古参戦士、決意を散らす
「先手必勝っ!」
静かに佇むボルボーンにコサーンが駆け寄る。だがその拳が届く距離に辿り着くより早く、ボルボーンは左手の薬指の骨を外して投げる。
「遅いでアール! 『骨兵士 単軍召還』!」
瞬間、現れるのは一二体の骨兵士達。だがそれに臆すること無くコサーンは自らの拳を叩きつける。
「フンッ! この程度!」
如何に戦闘力が落ちたとはいえ、この程度の相手に苦戦することはない。コサーンの拳は次々と骨兵士達を砕きながらボルボーンへと迫る。
「ほほぅ。少しはやるようでアールな。ならこれはどうでアール? 『骨騎士 三連召還』!」
そんなコサーンの姿に、ボルボーンは右手の人差し指、中指、薬指の骨を外して放り投げる。そうして現れたのは骨兵士よりも立派な装備と体格を備えた骨騎士が三体。
「ぬっ……」
軽々と骨兵士達を蹴散らしたコサーンだったが、骨騎士三体を前にその足を止めさせられる。力を失う前であればこれもまた一瞬で駆逐できただろうが、今のコサーンではそうはいかない。
「だが……ウホゥ!」
もっとも、それは敗北を意味するわけではない。極度の疲労や大怪我を負ったときなど、十全に力を発揮できない状況での戦い方を熟練の戦士であるコサーンが身につけていないはずはなく、力ではなく技を持って骨騎士達を倒していく。
「ウッ……ホッ……ホゥ!」
斬りかかってきた相手の腕を取り、その勢いを利用して床へと投げ倒すと自身の体重を利用して負荷をかけ、骨騎士の腕の骨を砕く。背後から斬りかかってきた相手にはあえて後ろに跳ぶことで切っ先ではなく腕を頭に当てさせ、手首を掴み頭頂部を支点にすることでその腕もへし折る。力だけでなく技も鍛えてきたコサーンの前に、骨騎士達は数分ともたずにその姿を霞に変えてしまった。
「これはこれは、予想以上の健闘でアール。そういうことなら――」
「これ以上やらせるか!」
「コツ!?」
左腕の橈骨を外したボルボーンに、コサーンが素早く駆け寄りその手を殴り飛ばす。魔法の発動を阻害されたことで一瞬生まれたボルボーンの隙に、コサーンはすかさず今の渾身を込めた拳をボルボーンの顔に目がけて叩き込むが……
「なん……だと……!?」
「コツコツコツ。そう焦っては駄目なのでアール。物事には順番というものがあるのでアール!」
まっすぐ拳が入ったにもかかわらず、ボルボーンの体は小揺るぎもしない。それどころか殴った自分の手首をボルボーンに捕まれ、コサーンがどれほど力を込めてもその拘束が外れない。
「では改めて……『骨将軍 単体召還』!」
離れた床の上に転がっていたボルボーンの骨が、グネグネと蠢きながら大きな骨の兵士へと変貌する。それは象人族すらも小さく見えるほどの巨大な骨の戦士であり、十分な広さのある謁見の間が窮屈に見えるほどの大きさだ。
「ほれ、順番通りまずはそいつと遊ぶのでアール!」
「ぐおっ!?」
ボルボーンの手により軽々と投げ飛ばされたコサーンだったが、しっかりと受け身をとって床に転がり、そしてすぐに立ち上がる。だがその眼前に立ちはだかるのは、巨大にして強大な敵。
カタカタカタカタッ!
骨将軍は喋らない。ただその体を高らかに鳴らしながら、手にした巨大なサーベルをコサーンに向けて振り下ろしてくる。
「うっ!? ぐぅぅ……」
回避が間に合わないと瞬時に悟ったコサーンは、自らの右腕を盾とし振り下ろされたサーベルの切っ先を腕に滑らせて回避しようとする。
だが、弱くなったコサーンの腕力では骨将軍の斬撃を支えきることはできず、その腕に大きな切り傷を負うこととなった。
「これは……マズいな……」
切り飛ばされこそしなかったが、太さが三分の二ほどになってしまったコサーンの腕はもう動かない。激しい出血は急速にコサーンの意識を奪っていき、体を支える足がほんの僅かにぐらつく。
(この程度の出血でここまで……やはり俺の判断は間違っていなかったか)
そんな自分の体たらくに、コサーンは内心で苦笑する。獣王を守るために戦うという気持ちに嘘はない。だがコサーンがここにやってきた最大の理由は、己の死に場所を求めたからだ。
長年戦士として生きてきたコサーンにとって、死に方は生き方と同じくらいに重要だった。ならばこそ弱り切ったこの体で静かに老いて死んでいくことは、コサーンからすれば耐えがたいほどの苦痛であった。
勿論、だからといってコサーンは安易に死を選ぶような愚か者ではない。このまま何の機会も訪れなければ弟子達の成長を見守り、やがて彼らに看取られてベッドの上で静かに死ぬということを受け入れていただろう。
だが、機会は来た。この国の要たる獣王を守り、戦って散る。それは戦士として考え得る最高の死に方であり、残り一〇年の余命と引き換えて有り余るほどの名誉。
(あいつ等ならば、もう大丈夫だ。ニックとの戦いで俺の戦士としての生き様は伝えきった。俺がいなくなったとしても、立派に成長していくことだろう。あとはこうして俺の死に様を伝える事ができれば……)
「……フッ、違うな」
自らの内なる声に、コサーンは知らず小さく否定を漏らす。
(誰かの為などではない。これは俺が! 百獣戦騎の英雄たる『黒腕』のコサーンが望んだ最後だ! ならばこそ……最後まで全力!)
「考え事は終わったでアールか? なら、余興はそろそろ終わりでアール! やれ、骨将軍!」
「ウホォォォォォォォ!!!」
残りの寿命を全て注ぎ込むように、コサーンが雄叫びをあげる。振り下ろされるサーベルは今のコサーンでは不回避にして必殺。
だが、コサーンは恐れない。ただ己の全力の拳でその剣撃を迎え撃つ。
(できるかできないかではない! やるかやらないかだ!)
座して死を待つなど戦士に非ず。その刃が己の体を両断するまで決して止まらぬ覚悟で拳を振り抜くコサーンだったが……
「させるかっ!」
狭まる視界の端から、不意に飛び込んでくる人影があった。見慣れた三つの小さな影はコサーンを覆い着くすほどに大きくなり、その体を切り裂くはずだった骨将軍の刃を横にそらすことに成功する。
「お前等、どうして!?」
「へへっ、師匠の顔をみたらこんなことだろうと思ったんで、こっそりついてきてたんですよ」
「おいら達、間に合ったー?」
「ああ、バッチリさ。これ以上無いタイミングだね」
ワッカ、ゲーノ、イタリー。自分の育てた三人の弟子の登場に、コサーンの顔が困惑に歪む。
「馬鹿者! 俺は避難していろと言っただろう!? 何故ここに来た!? 俺はここに――」
「すみません。師匠の気持ちはわかったつもりなんですけど、正直理解はこれっぽっちもできなかったんです」
「師匠、死んだら駄目だよー?」
「そうそう。お師匠様にはボク達が百獣戦騎になる様をしっかりと見届けてもらわなきゃいけないですからね」
「お前達……っ!?」
笑いながら言う弟子達の言葉に、コサーンは言葉を失う。あまりにも色々な感情が溢れすぎて、自分が怒っているのか喜んでいるのか、それすらもよくわからない。
「てか、この際だから言っちゃいますけど、師匠は古いッスよ! 戦いの中で死ぬのが戦士の名誉とか、そういうのもう流行らないですって!」
「そうそう! 今は引退したら美味しいものを食べたり色んな所を旅行したりして、楽しく過ごすのがいいんだよー?」
「死から学ぶことが無いとは言わないですけど、生きてる方が色々教えられるに決まってるじゃないですか。そんな事もわからないほどボケちゃったなんて言わないでくださいよ? お師匠様」
弟子達の言葉が、コサーンに刺さっていく。その鋭く温かい切っ先はこれまで体験したどんな刃よりも深くコサーンの胸を穿ち、自分の中にあった戦士の決意がゆっくりと溶けていくのを感じる……感じてしまう。
「俺は……俺は……っ!」
「はいはい。言いつけを破ったお説教はあとでしっかり聞きますから、とりあえず師匠はそこで休んでてください」
「ここからはおいら達が相手だよー!」
「獣王陛下の御前だからね。スカスカの骨程度楽勝で片付けさせてもらうよ?」
がっくりとその場で膝をつくコサーンに背を向け、ワッカ達が骨将軍に対峙する。涙に濡れるコサーンの目に映るのは、紛れもない真の戦士の姿だった。