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獣王、報告を聞く

「ココマデルが包囲されただと!? そんな大規模な軍事行動に何故気づかなかったのだ!?」


「町は!? 町の様子はどうなっている!?」


「そ、それは……」


「落ち着け! おい、大丈夫だからまずは水を飲め」


 伝令兵に食ってかかる勢いで質問を投げつける者達を、カールが一喝して制する。その後はすぐに伝令兵に水が手渡され、それを飲んだ伝令兵はようやくにしてその息を落ち着けた。


「ありがとうございます陛下。もう大丈夫です」


「うむ。ではココマデルに何があったのか、ゆっくりでいいから正確に伝えよ」


「ハッ!」


 ビシッと敬礼をした伝令兵が、己の見たことを静かに語り出す。その内容はあまりにも衝撃的なものだった――





「ハァ。あの伝令はきちんと陛下のところに辿り着けたかねぇ」


 大量の骨の兵士達に囲まれた、境界都市ココマデル。その厚く堅牢な防壁の外で骸骨兵を蹴飛ばしながら、百獣戦騎が一人『閃脚』のケリコがそんなことを呟く。


「大丈夫だろう。この骨兵士はそれなりに頑丈だが、動きは決して速くない。お前と同じ牛鹿族(ガゼリア)の伝令兵なら、走って追いつかれることなど無いはずだ」


「だといいけどね……っと!」


 百獣戦騎の同僚である犀人族(リグノス)の男、『鉄角』のツラヌキの言葉にそう答えながら、ケリコはクルリと一回転して周囲の骨をなぎ払う。だがそれによって生じた空間にはすぐに次の骨兵士達が殺到し、窮屈さが解消されることはない。


「お、追いかけそうな奴は全部潰した。だ、だから大丈夫」


 そんな二人の側で地響きを立てて骨を踏み砕いているのは、こちらもやはり百獣戦騎の一人である『潰足』のフンズブスだ。象人族(パオール)としての巨体を存分に生かしたその踏みつけは、骨兵士達を容易く粉々に打ち砕いていく。


「だな。今は信じて待つしかあるまい……フンッ!」


 そんな二人に負けじとばかりに、ツラヌキの角が骨兵士を一度に数体串刺しにする。だが他の二人と違って、どうしても角で突くのは骨を相手には効率が悪い。思うように敵を倒せないことに苛立ちを感じるツラヌキだったが、こればかりは相性の問題でありどうしようもなかった。


「それにしても、本当にこの骨共は何処から湧いてくるんだろうね? 確か魔王軍の四天王の仕業なんだろう?」


「そう聞いてる。勇者殿が百獣戦騎の幾人かと協力して追い詰めたらしいが、最後の最後で逃がしてしまったとか……これほどの軍勢をたった一人で生み出せる相手ならば、確かに追撃は難しいだろうな」


 次々に角で骨兵士を粉砕しながら、ツラヌキが苦い声を出す。自分達にとってこそこの骨兵士は大したことのない相手だが、決して弱いわけではない。少なくとも一般の兵士であれば一対一で戦って七割勝てるくらいの勝率だ。


「こ、こんなペースで召喚し続けられるなんて、い、意味がわからない。一体どんな術者なんだろう?」


 そしてもっとも大きな問題は、敵が全く減らないということだ。どれだけ倒しても減らず、疲労もしなければ死も恐れない軍隊。それは個々の能力がそれほどでもないということなど気にもならないほどの圧倒的な脅威だ。


 そもそもココマデルの町の包囲を許したのも、大軍が町を取り囲むのではなく、町を取り囲む形で大軍が召喚されるという理解の範疇を超えた大魔法を用いられたからだ。普通に軍を展開されるのであれば、他の場所で戦っている四人の同僚と一緒に敵軍をせき止め、せめて町の住人を逃がすことくらいはできただろうとケリコ達は思っている。


「ま、どっちにしろ今のアタシ達にできるのはこうして敵を削ることだけ。やだねぇ、単純なお仕事すぎて、却って体がなまっちまいそうだよ」


「そうは言っても、こんな大軍の中に一般の兵士達を突っ込ませるわけにもいくまい。彼らが防壁で守りに徹してくれているからこそ、我ら百獣戦騎がこうして外で暴れられるのだしな」


「そ、それに、このペースで敵を倒せば、あのコサーンさんの生涯戦績をこ、超えられるかも知れないよ?」


「ああ、そりゃいいね! ちょっとやる気がでてきたよ!」


 フンズブスの言葉に、ケリコは骨兵士を蹴り飛ばしながら思わず笑い声をあげた。三〇年以上もの長きにわたって百獣戦騎を勤め上げたコサーンは近年におけるケモノ人の英雄だ。その引退式に出席できなかったのは痛恨だと思っていたが、かの英雄の記録を超えられると思えばこの退屈な作業も少しだけ楽しく思える。


「こんな雑魚を数だけ倒して英雄を超えたなどと言ったら鼻で笑われるだろうがな」


「またツラヌキはそういう冷めたことを……ならとりあえず今日の討伐数で一番少なかった奴が酒を奢るってのはどうだい?」


「む……」


 ニヤリと笑って言うケリコに、ツラヌキが思わず顔をしかめる。正確に数えているわけではないが、感覚として自分が一番負けているのがわかっているからだ。


「フフッ、まさかツラヌキさんともあろうお方が、自分に不利だからって勝負から逃げたりしないよね? こりゃ楽しくなってきた!」


「お、俺も負けない! み、みんなに……………………」


「……? フンズブス? どうしたんだい?」


 半端なところで不意に言葉を切ったフンズブスに、ケリコは軽く視線を向ける。するとそこには馬鹿でかい体の真ん中から巨大な牙のようなものを生やしたフンズブスの姿があった。


「フンズブス!?」


「げっ……げふっ……」


「コーツコツコツ! ご歓談中のところ失礼するのでアール!」


 フンズブスの巨体がそのまま上へと持ち上がり、背後に隠れていた人影が姿を現す。そこに立っていたのは多種多様な生き物の骨を組み合わせて作られた骨人形。そいつが手にした骨……おそらくは肋骨の一本……がどういう理屈か巨大化し、フンズブスの胴体を貫き通していたのだ。


「それは俺の専売特許だろうが!」


「コツ?」


 そんな骨男の言葉など完全無視して、ツラヌキが角を構えて突進する。だが――


「なっ!?」


「随分とせっかちな奴でアールな。人の話はきちんと聞けと親に教わらなかったのでアールか?」


 鉄をも穿つツラヌキの衝角突撃を、骨男は片手で受け止める。もう片方の手の先では五〇〇キロはあるであろうフンズブスが頭上でもがいているというのに、骨男の体は小揺るぎもしない。


「……アンタがこの骨共の親玉かい?」


「コーツコツコツ! 下等な毛むくじゃらにしてはなかなか物わかりがいいでアール。その通り! ワガホネこそが魔王軍四天王の一人、泰山狂骨(ガイアコッツ)・ボルボーンでアール!」


「ボルボーン……っ」


 カラカラと楽しげに骨を鳴らしながら言う相手に、しかしケリコは安易に攻めることができない。いつの間にか周囲の骨兵士達は動きを止め、相手の両手は塞がっている。これ以上無い勝機に見えるのに、ケリコの野生の本能が「今攻めたら確実に死ぬ」と激しく訴えてきているからだ。


「ふむ、とりあえずコレは邪魔なので返すのでアール」


「ぐあっ!?」


「がぁぁ!?」


「ツラヌキ! フンズブス!」


 ごく軽い動作でボルボーンが腕を振れば、二人の戦士の体が宙を舞って地に叩きつけられる。皮肉にも着地点にも骨の兵士達が蠢いていたためその衝撃は大分和らげられたが、ツラヌキはともかくフンズブスの傷はとても楽観視できるものではない。


「ぐっ……俺はいい、フンズブスを!」


「フンズブス! 待ってな、今回復薬をかけてやる!」


「な、なんのこれしき……ぐっ、うぅぅ……」


「喋るんじゃないよ! いいからジッとしてな!」


 常に携帯している回復薬を振りかければ、フンズブスの胴体の穴がゆっくりと埋まっていく。やがて身につけた鎧だけが大穴の痕跡を残すまでになると、フンズブスはそのままのそりと立ち上がった。


「コツ? もう回復したのでアールか? 見た目通りなかなかの頑丈さでアール」


「あ、当たり前だ。俺は百獣戦騎! こ、この程度の傷で怯んだりするものか!」


「おー、これは怖いでアール! 怖いので、ここは味方を喚ばせてもらうのでアール! 『骨騎士(ナイトボーン) 単軍召還(レギオンレイド)』!」


 ボルボーンが自らの腕の骨を外し、放り投げながら言霊を唱える。するとその骨がみるみるうちに形を変え、現れたのは既存の骨兵士より立派な体格と装備を調えた、一二体の骨騎士達。


「さあ、骨騎士共! そこの毛むくじゃら達と遊んでやるでアール!」


 ボルボーンの命令に、骨騎士達はカタカタと骨を鳴らしながら動き出す。敵地の真っ只中でそれを迎え撃つのは、覚悟を決めた三人の百獣戦騎。


「前回は姿を見せなかった敵の親玉がのこのこやってきてくれたんだ! ここでこいつを討ち取れば大金星だよ!」


「ふふ、歴史に名を残す英雄になれるかも知れんな。ならばこの好機、我が角にて貫いてみせよう!」


「こ、今度こそ全部まとめてふ、踏んづけてやる!」


 まるであざ笑うかのように骨を鳴らす骨騎士達と百獣戦騎の戦いは、こうして幕を開けることとなった。

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