボルボーンの命令に、歓喜するように骨を鳴らして骨将軍が三本の腕を振り上げる。その狙いは当然、ボロボロになったワッカ達。


「ウホォォォォォ!!! 動け! 動け! 動け! 動け! 今動かずして何が百獣戦騎か! 動けこのポンコツがぁ!」


 弟子達が死ぬ。その事実を前に、コサーンは戦士としての誇りもなにもかもをかなぐり捨て、無様なほどにその場であがく。だがどれほど叫んでも、血を流しすぎた体はピクリとも動かない。


「へへっ、らしくないですよ師匠。俺達は……っ!」


「最後まで諦めない! それが師匠と、先生の教えだからーっ!」


「ボクの最後のとっておき、その場で見ていてください、お師匠様!」


 こちらもまた全身を血まみれにし、満足に動けない三人。睨み付けるワッカの瞳は熱く燃えているが、もはや爪を振るう力は無い。


 ゲーノの鼻が勢いよく振り回される。その度に周囲に血しぶく鼻には大した力は込められないが、それでも戦う意思は証明できる。


 イタリーにはもはや残った魔力などない。だが口先だけでも人は惑う。何の力も効果も無いはったりであろうとも、それが今できる最後のとっておき。


「余興の前座としては、まあまあだったでアール。では、さらばでアール!」


「お前達ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 最後の瞬間、ワッカ達はそっとコサーンの方を振り向いた。それは「命の火が消えるその瞬間まで勝利を諦めるな」という戦士の教えに反するものだったが……その寂しげで誇らしげな笑顔を見せられ、一体何を責められるというのか。


 コサーンは叫んだ。口から血を吐き目を血走らせ、文字通り命をほとばしらせながら叫んだ。だが叫びで攻撃がとまることはなく、朱く染まる視界の向こう側では骨将軍が無慈悲な剣を振り下ろして――


キィィィィィィィン


「コツ?」


 高く澄んだ音が謁見の間に響き渡り、次いで折れた三つの刃がクルクルと宙を舞って謁見の間の柱に突き刺さる。


「もういい。十分だ」


 ただの一撃で三刀をへし折ったのは、全身に力を滾らせる小さな茶色の毛むくじゃらであった。その声には押し殺してなお抑えきれない莫大な怒りが込められており、感情など存在しないはずの骨将軍が一歩その場から足を下げる。


「お前達、これを使って傷を治すのだ」


「獣王陛下……!? あ、はい」


 カールは懐から三本の回復薬を取り出すと、一番側にいたワッカに手渡す。それは臣下に何かあった時に使うための高品質な回復薬で、ワッカ達の傷くらいならば即座に癒やす事ができる。


「そして、これはお前にだコサーン! まさか嫌とは言わせんぞ!」


 次いでコサーンの側まで歩み寄ると、カールはもう一本の回復薬を取り出してコサーンの頭からかける。それは獣王本人に何かあった時に使うための最高品質の回復薬であり、死んでさえいなければどんな傷でも治るという、今の世界に現存するほぼ最高の回復薬だ。


「陛下……」


「フンッ。お前が死に場所を求めているのはわかっていた。だからこそ余はお前の戦いをずっと見守っていた。


 だが、お前の弟子達はお前を助けに来た。戦士の誇りなどくだらんと、それより生きていることの方が大事だと主張して、そのくせ自分達は死地に飛び込んできた。まったく師匠が師匠なら弟子も弟子だ。おかげで余も、随分と苦しめられたのだ」


 呆けたような顔をするコサーンを前に、カールは小さく苦笑しながら言う。


「コツコツコツ。ずっとだんまりだった毛むくじゃらの王が、今更何のつもりでアールか?」


「王国憲章、第一章第一項。獣王は己の身に致命的な危険が降りかかった場合を除き、如何なる事態であってもその力を振るってはならない」


 ボルボーンの問いに、カールは朗々とこの国の法を語り上げる。それは獣王にとって極めて不利で、理不尽とすら言える法律。


「獣王になる者は、必ずこの法に縛られる。厳しい法律だ……なにせ『己の身』ということは、例えば妻や子供達に何かがあったとしても、獣王自身は戦うことができないということだからな」


 最強のケモノ人が獣王になった瞬間に、その力を振るうことを禁じる。そんな法を制定したのは、他ならぬ初代獣王であった。


「誰よりも強い者こそ、誰よりも強く律される。実際家族を襲われたことで力を振るい、獣王の座を退いた者もいたほどだ。だがそうでなければ意味がない。獣王がこの法を守るからこそ、他の民もまた法を守り、己を戒めるのだ」


 一歩、また一歩とカールが骨将軍へと歩み寄っていく。いつもは愛らしいその歩みも、今は周囲の空気を押しつぶしそうなほどに重い。


「だが今、余はその法を破った。それにより民を裏切ったとして獣王の座を退くことになるかどうかは次の審議会で話し合うことだろうが……少なくともこれで余がウメェコットに滅茶苦茶怒られることが決定したのだ。


 故にコサーン! そしてワッカ! ゲーノ! イタリー!」


「「「は、ハイッ!」」」


「何でしょう陛下?」


 すっかり傷が癒え緊張で直立不動の姿勢を取るワッカ達と、未だ柱に体を寄りかからせたままなれど顔色の回復したコサーンが、獣王の呼びかけに返事をする。


「これはお前達が原因だ。だから……余と一緒にウメェコットに謝ってくれるか?」


「ふっ、ハッハッハ!」


 振り向いた困り顔の獣王に、コサーンは思わず笑う。腹の底から笑い声をあげて……そして動くようになった体をよじり、敬愛する獣王に向けて一礼する。


「仰せのままに、獣王陛下。お前達もいいな?」


「「「は、ハイ!」」」


 コサーンに言われ、ワッカ達も元気にそう返事をする。大切な臣下達の元気そうな姿を確認し、カールはニヤリと笑ってその体を正面へと向け直した。


「ならば余に憂い無し! 後はお前を倒せば全て解決だ! 我は獣王マメ・シバーヌ・シッポカール! お前などペロペロ舐めてガリガリ囓り尽くしてくれるわっ!」


 ボルボーンに向けビシッと指を突き立てつつ、獣王カールが吼える。その気合いを表すように、獣王のクルンと丸まった尻尾がファサりと揺れた。

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