百獣戦騎、顔を合わせる
「これで……最後だ!」
そんな雄叫びと共にニックが拳を振り下ろすと、ココマデルの周囲を雲霞の如く覆い尽くしていた骨兵士、その最後の一体が軽快な音を立てて砕け散る。やがてその残骸が白い靄となって空中に溶け消えると、その瞬間大地を揺らすほどの歓声が響き渡った。
「ココマデルの町が解放された!」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「百獣戦騎万歳! 筋肉親父万歳!」
その声をあげているのは、ココマデルの防壁から顔を出している兵士や町人だ。あえて正門前に最後の一体を残したおかげで、開け放たれた門からもまた彼らが一斉にニック達の方へと走り寄ってくる。
「まさかこんなに早く救援に来てくれるなんて!」
「皆さんにはどれだけ感謝してもし足りません! さあ、どうぞ中へ! 我々ができる限りの歓迎をさせてください!」
「貴方みたいな強いノケモノ人がいるなんて! 尊敬します!」
「ははは、わかったわかった。別に何処にもいかんから、少し落ち着くのだ」
老若男女様々な人に声をかけられ、ニックは楽しげな声をあげつつ群がる人々を制する。この手の歓迎は勇者パーティとして活動していたため慣れたものだし、それは他の百獣戦騎の者達も同じなので、人々にもみくちゃにされながら皆がゆっくりと町に入っていく。
そんな人々から少しだけ離れて歩くのは、ハネルナとクンカの二人だ。
「ふふ、ニックさん大歓迎ね!」
「そりゃあ町を解放した英雄だもの。ボク達だけじゃ正直ここまでの戦果は望めなかったと思うよ?」
「まあ、ね。悔しいけど、そうかも」
クンカの言葉に、ハネルナは冷静に今回の戦を振り返る。通常の骨兵士は問題にならないとしても、骨騎士はそれなりの強さだったし、骨将軍に関してはかなりの強敵だった。自分達だけで考えても周囲の邪魔が入らない状況で一体だけを相手にしたから勝てたものの、例えば二体同時であれば勝負の行方はもっとずっと曖昧なものになっていたことだろう。
「ニックさんがいなかったら、ボク達にも随分と被害が出たと思う。っていうか、ボク達だったからまだよかったけど、これ当初の予定通り通常の兵士を一万人動員するとかだったら目も当てられなかったんじゃないかな? 普通に全滅してたかも」
「そうね……」
クンカの言葉に、ハネルナはその光景を想像して思わず身震いをする。ココマデルの町にこれといった被害が出なかったのは、目の前で百獣戦騎の戦士達が無残な姿を晒していても、自分達の能力を弁えた一般の兵士達が歯を食いしばって町の防衛にのみ徹していたからだ。もし彼らを無理に助けに行ってあの骨将軍が起動していたならば、ココマデルの町は全滅していた可能性がとても高い。
そしてそれは援軍が一万の兵士だった場合でも同様だ。個として骨将軍を圧倒できる戦力を有していなければ、あんなものを前にすれば待っているのは一方的な蹂躙でしかない。そういう意味では百獣戦騎とニックという少数精鋭を即座に送るという決断を下した獣王の判断はこれ以上ないほどに正解だった。。
「おいおい、何をそんなところでくっちゃべってるんだい? 主役がいなきゃ宴会が始まらないよ?」
そんな事を考え、少し表情が暗くなってしまったハネルナとクンカに声をかけてくる人がいる。格好こそボロボロの装備のままだが、すっかり顔色もよくなり完全回復したケリコだ。
「ケリコさん!」
「そうだよ、ケリコ姐さんだよ。おーい、ツラヌキ! フンズブス! アタシを助けてくれたのはこの子達だよ!」
「おお、この若者達か」
「だ、大活躍だったって、け、ケリコに聞いたぞ。凄いなふ、二人とも」
ケリコに呼ばれてやってきたのは、やはり格好はボロボロなれど元気そうな巨体の二人。先輩百獣戦騎の登場に、ハネルナ達の体が緊張で硬くなる。
「知ってるかもしれないけど、一応紹介しておくよ。犀人族の方が『鉄角』のツラヌキで、象人族の方が『潰足』のフンズブス。二人とも、この子達は――」
「知っている。『月蹴』と『極鼻』だろう。入隊式で顔を見たからな」
「きょ、『極鼻』の方はこの前の戦でもだ、大活躍だったって聞いた」
「え、そうなのかい?」
フンズブスの言葉に驚いたケリコが、クンカに向かって問いかける。
「いや、大活躍ってほどじゃないですよ? この骨兵士がアンデッドじゃなくてゴーレムだって指摘しただけで……」
「そりゃ凄い! って、アンタが『極鼻』だったのか! ごめん、全然気づかなかったよ」
「ははは、仕方ないです。ボクって地味ですからね」
謝るケリコを前に、クンカは苦笑いを浮かべて答える。前回の戦の勝利の決め手となる情報を導き出した『極鼻』の名前は一躍有名になったのだが、残念ながらクンカの姿はあまり知られていない。人の良さそうな青年にしか見えないクンカは、普通に町を歩いても百獣戦騎だとばれない数少ない人物であった。
「もーっ! だからいつも言ってるのに。クンカは凄いんだから、もっと堂々としてていいんだからね?」
「堂々とって、別にボクは隠れて生活してるわけじゃないんだけど……」
「ハハハ! まあいいじゃないか。確かな実力があるなら、名声なんて後から勝手についてくるさ。今回は特にそうだろ? 何せあの魔王軍四天王を倒したんだからね!」
「四天王、ですか?」
上機嫌で言ったケリコの言葉に、クンカは意味がわからず首を傾げる。
「え? だって、アンタ達が倒したんじゃないのかい? あの色んな動物だの魔物だのの骨が一杯くっついたみたいな奴」
「ボクは知らないですけど……ハネルナは?」
「私も見てない」
顔を見合わせ首を振る二人に、それまで満面の笑みだったケリコの表情がにわかに引き締まる。
「ちょっと待って。誰も知らないのかい? アタシ達が負けたのは、あの骨野郎がどれだけ倒しても即座に戦力を補充してきたからだよ。倒しても倒してもすぐに復活されるんじゃそりゃ勝ち目がないからね。
この町の周囲の骨兵士共が一掃されたから、てっきりアイツが倒されたんだと思ってたけど……」
「……いえ、ボク達は見てませんし、聞いてません。ちょっと他の人達に聞いてきますね」
こちらも真剣な表情になったクンカが、早速町中へと走って話を聞きに行く。そうして取り残された四人の間に広がるのは、言い知れぬ不安だ。
「アタシ達やアンタが知らなかっただけで、誰かが倒していたっていうのなら問題ない。だがもしいなくなっただけだったとしたら……何でアイツはここに骨兵士共を残していなくなったと思う?」
「考えられる可能性としては、魔力切れによる一時撤退が一番高そうだが……」
「ま、前の時は一ヶ月以上骨兵士を召喚し続けてた。それがこ、この程度で魔力切れするとは思えない」
「だね。アタシ等と戦ってる時も、余裕たっぷりで骨騎士を喚んでた。切羽詰まってるなら最初からもっと骨将軍の方をけしかけてきたはずだ。となると……」
「……他の場所に行った?」
ふとハネルナが呟いたその言葉に、ケリコ達の表情がより一層険しくなる。境界都市であるココマデルを事実上封じ込め、魔王軍の四天王が向かうような場所はどこか? その最有力候補にあがるのは……
「っ!? 何!?」
「頭が、世界が揺れてる……っ!?」
嫌な予感がドンドンと深まっていくなか、不意にその場にいた全員の頭に今まで感じたことのないナニカが入り込んでくる。その強烈な違和感にふらつきそうになったまさにその時。
『聞こえるか! 我が同胞達よ!』
「……獣王様!?」
彼ら皆の頭に響いてきたのは、獣王マメ・シバーヌ・シッポカールの声であった。