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百獣戦騎、参戦する

「もうそろそろか」


 フンフンと鼻を鳴らしながら、クンカがそんなことを呟く。風に乗って漂ってくる匂いが、彼に町の……戦場の香りを運んできたからだ。


「やっとか……にしても、オジサン本当に凄いんだね」


「ん? 何だ突然?」


 そのすぐ側を走っているハネルナが、やはり側を走っているニックに唐突に話しかけてくる。その表情に表れているのは純粋な感心だ。


「こう言ったら悪いけど、正直オジサンは途中で脱落すると思ってたんだ。随分重そうな装備だし、ノケモノ人ってこんなに長く速く走ったりするのには向いてないんでしょ? だから凄いなって」


「ハッハッハ! まあ普通はそうかも知れんが、儂は鍛えているからな!」


 ハネルナの賞賛に、ニックは軽く笑って返す。


 マンナーカーンを出てから五日。二十と一人の集団はほとんど休むこと無く道を走り続けていた。普通に徒歩で行くならば数ヶ月、道慣れたケモノ人でも一ヶ月は優にかかる距離をこの速度で駆け抜けることができるのは、偏に百獣戦騎という選ばれた存在だからこそだ。


 ちなみに、あの伝令がココマデルを飛びだしてからマンナーカーンに辿り着くまでにもおおよそ五日かかっている。ただしこちらは走りっぱなしだったわけではなく、途中の町や集落などで事情を話して騎獣を乗り捨てる前提で借り受け走り抜けた結果なので、当然同じではない。


「そっか。力があるのは握手してわかったけど、足もそれなり、持久力も十分ってなると、クンカの言ってたのも大げさじゃないんだ。これなら確かに勘違い(・・・)してもおかしくないかもね」


 今も息一つ乱さず走り続けるニックの姿に、ハネルナはそう言ってニヤリと笑う。ニックが特別に強いノケモノ人であることは認めても、流石に自分より高く跳べるとは思えない。ハネルナにとってそれだけは誰にも譲れない点だった。


「ハネルナって本当に素直じゃないよね。そんなだから彼氏ができないんじゃない?」


「なっ!? 違うし! 私が恋人を作らないのは、そういうのじゃないし!」


「へー。ならなんなの?」


「それは……黙れこの馬鹿犬!」


「わふんっ!?」


 ハネルナがペシンとクンカの頭をひっぱたき、その衝撃でクンカがよろける。かなりの速度で走っているので転べば大怪我をしそうなところだが、流石に百獣戦騎に選ばれた者だけあってそんな醜態をさらしたりはしない。


『大きな戦闘の前だというのに暢気なものだ』


(それもまた若さの特権であろう。いいことではないかオーゼン)


 そんな二人のやりとりを、一歩引いたところからニックが温かく見守っている。二人のやりとりになんとなく昔の自分とマインの姿を重ねて胸を熱くしていると、不意に集団の先頭がその足を止めて声を発した。


「待て! 見ろ、敵だ」


 戦闘中ですらないのにその動きに反応できない者などこの場には一人もいない。全員が即座にその場で停止し、すぐに気配を殺して近くの木々に体を隠す。そうしてそこから見えた先には、とんでもない数の骨兵士がこれでもかとひしめき合っていた。


「うわ、凄い数だな」


「だが動いてはいない……近づくと反応して攻撃してくるタイプか?」


「かもな……って、おい! アレを見ろ!」


 一人がそう言って指さした方向に全員が視線を向けると、そこには巨大な骨で作られた十字架が立っており、しかもそこにはぐったりとして動かない人影が見える。


「捕まってる? あれは……『閃脚』だ!」


「あっちにもいる! まさか全滅したのか!?」


 百獣戦騎が健在であれば、あんな状態の仲間を放置するはずがない。それはつまりこの町にいた七人全員が既に敗北しているということだ。


「すぐに助けにいくぞ! 右回り八、左回り八、四人は正面からだ!」


 事前に取り決めていたリーダーの言葉に従い、全員が即座に動き出す。ニックやハネルナ達は左回りの組に入り、そのままケリコが捕らえられている場所へと向かうが――


「これはっ!?」


 突然目の前に湧いて出たのは、町を囲んでいる骨兵士よりも立派な体格と装備をした骨騎士。そこに果敢に蹴りをいれながら、ハネルナが仲間に向かって叫ぶ。


「ここは私とクンカでいい! みんなはこの先に!」


「わかった、気をつけろ!」


 躊躇いなく走って行く同僚達の背を見送って、ハネルナは骨騎士に思いきり蹴りを入れて少しだけ距離をとり、構えた。


「なんでボクまで……」


「クンカは弱っちいんだから、一人じゃ戦えないでしょ? だから私が……って、オジサンは何で残ってるわけ?」


「いや、さっきの指示もそうだったんだが、儂は数に入っていないようなのでな。ならばまあ端から倒せばいいかと思っただけのことだ」


「ふーん。まあいいけど……じゃ、足手纏いにならないでね!」


「おう!」


 挑発するようなハネルナの言葉に、ニックは笑顔で答えつつ拳を握る。ちなみに人数に数えられなかったのは差別されたとかではなく、単に部外者であるニックの存在がリーダーの頭からすっぽり抜け落ちていただけだ。悪意が無いのはわかっているので、ニックに思うところは何も無い。


「よし、いくぞ……やぁ!」


「てーい!」


「フンッ!」


 三者三様の気合いの言葉と共に、それぞれの攻撃が骨騎士達に炸裂する。だが骨騎士達はなかなかの硬さと技量を誇り、ニック以外は一撃では倒せない。


「ふむ、どうやら儂なら簡単に倒せるようだ。ならばお主達は捕らえられている者を助けに向かってくれ」


「そうみたいね。了解。ほら、行くわよクンカ!」


「ま、待ってよハネルナ! ニックさん、頑張ってください!」


 ニックの言葉を受けて、骨騎士達の横をハネルナ達が走り抜ける。当然それを邪魔するべく骨騎士達は剣を振るうが、それを許すほどニックは甘くない。


「ほれほれ、よそ見をするな! お主達の相手はこの儂だ!」


 轟音と共に振り抜かれた拳が、骨騎士の頭を粉砕する。それを受けてニックに対する敵愾心を極限まで高めた骨騎士達が一斉に襲いかかっていったことで、ハネルナ達は余裕をもって走り抜けることに成功した。


「うっわ、わかってたけどすっごいパワーね! あれなら援護はいらなそう……クンカ!」


「うん! 罠は……あると思うけど、足下かな?」


「なら跳んじゃおう! よっ!」


 膝を曲げてためを作ると、ハネルナは力強く大地を蹴って空に舞う。そのまま五メートルほどの高さに縛り付けられていたケリコのところまで辿り着くと、台座である骨に見事な着地を成功させた。


「うー! うー!」


「なにこれ、口枷まで骨とか……今砕きますから、動かないで」


 腰の鞘からナイフを抜くと、ケリコの口に食い込んでいる太めの骨をガシガシと砕く。そうして口が自由になったところで、ケリコは必死の形相で叫んだ。


「ブハッ! これは罠だ! 今すぐ逃げろ!」


「これが罠じゃなかったらむしろ驚きじゃないですか。わかってますから、次は腕を――」


「違う! そうじゃない! そういう罠じゃないんだ!」


「? あ、ひょっとして助けたらマズい系の奴ですか? なら詳細を……おぉぉぉぉ!?」


 不意に足下から襲い来る振動に、ハネルナが思わず落ちそうになる。それでも必死に踏ん張ってなんとかケリコの四肢を拘束する骨を砕こうとするが――


「跳べ!」


「っ!?」


 有無を言わさないケリコの言葉に、ハネルナは半ば反射的に台座を蹴ってその場を飛び退く。するとケリコを拘束していた台座の根元から巨大なスケルトンが地を掘り返して這い出てきた。


「ハネルナ! 大丈夫!?」


「大丈夫だけど、何これ、でっか!?」


 現れたのは、身長五メートルはあろうかという骨の兵士。他の骨兵士達と同じように基本はノケモノ人の骨格を持ちながらも腕が六本も生えており、その全てに体に見合うだけの大きさのサーベルを装備している。


「そいつは骨将軍(ジェネラルボーン)! アタシ達はみんなそいつにやられたんだ! 二人じゃ無理だ! 一旦逃げて仲間を集めろ!」


 やや斜めになりながらも未だ屹立している骨の十字架に捕らえられたままのケリコが、力の限りに警告を叫ぶ。だがそれを耳にしたハネルナは、逃げるのではなくただ背後を振り返る。


「だってさ。どう思うクンカ?」


「退けるなら退きたいけど……無理っぽいね」


 その質問に、クンカが困ったように眉根を寄せて答える。周囲を見回せば今まさに無数の骨将軍が起き上がってきており、とても助けを呼べる状況ではない。


「なら、これは私達が片付けるしかないってことね! やるわよクンカ!」


「ハァ。仕方ないなぁ」


 子供の頃からずっと一緒だった相棒のため息を背に受けながら、ハネルナはバシンと己が手のひらに拳を打ち付けた。

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