古参戦士、意気投合する
「何を言うかと思えば……寂しいだと? 全てお前の思惑通りだろう?」
ボルボーンの言葉に答えたのは、静かに構えをとるコサーンだ。氷のように冷たい声の裏に炎の如く燃える怒りを込め、今もなお町に破壊と混乱をもたらしている敵に対してコサーンは鋭い言葉を続ける。
「ココマデルを占拠すれば、獣王陛下がその奪還と民の救出のために軍を編成するのは必然。そうして戦力がココマデルに集まったところで警戒の薄くなったマンナーカーンを襲い、獣王陛下を亡き者とする……と言ったところか。今の段階でお前が姿を現したことだけは不可解だが」
「コツ? 毛むくじゃらの割にはなかなか頭がまわるようでアールな。まあ半分くらいは合っているのでアール」
コサーンの言葉に、ボルボーンはカラカラと頭の骨を鳴らしながら答える。
「確かに、ココマデルを拠点としてお前達を迎え撃とうとしていたのは正解でアール。ただ隙を突いて……などと姑息な手段をとるつもりはなかったのでアールぞ? ワガホネの予想ではおおよそ二ヶ月もあればお前達毛むくじゃらの総戦力の七割が集結し、ココマデルまで攻め寄せてくる予定だったのでアール」
「それは……っ!?」
「コツ? 違ったでアールか?」
ボルボーンの頭蓋の中で揺れる赤い光が、コサーンを通り越して獣王カールの方を見た。その怪しい視線に射貫かれ、カールはほんの僅かに息を詰める。
確かに、その予想はほぼ正しい。前回の戦で痛い目を見ているだけあり、町を奪還するなら大軍を以て一気に攻めることで被害を最小限にするのは定石だ。ましてやココマデルは境界都市。バケモノ人との国境付近にある町ということで最初から戦場になることを想定されており、堅牢な防壁に囲まれ、水や食料、その他民が生きて戦い続けるのに必要な物資が優に半年分は蓄えられている。
つまり、焦って少数で奪還を試みるより、町に配備された兵士や百獣戦騎の者達が抵抗を続けてくれることを期待してしっかりと準備をするというのは既定方針であったのだ。
そんなカールの本心を読み取ったのか否か、ボルボーンは大げさに肩をすくめてみせつつ言葉を続ける。
「だというのに、どういうわけだかあの町から出た伝令はよりにもよってお前達が戦力を集中させているその瞬間にこの町に辿り着いたのでアール。いくら何でも即日で救出部隊を編成されたうえに、そいつらがあんなに早くココマデルまでやってくるとか予想外にもほどがあるでアール」
「フン。悪巧みなど上手くはいかないと――」
「待てコサーン」
茶化すように嘆いてみせるボルボーンを笑おうとするコサーンの動きを、カールが言葉で制する。
「ボルボーンと言ったな。お前はココマデルに、我が国の総戦力の七割と戦って勝てるほどの戦力を置いているというのか?」
それは決して聞き逃せない情報だ。向かわせた百獣戦騎二〇人は相当に強力な戦力だが、当然それだけで国の総戦力の七割になど届くはずもない。元々敵が想定していたよりもずっと低い戦力の援軍を送ってしまったのだとしたら……そう考え顔色を悪くするカールに、しかしボルボーンはカラカラと骨を鳴らして笑ってみせる。
「コツコツ。それは気にしなくても大丈夫でアール。ちょっと強い毛むくじゃらが二〇人ならちょうどよくなる程度の戦力は残してきたでアールが、元々配置していた強力な駒は回収済みでアールからして」
「……何故だ? いや、マンナーカーンにその戦力を回したということか」
「違うでアール」
コサーンからの指摘を、ボルボーンはあっさりと否定する。その後ボルボーンが垣間見せたのは、ここでの会話において初めての本心だ。
「あの筋肉親父でアール! アイツだけはワガホネの予想の遙か斜め上を行くのでアール! ああいう雑に強い奴がいられると計画も何も無くなるのでアール!」
「……ニックか」
悔しげなボルボーンに対し、コサーンはニヤリと笑みを返す。だがその反応に戸惑うのはカールだ。
「ニック? ニックが強いのは知っているが、そこまでか?」
「ああ、獣王陛下は以前にニックが訪れた時の模擬戦を見ただけでしたな。ニックは強いです。この私が全身全霊をかけた『断鬼金剛』を正面から受けて、軽く血を流す程度でした」
「そんなにかっ!?」
カールが知っているニックの強さは、百獣戦騎の猛者達が次々とニックに模擬戦を申し込み、それをニックが軽くあしらっていた様だ。それだけでも十分に凄いが、勿論戦士達はコサーンのように全てを捨てるつもりで挑んだりはしていなかったし、ニックにしてもきちんと手加減をしていた。
だからこそ改めて聞かされたコサーンの言葉に、カールは想像以上のニックの強さに驚きの声をあげるしかなかった。
「そういうことでアール。お前達毛むくじゃらなどどうとでもなるでアールが、あの筋肉親父だけはどうにもならないでアール。だからこそアレを隔離する……そのためだけの作戦がこれというわけでアール」
前回のマグマッチョの敗北から、当然ボルボーンはニックのことを調べていた。その結果わかったのはニックが転移能力を持っていたりするのではなく、理由は不明なれど本当に勇者と別行動をしているということ。
自分やマグマッチョを殴り飛ばした実力に疑う余地はなく、基人族の基準で言うところのお人好しの善人であることなど、集まった情報でニックのおおよその人となりは検討がついた。
「なるほど。確かにニックならばこの国の危機に手を貸さないはずがないし、目の前に十分打倒できる脅威しかなければ無理に解決を急いだりもしないだろう。ココマデルを解放し、町人の無事をしっかりと確認するまでここには戻ってこないというわけか」
「コーツコツコツ! そういうことでアール! 放っておいたら何をしでかすかわからないなら、最初から動く方向を決めてやればいいのでアール。寝ている竜の巣穴にこっそり入り込むよりも、鼻先に肉を置いて食っている隙を突く方がよほど賢いということでアールな。コーツコツコツ!」
「……ならば、ココマデルはひとまず安心か」
高笑いするボルボーンに、コサーンはそっと安堵のため息をつく。魔王軍の四天王、これほどの軍勢を率いたうえで策を練るような相手が自身の敗北を餌にニックを釣りだしたというのであれば、そちらにはもはや何の不安も無い。
であれば、やるべき事は一つ。コサーンはボルボーンを前にギュッと拳に力を入れ直す。
「ということは、この場でお前を倒せば全て解決ということだな?」
「コツ? まあそうでアールな。少なくともワガホネが倒されればこれ以上増えたり再生したりすることは無いでアール。逆に言うとワガホネを倒さない限りずーっと蘇り続けるでアールから、ここでどれだけ待っても援軍は来ないでアールぞ?」
「…………こちらの意図がわかっていたなら、何故こんな長話に付き合ってくれたのだ?」
「強者の余裕とかその方がお前達が絶望する顔が見られるとか、それっぽいことを言ってもいいのでアールが……ぶっちゃけあの筋肉親父の理不尽さを愚痴りたかっただけでアール」
「フッ! そうかそうか……それには同意せざるを得んな」
ボルボーンの言葉に、コサーンは思わず苦笑する。ニックの理不尽なまでの強さや、それに関わる不可解な出来事……たとえば弟子が筋肉ムキムキにされるなど……に関しては、コサーンにも思うところがあった。
「まさかバケモノ人の親玉みたいな相手とたった一つでも意気投合する日が来るとは思わなかったが……それはそれだ。お前の野望、ここで打ち砕かせてもらおう!」
「コツコツコツ。ワガホネは今ちょっとだけ機嫌がいいので、相手をしてやるでアール」
ボルボーンがバッと腕を広げると、その背ににじみ出るようにして赤茶けた土色の外套が出現する。
「百獣戦騎が一人、『黒腕』のコサーン! いざ、参る!」
「魔王軍、土の四天王、泰山狂骨・ボルボーン! 遊んでやるでアール、毛むくじゃらの戦士よ!」
ニック達救出部隊がココマデルの町に辿り着き、戦闘を開始した頃。遠く離れた王都マンナーカーンでも激戦の火蓋が切って落とされようとしていた。