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父、立案する

「まさか軍を動かしたのではなく、軍をその場に召還して町を包囲されるとは……そんなもの対処法が無いではないか!」


「陛下、こうなれば一刻も早い救援部隊の編成を!」


 伝令兵の語る内容に、その場にいた者達が思い思いの事を口にする。そんななか獣王であるカールは冷静に状況を分析していた。


(ココマデルを包囲したとなれば、前回よりもずっと大軍のはず。となると中途半端な援軍では意味が無い。確実に敵に勝つには……)


「ウメェコット、今すぐに一万の軍を編成するのにどのくらいかかる?」


「一万となると……通常の手続きであれば三ヶ月、陛下の権限で緊急招集をかけるのでも二週間、そのうえで更にこの城やマンナーカーンの守りをゼロにするのであれば四日といったところでしょうか」


 カールの問いに、側に控えていたウメェコットが長いアゴ髭をしごきながら答えた。おおよそ自分の予想と同じ答えを得られたことで、カールは更に深く考え込む。


「むぅ。緊急事態なのだから招集命令を出すのは問題ないが、ここの守りを放棄するのは論外だ。余はともかくマンナーカーンに住む民を無防備に晒すわけにはいかないからな。


 だが二週間……厳しいな」


 境界都市ココマデルは、魔族領域にもっとも近い町として十分な防備が施され、百獣戦騎も七人駐留しているまさに守りの要とでも言うべき場所だ。だがそれは裏を返せば簡単に援軍の送れる場所ではないということを意味している。


「陛下、とりあえず五〇〇〇ほどの兵を編成し、まずは突破口を開いて住人の避難を優先しては?」


「なんだと!? 貴様、ココマデルを放棄するというのか!?」


「この際仕方あるまい! 町ならばまた取り返せばいいが、兵士や住人、ましてや現地で戦っているであろう百獣戦騎の戦士達に被害が出れば取り返しがつかないのだぞ!? 特にこれ以上百獣戦騎を失うことになれば、この国の防衛力そのものがどれだけ低下するか……」


「それはそうだが……しかし、そうなるとあの堅牢な防壁に囲まれた町を敵の拠点とされてしまうのだぞ? あそこから無限の骨兵士が進軍してくるなど、それこそ悪夢のようではないか!」


「ぐっ、それも確かに……」


 話し合う将兵達の言葉には、どれも理があり損がある。故にカールは迷い、そして決断しなければならない。


「……わかった。兵を一万集める。ただし一〇日で行うのだ。できるな、ウメェコット?」


「畏まりました、獣王陛下。何とか上手いことやってみましょう」


 カールの下した決断に、ウメェコットが一礼してすぐにその場を去って行く。そんななかその決断に納得できない者の一人がカールの側に詰め寄って叫ぶ。


「陛下! ココマデルの民を見捨てるのですか!」


「助けたいのは余とて同じだ! だが確実に助けられる訳では無い状況で、大きな被害を被る可能性の高い作戦は実行できない。それが余の決断だ」


「獣王陛下のご決断に異を唱えるとは何事だ!? お前だってわかっているだろう!?」


「わかって……わかってはいるのです。ですがココマデルには、私の家族が……」


 血を吐くような思いでそう口にする将兵に、周囲の者は何と言葉をかけていいのかわからない。軍人であろうと人は人。戦略的に正しいとわかっていても家族を思う気持ちを否定することなど誰にもできはしないし、ましてやそれを責めることなど誰にもできるはずがない。


「ちょっといいですかな?」


「ニック?」


 そんな空気を打ち破って声をあげたのは、他ならぬ筋肉親父だ。周囲の注目が集まるなかツカツカとカールの前へと歩いて行くと、特に気負った様子も無くその口を開く。


「カール陛下、ひとつ思ったことがあるのですが、口にしても?」


「ああ、勿論構わないぞ。何か妙案があるのか?」


「妙案というか、疑問ですな。この場には百獣戦騎の方々が何十人も集まっているのでしょう? ならば下手な軍を編成するより皆で一気にココマデルまで走って行って敵を殲滅しては駄目なのですか? それならば今すぐにでも出発できると思うのですが」


「それ、は……っ!?」


 ニックの言葉に、その場にいた誰もが驚きの表情を浮かべる。常ならば国中に散っているため意識の外にいっていたが、確かにこの場には百獣戦騎の戦士達が三七人も集まっている。流石に全員を派遣することはできないが、二〇人も送り出せれば戦況を打開するには十分だ。


「それと、もし許可がいただけるのであれば、私も一緒に戦わせてもらえればと思うのですが」


「ニックが!? いいのか!?」


「勿論。魔族が攻めてきたというのであれば、手を貸さぬ理由などありませんからな」


 重ねて驚くカールの言葉に、ニックはニヤリと笑って答える。人と人の戦争ならば下手に手出しはできないが、魔族と戦うのであればニックに制限など何もない。ましてや友の治める国となれば、むしろ是非にと助力を願い出たいところだ。


「わかった! 先行部隊として百獣戦騎から二〇人の出撃を命令する! それと同時にニック、お前にも協力を頼むのだ。どうかその力で、余の民を助けて欲しい」


「お任せくだされ! たかだか骨の兵士如き、この私が全て蹴散らして見せましょう!」


「ははは、何とも頼もしいな! よし、ではすぐに準備せよ! ああ、当然軍の編成も急げよ!」


「「「ハッ!」」」


 獣王からの命令が下り、一気に人が動き出す。そうして皆が戦支度を進める中、ニックに歩み寄ってきたのはコサーンだ。


「行くのか、ニック」


「無論だ。儂は勇者ではないが、それは儂が戦わぬ理由にはならぬ。友が窮地にあるというなら、助けるのは当然だ」


「そうか。本当なら俺も行きたいところだが……」


 そう言って、コサーンは悔しげに表情を歪めて自らの手を見つめる。大きく弱体化した今の自分では足手纏いにしかならないことを、コサーン自身が誰よりも理解していた。


「なに、さっきも言ったが骨兵士如き儂の敵ではない。お主はここで待機組の百獣戦騎の者達と一緒に、ゆっくり吉報を待っていてくれ」


「フッ……わかった。俺より遙かに強い戦士であるお前にこんなことを言うのも無粋かも知れんが……気をつけてな」


「ありがとう」


 離れ行くコサーンに礼を告げ、ニックは素早く城を出て宿へと戻ると、置いてあった魔法の鞄(ストレージバッグ)から鎧と魔剣を取り出し着替えていく。


『ふむ、やはり貴様にはその格好の方が似合うな』


「そうか? と言うか、礼服が似合わないだけだと思うがな」


『自分で言うのか! まあそういうところも貴様らしいが』


 人気がなくなったことで話せるようになったオーゼンと軽口を交わしながら、完全武装を終えたニックが再び城へと戻る。するとそこでは同じく戦支度を整えた百獣戦騎の戦士達がちょうど集合を始めているところだった。


「おーいニックさん! こっちです!」


「おお、すまんな。待たせたか?」


 かつてこの国を訪れたときに軽く模擬戦をしたことのある犬人族(コボルテリア)の男がニックに声をかけてくれる。そのまま集団の中に紛れ込むと、続けて男が話しかけてきた。


「いやー、ニックさんと一緒に戦える日が来るとは! 光栄です!」


「そう言ってもらえると儂も嬉しい。今回は微力を尽くさせてもらおう」


「ねえクンカ、その人誰?」


 と、そこで二人に声をかけてきたのは、ニックが初めて見る兎人族(ラビリビ)の女性だ。


「あれ? ハネルナは会ったことなかったっけ? 今日の式典で獣王様から報奨を受け取るはずだったノケモノ人で、勇者様のお父さんのニックさんだよ」


「へー、そうなんだ。私はハネルナ。『月蹴』のハネルナだよ。宜しくね」


「儂はただのニックだ。宜しくな」


 差し出された手をニックがガッシリと握り返すと、不意にハネルナの表情が変わる。


「……へぇ。貴方割と強い?」


「馬鹿言うなよハネルナ! ニックさんは滅茶苦茶強いんだぞ! 何ならハネルナより高く飛べるし!」


「そりゃ流石に盛りすぎでしょクンカ! 私は『月蹴』だよ?」


「ホントだって! ですよねニックさん!」


「はは、そんなものは後でよかろう。この戦が終われば勝負でも何でも受けて立とう」


「その言い方だと、私が挑戦者側ってこと? ふふ、面白い……ならこんな作戦さっさと終わらせて、オジサンと勝負させてもらおうかな?」


「オジサンって!? す、すみませんニックさん」


「気にするな。確かに儂はオジサンだろうからな。それよりも今は……」


「……ええ、そうですね」


「絶対に同胞達を助け出すよ。一人だって死なせやしない!」


 強い視線を向ける先には、未だ危機の直中にあるココマデルの町がある。決意と覚悟を持った二〇と一人の軍隊は、程なくして目的地に向け飛ぶように出発していった。

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